【連載小説】六浦敏郎 ラーメン屋の店主になる ⑦
領収書を束ねたクリアファイルを見つけた。
野菜は、駅前の野方商店という八百屋から仕入れてる事が分かった。
早速私は電話した。
「はい、野方商店ですが」
「あの、こちらラーメンの川田屋なんですが…」
「あっあっそう…お宅誰?まさか栄次郎が生き返ったとか?んな訳ねえか…」
「そりゃそうですよ。私、暫くこの店を手伝う事になりました六浦と言います。栄次郎さんが急に死んじゃったんで、この店のラーメンの味を復活させるように頼まれました。」
「あっ、そうっすか、それはそれは、大変っすね。俺、栄次郎と年が近いんで、色々一緒につるんでたんですよ。アイツ、研究熱心でね…あっ、余計な事しゃべっちまいましたね。すんません、何か用っすか?」
「すいません、分かってない事ばかりで確認してまわってるんですが、川田屋さんはお宅から野菜仕入れてましたか?」
「ええ、野菜は全部ウチです。」
「長ネギと生姜とホウレン草とモヤシですか?」
「いや、ネギは長ネギだけじゃなくって、万能ねぎもです。後、メンマ。ウチ、八百屋っすけどメンマとか、キムチとか作ってるんですよ。キムチは川田屋にはメシものないので入れてないっすけど…」
「そうなんですね、じゃあメンマはお宅が入れてくれるんだ?それで、お願い事があるんですけど、私、一回も川田屋さんのラーメンを食べた事なくって、それでも川田屋さんの味を復活させなきゃならんのですよ。奥さんの頼みでね。で、今日から川田屋さんの厨房に入って、色々と研究中で…明日以降は試作品を作っていこうと思ってまして、ついては川田屋さんが毎日仕入れてた量は頼めないんですが、味が復活するまでの間、試作品のための材料として長ネギとか生姜とかを納品してもらいたいんですが、如何でしょうか?」
「ああ、いいっすよ。栄次郎は寸胴に長ネギ2本と生姜1袋入れてたはずだから、スープ用にはそれでいいっすね。後、メンマは明日ちょっと多めに入れますんで、そっちで冷蔵庫に入れといてもらって、なくなったら追加するって感じでいいっすか?ああ、後、万能ねぎもそんな感じで多めに持って行きます。それいいっすか?」
「じゃあ、それで。それと、今日は出汁作りを試してましてね。お宅に今から行きますので、長ネギと生姜を今日の分、売ってもらえませんか?現金で買います。」
「ああ、それなら俺ついでがありますので、今からバイクで届けますよ。後、現金はいいです。月末に一括で請求します。」
「そうですか、じゃあ、お言葉に甘えます。宜しくお願いします。」
私は電話を切った。
これで野菜も揃う事が確定した。
後は、味の決め手、味噌だ。
裏口のアルミのドアが急に開いた。
「どうもー、野方商店でーす。」
入ってきた男は、真っ黒に日焼けした細マッチョな好青年だった。
「早いね」
「持ってきたネギなんかをカウンターに置きますねえ。あなたが、六浦さんっすか?」
「そうです。あなたは、野方さん?」
「いや、ウチの屋号は、店を最初に始めたのが野方だったからで、俺は菅原って言います。野方商店をやってる菅原。」
「なるほど、菅原さんは何かスポーツでもやっておられるのかな?」
「そう、30になる前までは、俺、これでもJリーガーだったんすよ。J2ですけど…でも、体力の限界とウチの家業を継がないといけないのとで、2年前に引退して、今は、八百屋やりながら、地元の小学生のチームのコーチしたり…あっ、そうそう、六浦さんって、ひょっとして、スマイルハウスの愛美ちゃんのお父さんっすか?」
「そうですが…愛美をご存じなんですか?」
「ええ、俺、スマイルハウスの子どもたちにもサッカー教えたりしてて、後、家で沢山仕入してしまった玉ねぎとかも寄付したりして…」
「それはそれは、いつも愛美がお世話になります。」
「いや、お世話になってんのは、こっちの方ですよ。ありがとうございます。で、六浦さん、川田屋のラーメン、復活できそうっすか?」
「まだ、何とも…」
「絶対、復活させてやって下さいね。お願いします。諒太のためにも、紗季ちゃんのためにも」
「紗季ちゃんって、ここの奥さんの事ですか?」
「そう、紗季代さんって言うんです。彼女は、俺らのアイドルだから…ムッチャ、別嬪さんなんすよ。栄次郎が羨ましく思うぐらい」
「そうなんですか…私はまだ会った事がなくって…今日の夜に病院の面会時間に行ってみるつもりなんですが…」
「ああ、紗季ちゃんはまだ入院中っすか?」
「そう、もう出られそうなんですけどね。でも今日、諒太君がここで熱中症になっちゃって、さっきお母さんと一緒の病室に入院する事になったんで、お母さんの退院は諒太君次第になるかもしませんね」
「ええ、諒太も…じゃあ、午後からでも俺も見舞いに行きますよ。店のフルーツ持って」
「病院はご存じですか?」
「ええ、知ってます。」
「じゃあ宜しくお願いします。病室にはウチの娘が付き添ってると思います。」
「分かりました。じゃあ」
そう言って、菅原は出て行った。
フレグランスなんてなものは使ってなさそうだが、彼が立ち去ると爽やかな風を感じた。