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4-2 統合推進者に求められる「眼」

 統合推進者に求められるスキルとしては「眼」が大切である。ここでいう眼とは状況や関係性を見通す力である。状況を長期的かつ俯瞰的に捉え、重要なポイントを見出す際に必要となる着眼大局の眼であり、物事の本質や可能性を見出したりする慧眼の眼である。それらはさらに“事業を見る「眼」”と“人材を見る「眼」”の2つに分かれる。それぞれを解説していきたい。

事業を見る「眼」

 まずは事業を見る「眼」である。当然ながらM&Aは事業戦略に直結する活動である。現在の事業環境を捉えて、自社が発展を遂げていくためには、もしくは生き残っていくためには何が必要かを検討し続ける事は資本主義社会における会社の宿命であり、戦略オプションの一つとしてM&Aがある。買収サイドは新しい事業資産を手に入れることでシナジーポイントを見出し、売却サイドは選択と集中のために自社の事業資産を手放したり、株式譲渡などで事業の存続を図っていくことである。そして、M&Aはあくまで「点」の活動であり、そこからPMIを通じて具体化を図っていく事でその果実を得る。M&Aがゴールになってしまっている例も失敗例として語られることが多い、シナジーを生み出し、その果実を得ることで初めてM&Aは成功なのである。

 特に統合推進者において気をつけたいのは、これまでの常識をリセットして実態を把握するということである。これまで現場で営業活動に邁進してきた社員が、統合推進者として送り込まれた時に、新しい会社のビジネスモデルにおけるキーファクターや、そのコアとなるスキルを見出せないときが往々にしてある。たとえば同じ人材派遣業界を買収したとしても、リテール系販売員の派遣と事務スタッフの派遣では、派遣スタッフの働くモチベーションも、求められるスキル、働きたい期間も異なってくる。それによって、派遣スタッフに向き合う上で必要となるアセットや、クライアント先との営業スタイルも大きく異なる。その場合、同じ派遣ビジネスだからといって同じようなKPIを置き、アセットを磨き上げても芯を食った戦略になっていないことも多い。全く違う業界よりもむしろ近しい業界の方が統合推進者の勘違いや思い込みによるズレが生じやすいものである。

人材を見る「眼」

 続いて人材を見る「眼」である。PMI活動においては経営ボードに誰を置くか、リーダー層に向いているのは誰かという配置の問題とセットで考えられることが多い。そのためには組織内のキーマンを見つけていく事が重要である。そのキーマンも肩書で判断できれば問題ないが、肩書きだけでは分からない場合も往々にしてある。肩書は伴っていないが事業推進にとって欠かせない人、インフォーマルな活動で社員の精神的支柱になっている人、目立たないけど潤滑油として活躍してくれている人など、組織運営において重要な役割を担っている人も多いものだ。逆に、肩書はあるけれども実はこれまでのトップの派閥の近いところにいたため引き上げられたイエスマンや、長年の功労によって配置されている人など、PMIにおいてプロジェクトを任せるとそのスピードを鈍らせる人も存在する。このように個々の人物を正しく見抜く眼というのは重要である。

 さらには、個々の人物のスキルレベルを見抜く眼に加えて、システムとして活動している組織全体の裏側にある、総体としてのモチベーションの源泉、突き動かしている原動力、暗黙知となっている文化など、全体感を感得する力も必要になってくる。例えば、「仕事は生活の安定のためにある」と思っている人が多い組織で、いきなり「仕事を通じて成長することこそが正義である」と言わんばかりに、社員の成長プログラムを積極導入しても不安を感じる人は多いであろう。これまで店舗を必死に守ることに注力してきた組織に対して、いきなり統廃合を戦略合理的にバサバサにさばいていったらモチベーションの低下は免れない。当然、事業戦略上の必要性は否定するわけではないが、人を見る眼を持った人が打つ一手と、それを持たない人が打つ一手では、その繊細さや伝え方に差があるのは明らかであろう。

最後に

 「事業を見る眼」と「人材を見る眼」の必要性を語ってきたが、人の特性はどちらかに偏りやすい。ロジカルシンキングが極端に強い人は、人の心の機微を捉える力が欠けている場合が多いし、コミュニケーションスキルが長けている人は、物事の本質をじっくり考えることを苦手としている人が多いものである。もし統合推進者となった場合は、自分を過信することなく自分はどちらよりの人材かを自覚したうえで、時には周囲の力を頼りながら物事にあたることが賢明である。

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