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朔夜 すべては私の掌に 第一部 常立

 

第一部   常立(とこたち)三十八~五十八

 三十八

 極端なシフトダウンで、高く叫ぶ複数のエンジン音が森に響き渡る。小さな野鳥たちが驚いて飛び立つ。音だけで無く、襲い来る殺気からも逃れるように。
 第五ヘアピンで待ち伏せが無かったから一気に来ると予想した。先頭のバイクを平八がクロスボウで倒せば、後続を事故に巻き込むだろう。その混乱に乗じて敵の中に飛び込み切りまくる。しかし………。
 予想が外れる。銃口を向けながらゆるりと姿を見せた敵は一台。攻撃する間も無く銃撃を受ける。平八と違う方向へ飛んで交わす。その間にもう一台。同じように狙い撃ってくる。胸に被弾。貫通しない。やつらのピストルは9ミリ弾。防弾ベストが止めた。意を決する。ベスト以外の部分を撃たれる前に、最短の距離を走り寄って切る。捨て身だが、それしか方法が無い。まるで、明治維新後の西南戦争の、薩摩藩切り込み隊だな。
 バイクを止めて射撃する敵の一人に向かう。また銃弾が飛んでくる。速いが、遅い。映画のマトリックスのようには避けられない。一発、左ほほを掠め、二発目は右腕を貫通。ちっ、防弾ベストに気づいたか。
 右手………まだ力が入る。もう刀がとどく。振り上げる。敵が怯む。思わず銃口が上がり上体が倒れる。切り下ろす。敵の両腕が飛び、バイクの本体にも刃が食い込む。正宗が止まらない。刀そのものの怒りか、得物に食いついていく。ゆっくりとバイクが二つに分かれた。

 着地と同時に、クロスボウを撃った。敵も銃弾発射。ゆっくりと矢が向かい、銃弾が来る。お互い避けられない。矢は敵の右肩に突き立つ。銃弾は俺の左胸に食い込む。痛みが走るが、防弾ベストが止める。一瞬敵が怯む。クロスボウに次の矢をつがえる時間は無い。
 敵に向かう。敵の左手のピストルは健在。その手が上がる。右手の剣を引き、切っ先を剥き出しの敵のど元に刺し込む。敵の動きが止まる。抜く。反動で向きを変える。赤い噴水を頭から被る。背後で敵とバイクが倒れる音がした。しかし、正面に次の敵。複数の銃口が俺を向く。
「菊千代、逃げろ! 」と叫びながら、敵に背をむけて路面に座った。この姿勢なら敵から狙えるのはほとんど背。ベストの背には、小銃弾も通さないセラミックプレートが入っている。
「平八! 」と、事態を察した菊千代。おっ、ZX14Rが真っ二つ! 土産が出来た。
「これ以上は無理だ。行け! 」
「………すまない! 」と言って、菊千代はバイクに向かう。良かった。敵は何人? あと五人か。途切れのない銃声。ベスト以外にも食い込み続ける弾丸。ふん、弾を無駄にしろ。
 菊千代の隼が走り出す。俺を打ち続けていたバイクたちが動き出す気配。ベスト以外何発被弾したろう? 思い切り下げ続けた頭は生きてる。バイクが来る。立ち上がる。すでに全身の感覚が無い。死域(しいき)ってやつか? 刀を構える。ゆっくりと通り過ぎようとした敵に身体ごとぶつかってやった。かすみ消えゆく網膜に、串刺しで転がる敵の像。ざまぁ見ろ。視界に路面が地がづく………顔面制動かよと予期した衝撃の前にブラックアウト。あっけないもんだ。俺は家族は、つくれなかった。せめて………。

 右手の銃創でうまくアクセルが開けられない。もたつく。敵のバイクが近づく。銃弾を背に受ける。一発、二発。バイクにも被弾のショック。急減速。右足のハンマーブーツに絡みつくチェーンの切れ端。走行不能。万事休す。
 前から何か飛んでくる。幻か? 違う! このエンジン音はVmax。
 俺の乗る隼がゆっくりと止まる。背後のZX14Rたちが事態を察したかシフトダウン。夜織! 急降下するVmaxのシートに立ち上がった。一瞬で右横を交叉。目で追う。夜織が飛ぶ。無人のVmaxの進路に、二台のZX14R。追突し、ライダーも巻き込む大事故に。空中の夜織の手に刀。一台のライダーの首を飛ばし、もう一台のライダーに体当たりしてバイクから弾き飛ばす。その衝撃でブレーキのかかった夜織自身は、足から路面に着地。愛車は壊したが、数秒でZX14R四台撃破。やつは防人。俺たち、普通の人間とは違う。

 三十九

「明からのメールだ。敵バイク集団の殲滅 急ぎ戻る」定員乗車で窮屈なポルシェの車内が歓声に包まれた。だが、
「つづきがある。………平八が、戦死した」車内の弾んだ空気が一気に凍り付く。
「平八! は、隊長が? 彦火、もう一度見てくれ! 」久蔵の悲痛な叫びが、凍り付いた車内の空気を砕いた。僅かに振り向き、小さく頷く。青ざめ、緊張しきった久蔵の全身が、一気に弛緩した。平八のことには触れず『防弾ベンツとバスは潰したが、ゲート近くの敵戦力は多数残る。先にハイランドに行く』と返事を返した。久蔵をルームミラーで伺う。車窓に顔を向け、頬に涙が伝わっていた。
 またメール。父から。黙って開く。もう一台のバスの武装集団を県警が捕縛。しかし、夜鴉と高倉の殉死も確認とあった。読み終えると共に、気づかぬまま止めていた呼吸をはき出した。
「彦火、何があった? 」と、五瀬。黙っている訳にもいかない。
「もう一台のバスの敵と、七次郎と五郎兵衛が……差し違えたようです」
「ど、どういう意味ですか? 」久蔵が叫ぶ。
「二人が………戦死したということだ、狼狽えるな! 」勘兵衛がたしなめるも、久蔵の肩を抱き寄せている。我慢出来なかった。父に携帯を繋いだ。数回の呼び出し後、
「私だ、どうした? 」と、平静な声。
「味方の戦死者が増えている! なぜもっとバックアップしない! あなたは総監。その気になれば、武器を持たせた警官や車両ををいくらでも動員できるはず! 」押さえられない感情をぶつけた。しばらくの沈黙のあと、
「………いいか彦火。わかっているはずだ。この世に、朔夜様は存在しない。防人たちの戦闘も、歴史に残してはいけないものなのだ。バスが止められたのは、やつらが民間人に危害を加え、その民間人から通報があったからだ」そんな説明は、二度目。やり場の無い悔しさが込み上げ、手に入る力を押さえられない。鈍い破壊音。携帯を握りつぶしていた。

 ハイランドのアトラクションが遠目に見えて来た。あと少し。複数の仲間の死と、一人で抱えていた極度の緊張で、ハンドルが光るほど汗をかいていた。しかし、ポルシェが一気にスピードダウン。ほどなくエンジンが止まる。無念。
「五瀬、どうした? 」と、助手席の彦火。携帯を握りつぶした手から出血していた。
「………ガス欠です。なんとかたどりつくと思い、黙っていました。先ほどの戦闘で、流れ弾がタンクを貫いていたようです」ゲート前広場を離脱した瞬間に気づいていた。たかが数キロ。もってくれと祈っていた。誰に? 私たちが戦っている相手は『神』と呼ばれているものだ。
「もうそこだ、走ろう」と、勘兵衛。そういう彼と、ルームミラーで視線がぶつかる。
「彦火は俺が背負う」と、自分から言ってくれた。車椅子は、ハイランドにある。
 朔夜様の侍従となって、たった数ヶ月。私の人生で、これほど充実した日々は無かった。多くの戦友ももてた。戦友? 違う。友人だ。私は戦闘員ではない。いや、年を取りすぎて、戦闘員になれない。
 開戦になる前から、足手まといを恐れた。渡されていた防弾ベストを着けなかった。負傷して生き残り、みんなの重荷になるくらいなら、潔く死ぬ。もう、十分生きた。悔いはない。
 そう、悔いのひとつを、昨夜、朔夜様が消してくれた。私を呼び出し、
「久蔵と名のっている男は、そなたの子だ。父としての意志を、きちんと伝えておけ」とのお言葉。全てを受け入れた。だが、まだ伝えていない。 

 四十

 彦火と目があった。すぐに首を左右に振る。置いていけという。『稲氷警部補、任務に支障になると判断した時は、切り捨てろ』という総監の言葉が蘇る。彦火も、そう父親に諭されたのだろうか? くそ! この一瞬の躊躇を、全身が震えるほど恥じた。
 彦火のシートを倒し、身体をかかえる姿勢をつくってから、ツードアのノブを握った。彦火は素直に受け入れる。極限の筋力トレーニングで鍛え上げた上半身、百キロは越える。覚悟する。
 その時、聞き慣れた隼のエンジン音が近づいた。二台。明? いや、早すぎる。途端に小銃の連射を浴びる。それも、隼のエンジン音がした左右斜め後ろから二丁。何が起こった? あっ、ゲートの影に隠した隼が敵の手に。
 ポルシェの車体など無いもののように貫いた弾丸が車内を飛び交う。どうしようもない、耐える。永遠に感じる時の流れ、騒音に満たされた静寂。やがて止まる。惨状に目を向ける。
「彦火、五瀬、久蔵………被弾したか? 」と、声をかける。
「弾道の方にベストの背を向けた。ベストに何発か受けたが、他の被弾はない」と、彦火。
「ポ、ポルシェのエンジンはアルミ合金でしたよね………でも、止めてくれたようです。リアエンジン様々です」久蔵が横でつぶやく。五瀬は? 視線を向ける。その前に、フロントガラスに飛び散る夥しい血痕。
「五瀬、背から胸に………数カ所、貫通銃創」と、彦火の悲痛な声。
 極度の緊張が、聴覚を過敏に。足音が近づく。二人。ヒビの入ったルームミラーで伺う。あれは、小銃を下げた常立の宿主と幹部の男。シートに伏せていた身体に力を漲らせる。手には奪った小銃。一瞬で跳ね起き、穴だらけのバックウィンドウから銃口を突きだして、二人に向かって乱射。予期せぬ反撃に驚き、瞬時に道路に伏せる二人。
「私はダメだ………三人でハイランドへ行け」と、背後で五瀬。まだ息がある。
「いやだ、連れていく! 」久蔵が叫ぶ! 
「むだなことを………してはいけない。息子」銃弾の発射音に混じる五瀬の言葉を聞き分ける。引き金から指が浮く。状況の展開をきちんと受け止める。そう、同姓だった。
「………生き延びたら、侍従を継げ」振り返る。五瀬がシート脇から愛用の猟銃を取り出し、久蔵に託した。
「………わかりました、父上」
「五瀬、ゆるせ。私の合図でポルシェから離脱、ハイランドに向かう。久蔵、私たちを援護! 」と、久蔵に指示、弾の残る小銃もわたす。
「………C4爆弾と起爆装置が積んである。レインボーブリッジでの醜態で懲りた。自分の始末はつける。十秒で二十メートル以上離れ頑丈な物陰で伏せろ! 彦火、稲氷、そして織部、武運を祈る!」五瀬の言葉が終わると同時にアイコンタクト。
「あの世があれば会おう! 高天原でない」そう言い残して、彦火を背負って走り出した。久蔵が威嚇射撃しながら後に続く。彦火の息遣いが伝わる。八秒、歩道に遮蔽物は無い。仕方なく脇の植え込みに滑り込む。閃光。少し遅れて衝撃波と轟音。それは五瀬の、旅立ちを告げる合図だった。

 四十一

 スバルラインのゲートにゆっくりと近づいた隼が、突如小銃の一斉射撃を浴び、ライダーと共に蜂の巣と化して転がった。
 夜織が最後に体当たりでバイクから落とした敵を一人、バイクと共に捕虜にした。戦闘員の数と火力の大きな差を埋めるには、策を使わざるおえない。捕虜にした男に、死んだ平八のバトルスーツを着せメットも被せ、勝四郎の隼で先行と哨戒をさせた。
 バイクを失った夜織は自分が乗せ、負傷しバイクも壊れた菊千代は、勝四郎が敵のバイクでタンデムした。朔夜様のみ単身でZX14Rを駆る。
「明、どうする」ゲート周辺の伏兵たちの死角で、夜織が言った。朔夜様とともに強行突破は出来ない。火器の差も大きすぎる。辛うじて小銃の弾幕は交わせても、火炎放射器の連続放射は交わしようが無い。バイク三台では、もうトリックする余地も無い。
「俺が囮になります。ありったけの火器を預けて下さい」と菊千代。
「自分も一緒に!、弾幕手前でウィリー走行し、バイクの腹で少しでも弾を受けます。後ろに乗せた菊千代が後は………敵が我々に気を取られている隙を突いて、朔夜様と明さん、夜織さんは突破して下さい! 」と、勝四郎。
「バカ野郎!一人でも無駄死にさせる訳にいくか! それから、いまさらさん付けすんな! 」と、夜織。
「はい、夜織………でも、他に策が?」と、勝四郎。みんなが沈黙に入って間もなく、
「明、何処までいく?」と、唐突に朔夜様。みんなの視線が朔夜様と自分を行き交う。
「はい。ハイランドで、分かれた五瀬たちと落ち合う約束です」と、お答えする。
「わかった。私に従え」何事も無かったようにバイクに跨る朔夜様。あわてて準備する。
 これまでのように前を先導しようと思ったが、
「朔夜様、この道は敵が………」と、わかりきっている進言をもう一度。
「私に従えと言った。何があっても離れるな! 」朔夜様のバイクがいきなりスタート。夜織を乗せた自分、菊千代を乗せた勝四郎の順で従う。
 弾幕の位置まであと数メーター。無残な敵の死体と燻る隼が朔夜様のバイクの目前に。途端に、朔夜様のバイクが対向車線を通りすぎて右の樹海に飛び込む。衝突! 静かに着地? 木々がゆらりと朔夜様のバイクを避ける。木々の根で地面が形造られる。従う。この不可思議が、当然のことのように穏やかに進む。振り返る。避けた木々と地面がもとの位置に戻る。それは、樹海を御伴する時と同じだった。

「た、高頭さん! 目の前で、敵のバイクたちが消えやした! 」と、まだゲートに残って標的達の帰りを待つ組の三番手から連絡が入った。カッとなる。
「消えただと? 意味がわからん! 逃がしたならはっきり言え! 」標的が消失? そんな訳が無い。きっと、仲間と合流するはず。沈黙する三番手に怒鳴る。
「わかった、もうトラックがそっちに着く。それに乗ってすぐにこっちへ来い! え~と、遊園地前だ! 」そう、指示を出した。
 常立殿は、止まったポルシェを、バイクを止めさせて伺っていた。そして、バイクから降り、小銃を構えて近づき始めた。私も、バイクを降りて従う。バイクを運転してきた二人には、そのまま待てと支持。常立殿がポルシェを撃ち始める。知らん顔する訳にもいかないので、私も撃つ。もう一度『役の逸脱』と浮かぶも………。
 普通の車。自動小銃の連射をうけたらひとたまりも無い。あっという間に蜂の巣に。四人乗っているようだが、生き残れまい。常立殿を見る。ため息が出るほど嬉しそう。千年前の雪辱か? これには確か、防人の一人が乗っていた。標的の朔夜は別の場所なのに。
 銃撃を止め、様子を見る。一瞬の間を置いて、粉々の後部窓から銃口が差し出されて撃ってきた。そんな馬鹿な! 呆然と立つ常立殿を伏せさせる。反撃が止む。遮蔽物がない。狙い撃たれたらおしまいだ。
「せ、誠司さん! 敵はまだ息がある。盾となるものまで下がろう! 」と、声をかける。
 すると、目前のポルシェのドアが開き、三人出てくる。一人が背負っているのは、確か防人。一人がまた撃ってきた。しかし、常立殿が防人を認めた途端に立ち上がり、銃を向ける。制止しようと常立殿の背後に。視界の端で、三人が道路脇の植え込みに飛び込んだ。何かおかしい。ポルシェを見る。一人残る。動く。ゆっくりと振り向く。まだ生きている。射るような目が、なぜが微笑んだ。しまった! 直後に閃光。猛烈な爆風。前に立っていた常立殿とともに、身体が宙に浮かんだ。

 四十二

 緑のモヒカンを立てた、サングラスに髭面で全身に黒のバトルスーツを着込んだ厳ついライダーが刀を振り上げて突進してきた。とても現実のこととは思えない。さっきまで俺のしてきた事も十分狂ってるが、こいつは強烈。
 撃ち殺した、でかいオレンジのモヒカンの姿が浮かぶ。こいつはちょっと小ぶり。そうか、復習ってやつか。因果応報。年貢の納め時? でも刀。俺はチャカを持ってる。あと五発もある。やろう、返り討ちだ! 
 あぁ、でも、もう刀を振り下ろしやがった。全然間に合わない。狙われた脳天直撃はなんとか避けたが、肩に来た。鎖骨が砕ける音が頭の真まで響いた。切り下ろされる。肋骨も砕かれる………奴の形相が揺らいだ。意識が消えていく。良かった。こんなおっかねぇ面、見てたくねぇ。卑墨玄人もこれでジ・エンド? 死ぬ時って、もっとあれこれ見るんじゃないのか? まぁ、俺のここまでの人生なんて、二度と見たくもねぇ。

 ………怒鳴り声。うっ重い。離れた所でドタバタ動く人だかり。あぁ、バスの連中が、お巡りたちにしょっ引かれていく。ん? 死んでねぇ。重てぇなぁ………おっ、俺の上にモヒカン。うっ、痛ぇ………左手が動かねぇ。
 右手一本で、なんとかどかす。モヒカンは死んでいた。銃弾が飛び出した弾痕が胸に。おかげで俺の身体も奴の血を浴びて血だらけ。
 俺の身体。防刃チョッキを着込んでいた。ヤクザの幹部だって、生き残る術は弁えてる。銃弾は止められないが、ナイフやドスは大丈夫………じゃねぇ。鎖骨がぐしゃぐしゃ。左手が動かない。痛み………凄まじいが、忘れることにする。玄人様の特技。また生き残っちまった。不死身? ふん、神様が意地悪して、殺してくれないだけ。
 お巡りたちは、バスの連中相手に大忙し。俺が動き出したことに気づかない。痛みに耐え、ゆっくりずらかる。そう、ここで走ると、お巡りたちの目にとまる。これも、経験済み。
 高速の出口を歩いて下り、一般道に出た。バスの連中もパクられ、俺も怪我した。戦線離脱………といやぁかっこいいが、ただの脱走兵。もう、やってられねぇ。町医者でも見つけ、脅してこの怪我をなんとかさせよう。さて、医者はどっちだ? と、適当に右へ歩き始めた。ほんの数十メートル。突然、正面から閃光。自然に跪く。直後に衝撃波と爆音。大きな金属片が飛んでくる。避ける。
 しかしひとつ。どんと頭に直撃。こける。けど、意識がある。幸い金属じゃ無かった。恐る恐る頭を撫でながら、飛んできたものの正体を。いやな予感的中。手首だった。おまけに、その指にはまりまくる趣味の悪い指輪。見覚えがある。これは、間違いなく頭(かしら)の左手。
 爆心の方、白煙の中から人影が来る。目前になって気づく。やばい! 赤いモヒカンと紫のモヒカン。焦る。右手は頭(かしら)の手首をにぎっていた。左手は、動かねぇ………
「おい、大丈夫か! 」座り込んでいる俺に、赤いモヒカンが声をかけてきた。
「あぁ………」答えていた。紫のモヒカンも俺に視線を。両手に小銃。背に猟銃。とてもじゃ無いが、かなわない。赤いモヒカンの背に、大男。そいつが、
「すごい出血だぞ、その手は? 」
「こっ、これは俺のじゃない、飛んできた………大丈夫だって! 自分で病院に行くところだった」おかしな答えだった。だが、
「そうか、すまん、先を急いでる」と、敵たちは走り去ってしまった。ホッとした。
 そして爆心へ。原型をとどめない車らしい固まりが燻っていた。これが吹き飛んだと理解。そして、その向こうに、手足を飛ばされたボロボロ人間と、側に座り込んでいる一人。その男の視線が俺に突き刺さる。
「卑墨か、遅かったな」高頭さん。やれやれ、脱走兵が前戦に逆戻り。

 四十三

 周囲の音が止み、木漏れ日が輝き流れる。背後の菊千代の呼吸と、自分の鼓動だけが耳に届いた。永遠に続くと感じ、一瞬にも思えた。心地よい。しかし、現実は来る。
 朔夜様のバイクが樹海を縫う県道に出ると、明と夜織のバイクがすっと前に。世界は瞬時にエンジン音に満たされた。
「このままパノラマラインへ出て、東側からハイランドの入り口へむかう」と、明。
「五瀬たちはもう着いているか? 」と、夜織。そう言いながら、明の後ろで携帯をいじり始めた。そして、
「彦火につながらない………五瀬もだ! おかしい」と呟く。
「急ぐ」途端に明のバイクがシフトダウンし、急加速。朔夜様もついていく。自分も離れぬよう加速。メットに埋め込んだインカムの電波が届く範囲は一キロ。まだ遠い。
「おかしいぜ、勝四郎。勘兵衛や久蔵を呼び出したが、二人ともでない」と、菊千代。怪我で右手が不自由なのに。バイクにつかまりどうやって携帯をいじっている?
 不安がよぎり、アクセルが開く。三台とも、高速走行。あっという間に信号付きの交差点。フルブレーキング、シフトダウン。瞬時に道路の確認。通行は無い。止まらずフルバンクで左折。信号など見ていない。急加速。数十秒で、右手にハイランドのアトラクションが見えて来た。

 ハイランドの駐車場入り口に着いた。敵の追撃は無い。左回りに迂回するように駆け上がり、広大な駐車場の奥を目指していた。
 駐車場のゲートにさしかかった時。彦火を背負って前を走っていたヘッドが転んだ。急いで駆け寄る。投げ出された彦火は無事。だが、ヘッドに向ける悲痛なまなざし。
 ヘッド。仰向けで粗い息。まるで血の気の無い青い顔に冷や汗が流れる。左手で押さえる腹部。夥しい出血。
「………久蔵、代われ」と、ヘッド。
「はい………わかりました」と答え、彦火に視線。自分と合わせずヘッドに、
「勘兵衛、ポルシェの自爆か? 」と、彦火がヘッドに問う。
「そうだ………爆風で飛んだ車体の一部だろう、脇腹に食らった。久蔵、傷は深い。出血もすでに致死量だ。俺にはもう、時間が無い」受け入れがたい現実に、打ちひしがれる。迂闊だった。敵にばかり気を取られていた。早く気づき、代わっていれば………もう遅い。後悔で頭が張り裂けそうだ。狼狽えた。
「久蔵。早く彦火を背負いハイランドへ入れ。俺は、ここで敵を迎え撃つ。カラシニコフを一丁よこせ」とヘッド。やっと彦火と目が合う。小さく頷く。どうやら、ヘッドの指示が最良の策。でも、即答も動くことすら出来ない。自分の中で、何かが壊れた。
「久蔵! いや五瀬! 生きろ! 」と、ヘッドに怒鳴られた。壊れた心を破って、意志が頭をもたげる。そう、自分は五瀬。『生き延びたら』という父の言葉が蘇る。生き延び、父を継がねば。全身がカッと熱くなり、力が漲る。小銃を隊長に渡し、彦火を一気に背負った。そして、
「行きます」と、言っていた。ヘッドが微笑む。その顔を忘れぬよう頭に焼き付け、迷わず入り口へ向く。
 耳にバイクのエンジン音。敵か? 隼とZX14Rが混ざる。振り向く。
「朔夜様たちだ! 」と、彦火。自分の網膜にも、手を上げる明。全身の緊張が、僅かに緩んだ。

 四十四

 宿主の命が尽きかけている。降りる為に憑依した虫も、まさに虫の息。余には時が無い。侍従風情と相打ちなど、許せるか! 
 聞こえる。感じる。耳の機能は失っているようだが………なぜか記憶にある思念の独白!
『………此度もとんだ不始末となった。やはり、常立様の標的は防人であったか。まぁ良い、もうすぐ手下が来る』だと? そのものに、思念を送る。
『そうか、やはりお前には、監視が入っていたか』
『常立様………気付かれましたか。お久しゅうございます。我の役目は監視だけではありませぬ。高天原のご意志に、身を捧げております』
『ふん、余はこのとおり、憑依した虫や宿主と共に死にかけておる。貴様は苦しむ前に、いつでも逃げ出せるらしいな………玄人は着いたか? 』
『………はい』
『今後の指揮を執らせろ。貴様は信用できん』記憶が蘇る。千年前、余が捨て身の攻撃に出たとき、監視は高見の見物をしておった。なにが身を捧ぐだ。
 玄人の敵意は身に染みついておる。哀れな生い立ちが、邪悪なものを形作ったか? この世の悪運が、全て味方する。そして、負の頂点に位置するものとして、不死身なのだ。余があ奴と出会ったのは、高天原の意志かもしれぬ。
 急に騒々しくなった。気配でわかる。死にかけている宿主の体が動かされていく。
『おい監視、何事? 』と、仕方なく思念の伝わる監視を使う。
『はい、常立殿。先ほどの、敵の車の爆発という事態に、今の世の目付の車や怪我人を運ぶ車が来ました。常立殿と我は、後者の車に運ばれ、手当てを受けております』宿主の息が、幾分楽になる。
『玄人に我が意志は伝えたか? 』
『は、ぬかりなく。我々の応急手当なるものが終わり次第、目付どもは皆殺しにすると申しております。すでに、先の戦場に残した手下たちも、着いております』そんな監視の思念が伝わると間もなく。辺りがまた騒々しくなった。耳は聞こえなくとも、生き物の阿鼻叫喚は感じる。一人、又一人。命を奪われていく。どれも朔夜の末裔たち。哀れとも感ぜぬ。
 静まる。標的はどうしたか?
『敵は? 朔夜はどうしたか? 』と。監視に聞く。
『我々を乗せてきた、機械馬を駆る二人に哨戒させました。その者の話では、すでに朔夜を含む敵は合流し、広い遊興場に入ったとの事です』
『遊興場だど! 何を考えておる! そこは、遠いのか? 』
『は、しばし、お待ちを! 』また、禍々しい気配が続く。ほとんど感覚の無い顔にも。温い液体が飛んでくる。血だろう、臭う気もする。
『常立殿、お待たせいたしました。目付どもの制圧が終わったとのことです』
『馬鹿野郎! そんなことはどうでもいい! 朔夜どものいる場所は近いのかと聞いておる! 』
『は! ここからでも、見えます』
『それを先に言え! すぐに行け! 余が去る前に、戦果を報告させろ! 朔夜や防人を殺したという』
『承知いたしました』ち、玄人が思念を使えれば………。時が無い。余は復習を終えていない。

 四十五

『稲氷二尉! 』と呼ばれた気がした。閉じていた重い瞼を開く。ゆっくりと向かって来る大型車。膝に乗っていたカラシニコフを構える。戦場で、友を殺した小銃。弾倉には残り二発。一発をドライバーに。もう一発をエンジンに。確実に打ち込む。

 声は、戦場で死んだ同僚………数少ない友と呼べる男だった。極秘の任務。無かった戦闘………何処かで同じ話しを聞いた。
 十年前に防衛大学を卒業し、自衛隊幹部候補生学校へ入学した年に9.11のテロがあった。学生のまま、曹長という階級で自衛隊のインド洋派遣の任務につく。そして、私と数人は、アブガニスタン紛争最前戦視察の極秘任務に。今後日本でも想定される、テロ対策の特殊部隊を率いる指揮官級将校の育成プログラムだった。任務中に、アメリカ軍の友を自爆攻撃で失う。そして、共に任務についた同僚をその後のゲリラ戦で失った。二年前の派遣終了まで務め、二尉という階級の将校となった。
 同僚の死を、家族に告げる役目だった。
『戦闘ならまだしも、事故死とは………本人も無念だったでしょう………』そんな父親の言葉で、ヒビが入っていた心が砕け散った。勇気ある戦死でしたという文字が、砕けた心の破片に書かれていた気がする。真実を言えなかった、愚かな自分を恥じた。
 そして、現地の記憶が蘇る日々が続き、PTSDと診断されて療養という名の一次休職。酒浸りの日々に。約半年、廃人のような生活を送った。
 そんな、自衛官という肩書きが消えていない私に、警察官、それも白バイ隊員の仕事に就くよう転属辞令が来た。転機と思い、受ける。もともと趣味だった大型バイクで、一日中無心に風を切れる日々。生まれ変われた。
 そして約一年後、総監に呼ばれた。
 たった数ヶ月だったが、充実した日々だった。小隊の組織や戦術、具体的な戦闘方法。知識や経験の全てを、短期間で明に託した。明の、持って生まれた吸収力や応用力は圧倒的で、同じ人間とは思えなかった。軍に属していれば将軍候補の筆頭になったろう。防人の血筋を理解した。
『この任務で守る朔夜様は存在しない。そして戦闘も、歴史に残してはいけないことなのだ』という、総監の言葉を思い出す。あの世で友と再会したら、私の戦闘も無いものだったと言ってやろう。きっと、笑い合える。

「もう少し、お役にたちたいです………」立ち上がれない私に寄り添っていただいた朔夜様。直接声をお掛けした。無言で傷口に手を当てられた。途端に痛みが消え、冷え切っていた身体に生気が流れた。
「稲氷、戦え」朔夜様の言葉だった。
「はい」と、お答えした。

 来る、朔夜様に与えて戴いた最期。大型車、止まる。警戒している。ふん、小銃の射程を理解していない。まず、ドライバーの肩。寸分の狂いも無く打ち抜く。助手席の男が狼狽える。標準機で凝視。見覚えがある! さっきの路上の男、敵だったか!残り一発の予定だったエンジンをやめ、もう一発をあいつに。狙う。頭………いや左胸。打ち抜く! 終わった。ゆっくりと世界がホワイトアウト。なんて明るく、安らかなのだろう………五瀬、あまり待たせなかったな………。

 四十六

 ハイランドの第一駐車場ゲートに勘兵衛を残し、入園口に駆け込んだ。彦火はそこに隠し置いた車椅子に乗り、俺たちも準備した戦闘装備を各自が手にして、明を中心に今後の戦いの確認をした。
「初戦の戦闘員は夜織、菊千代、勝四郎、久蔵、自分。彦火は朔夜様の護衛と後方支援。この戦いで、敵の残存戦力と常立本体の位置の把握をする。この二つが掴めたと判断したら、一旦退く。………予想以上の犠牲を出している。命を無駄にするな」と、明。
 スバルラインの戦闘で倒した敵から奪ったピストルを、全員に渡した。それぞれが弾倉に残った弾数を確認し、クロスボウの矢を補給し、新しいインカムをセットする。そして、キャスター付きの重装甲防弾盾を持つ。五台残る。それは、我が方の戦死者の数。
 敵を把握するには、開かれた場所でこちらも姿を見せる必要があった。開園前の第一駐車場ほど適した場所はない。しかし、
「明、盾で火炎放射器は防げないぜ。それから、常立を見つけたら倒す。それで、この戦いは終わりだろ! 」犠牲の多さに冷静さを欠く俺、気が逸(はや)っていた。
「夜織、個の戦闘ではなく小隊としての作戦だ。勝手な突出は許さない」
「犠牲を多く出したのは、指揮官としての明の責任だ! 」言葉が止まらず、直後に恥じた。明の視線が射る。初めて悲しみを含んでいた。心を貫く。
「その通りだ。だが、指令が聞けぬなら、自分を殺して指揮官を替われ! 」明の言葉が、俺の心を両断した。
 ちょうどその時、勘兵衛の最期を告げる銃声が聞こえた。勘兵衛に渡した小銃の弾倉には、たった二発の弾しか残っていなかった。久蔵が持っていたもう一丁は打ち尽くしていた。官兵衛は久蔵が差し出す猟銃も、明が渡そうとしたベレッタも受け取ろうとせず、
「自分が消えるまでに撃てる弾数(たまかず)としてはちょうどいい」と、笑った。
『後は頼んだ』と、勘兵衛に諭された気がした。気持ちの切り替えは出来たが、銃声を聞いても眉一つ動かさない明に、言葉を返せなかった。
 そんな俺も含め、全員無言で入園口へ向かった。朔夜様と彦火の姿はすでに無い。
 ゲートを越えて現れたのは、トラック二台に救急車とパトカー一台ずつ。先頭のトラックのフロントウィンドゥには弾痕が二つ。勘兵衛の洗礼。二台のトラックとパトカーが俺たちが潜む入園口に正面を向け、その後ろに救急車が止まった。距離、五十メートルあまり。それなりに警戒しているらしい。予想以上の戦力。
「バスがトラックに替わったのは分かるが、救急車とパトカーって何だ? 」と菊千代。
「五瀬の自爆現場に県警の救急が出動した。隊員と警官が連中にやられ、車両を取られたのだろう。トラックは、地元ヤクザの応援らしい」と、インカムのイヤホンに彦火の声。彦火は、アトラクションのひとつを最上部で止め、それに高速処理の出来るパソコンと通信機器を持ち込んで、俺たちのバックアップを始めていた。朔夜様と共に。
 トラックの荷台からヤクザたちが少しずつ姿を現す。先を歩く者たちの手にはカラシニコフ。十人あまり。その後ろに火炎放射器を持つ数人。もう一台のトラックからも、様子を伺いながらぞろぞろと降りてくる。
「一台目が、小川組の残存勢力と思われます。小銃十二丁、火炎放射器三丁が重火器の約三十人。もう一台の応援も推定三十人、猟銃のようなライフルを数挺持っているようです」と、双眼鏡を覗く勝四郎。
「常立の位置は? 」と、明。
「見える範囲には出てきていません………あっ! 」
「何だ? 」
「卑墨という………小川組の幹部がいます。動きからすると、敵の司令官のような立場です」
「わかった。敵の布陣が固まる前に一撃を加える。小銃と火炎放射器を持つ戦闘員、そして、その幹部をたたけ! 自分の合図か、火炎放射器の銃口が向いたら退け! 」
全員の視線が明に集中、明の左手が握られ二度空を叩いた。それは、特殊部隊が使う『攻撃』のハンドサイン。誰よりも最初に敵前に躍り出た。

 四十七

 「卑墨さん、入り口からなんか出てきやした! 」と、声がかかる。何かじゃねぇ馬鹿野郎。敵に決まってる。でも、予想外。ゲートの奴も死にかけだった。いくらなんでも多勢に無勢。わざわざ身を晒してくるか?
 ここを選んだのはトラップと、どんなアホでもわかる。アトラクションの影に潜んだゲリラ戦に持ち込まれるはず。だから、掃討には人数が必要と、ありもしない金を餌にして無様(ぶざま)な田舎のごろつきどもまで大勢集めた。
 敵の人数は、小娘を除けばあと六人。
 しかし、最新のバイクに乗せ、ピストルまで持たせた手下の族二十人と、小銃や火炎放射器で武装させた組員二十人が倒され、バスに防弾ベンツまで、たった五人におシャカにされた。未だにそんな異様な戦闘の中にいる俺。言葉にならない恐怖心が芽生えていた。あのドラッカーと白バイ隊長も健在のよう。
 早く終わらせたい。砕かれた左肩の近くに銃弾まで撃ち込まれ、その激痛で時々目が眩む。念のため、殺した警官が付けていた防弾ベストを着た。フロントガラスで弱められだ銃弾が、そのベストでなんとか止まった。しばらく気を失った。見ると心臓の真上。ちぇ、あこがれの即死だったのに。
 パンパンというチャカの音。見ると、小銃と火炎放射器を持ったやつらがバタバタ倒れていく。まさに狙い撃ち? 敵は? 入園口の派手な看板の下に、等間隔に並んだごつい盾が見える。良く見ると、盾の穴から銃弾が飛んで来る。こっちの弾は、見事に盾が弾く。
「さがれ~、車に隠れろ~ 」くそ、痛てえ。怪我人の俺に叫ばせやがって。横に立ってたやつを呼ぶ。
「おまえ、俺の代わりに叫べ! 」と指示した瞬間、そいつの頭から銃弾が飛び出した。ふん、俺も狙ってやがる。偉くなったもんだ。携帯が鳴る。
「何してる、火炎放射器を使え! 」と、高頭さんの有り難い指示。後ろに止めた救急車の中で頭(かしら)の様態を見ている。車に隠れて見る。火炎放射器を持たせた奴は? 全滅。小銃隊も! 
 一旦銃撃が止む。倒れた連中のうめき声。ほとんどの奴は急所を外されて転がってる。もう一人近くで隠れてる奴をひっぱる。
「誰でもいい、火炎放射器で敵を燃やせ! 」と、叫ばせた。動きがない。
「ぐずぐずしてると、撃ち殺されるぞ! 」と、だめ押し。ようやく。とんちんかんな方向に火柱が一本伸びた。それを合図のように、敵の盾がゆっくりと入園口の奥に消えていく。
「どうした? 」右手の中にあった携帯から高頭さんの怒声。
「とりあえず、敵が退却しました」と、状況報告。
「ぐずぐずするな! さっさと突撃して朔夜を殺せ! 時間が無い! 」あ~あ、矢継ぎ早の指示。確かに時間が無いんだろう、あれじゃ。
 いよいよゲリラ戦か。敵の思う壺ってやつだ。え~と、今の銃撃で戦闘不能十五人。総勢四十五。ずいぶん減らされちまった。でも、さっきの銃撃はベレッタ。バイクの手下に持たせたピストル。あれだけ乱射したら、多分、もう弾切れ。 
 さてと、使える銃を拾って死地へ行くか。そういえば、これまで敵の使った火器はこっちから奪ったものだけ。もとから用意して無いのだろう。すると矢でくるか。発射音が無いから、さらに敵の位置を探しずらい。やれやれ、互角以下だな。遊園地にヤクザの死体の山? 似合わねぇ………でも、頭(かしら)が死ぬまでにやるしか無い。
 ふっと気づく。トラック、パトカー、救急車。使える。所詮弓矢、車中のやつまで射殺せねえだろう。よし、悪党に、一縷の望みが見えて来たぜ!

 四十八

「明、敵は車ごとだ! 」と、インカムから夜織の声。予定した戦闘配置が終わったと同時に、敵が突入してきた。 
 戦闘範囲を限定して一般人を巻き込む恐れを無くす。戦力差を補いにくい平面の戦闘に、アトラクションを利用して上下を加える。ここを戦地にした二つの理由。強力で複数の火器を持つ多勢の敵戦力を効率よく削ぎ、常立を倒す。逃げ場では無く、敵を殲滅する巨大なトラップ。
 別々のアトラクション上部に待機した自分たちの武器は、クロスボウと刀。敵から奪ったピストルは、すでに撃ち尽くしていた。歩兵状態で突入する敵をクロスボウで上から先制し、混乱に乗じ、降りて斬るつもりだった。入園口ゲートを兼ねた建物と、つづく複雑な狭い階段は車では通れないという思い込みがあった。
 しかし敵たちは、車両ごと乗り込んで来た。駐車場わきに設けられた通用扉を壊したのだろう。ヤクザ集団にも、状況を把握して策を支持出来る司令官がいる。
「敵も………車に籠もっていては攻撃できない」と、返事はしたものの、的確な指令の出せない自分に苛立った。
「明、常立の宿主は最後部の救急車の中だ。どうも、重傷を負っているらしい。敵の携帯を傍受して得た情報だ」と、彦火。よし、目標が出来た。
「今の情報で、作戦を変える。全員アトラクションを降りて、救急車に向かう。先に接近出来たものからクロスボウでタイヤを潰せ。久蔵、ショットガンで後部扉を破壊。そして、中の常立を討つ! 先にたどり着けた誰でもいい! 」何かの為にと、久蔵が五瀬から託された猟銃を温存させていた。それは猟銃といっても、ハイスタンダード社K1200という、七連発で大口径の強力なショットガンだった。これで、一気に方を付ける!
「待て! 敵が出てきた」と、夜織の声。降りる動作に入ろうとする直前だった。下を見る。二台目の幌トラックから、堰を切ったように敵が一斉に躍り出てきた。そして、ライフル銃を持つ一人を四、五人が囲むグループに分かれ、こちらが潜むアトラクションに素早く近づいてきた。
「迎撃するな! 」と、指示。慌ててクロスボウを放てば、潜む位置を教えることになる。
「明、見つかるのは時間の問題だ。敵は、みんな見上げてる。必死に俺たちを捜してる」と、夜織。
「………」策が後手に回った。的確な指示が浮かばない。矢を放ち、何人かは倒せても、居場所を特定されたらライフルで狙い撃ちだ。
「明、そのための防弾チョッキだろ、このクソ重いやつを我慢してるのは! 」と、夜織。確かにそうだ、インターセプターボディーアーマー。狙撃手用の小銃弾すら貫通しない装備。その代わりに十一キロあまりの重量に耐えてきた。
「明、連中のライフルはほとんどが豊和300だ。単射でせいぜい三、四発。迎撃しよう。ここからも射る」と、彦火。朔夜様と彦火が潜むのは、最も大きなアトラクションの最上部。地上七十九メートルからの心強い支援。気持ちが固まる。
「策を戻す。補足されても瞬時に降りられるよう位置を低くとれ。近づく敵を矢で先制し、降りて斬り倒せ! その後は常立の潜む救急車に。戦機は各自の判断! 」
「了解!」と、ほぼ同時に四人の声。
 指示の直後に、入園口にもっとも近い自分のアトラクションに向かって来る敵。クロスボウを連射。六人中、三人を射倒す。敵の足が止まるが、視線が合い位置を補足された。降下する時間の無かった自分の位置は高い。
 ライフルが向く。素早く降下を始める。発射音。アトラクションの鉄の支柱にヒット。図太い衝撃音と同時に掴む梁がぶれる。耐える。下降を急ぐ。二発目。弾道が近く、耳に空気を切り裂く音。しかし逸れる。地上が近づく。飛ぶ。三発目。宙で胸に着弾。強い衝撃で姿勢が崩れ、着地後、転倒。幸い、敵の弾道方向に背が向く。その背に四発目がヒット。弾詰めの間。跳ね起きて敵との間合いを確認。約二十メートルに敵三人。走り出す。もう一人の敵が持つピストルから発射音。弾道が見える。交わす。あと一人は、長い刃物を持ち構えている。ピストルから二発目。来る。自分の動作線上で交わせ無い。身体をずらし敢えてアーマーで受け止める。9ミリ弾? 動きの妨げにならない。中央の敵がライフルの弾込めを終えた。銃口が上がる。しかし、もうひと飛びで刀が敵に届く。地を蹴る。空中で抜きざま、敵の左腕とともにライフルも両断。着地。直後に背に三発目が着弾。振り向くと同時に低くジャンプ。四発目、五発目の弾が自分の上を飛ぶ。敵の足もとに滑り込み、右足首を切る。倒れる敵の手の拳銃を、立ち上がりながら蹴り落とす。最後の一人に視線を流す。遠ざかる後ろ姿。逃げ出した。蹴り落とした銃を拾い。足を狙って撃つ。命中し、転げ回る。そんな敵の向こうから、パトカーが来た。ドライバーに銃口を向けて引き金を引く。撃鉄が空しく空打ち。ピストルはリボルバー。弾倉は、すでに空だった。
「夜織、菊池代、勝四郎、久蔵。降りたら報告! 」と、四人に指示。背後からもエンジン音。振り向く。コンテナトラックが横向きに止まる。コンテナ側面に複数の穴。覗くのは銃口。その上に、狙撃者視認用と思われる穴。小銃の銃口と血走った視線が自分に。これは戦車。パトカーからもピストルを持った腕が出る。不覚。前後から、打たれる。

 四十九

 明の潜むアトラクションに動くパトカーとコンテナトラックが見えた。すでに、捕捉されている。司令官という立場も知られているらしく、敵は戦力を集中して来た。挟み撃ちに合う。阻止せねば。自分に向かって来た敵の相手をせず、明の救援に急ぐ。
 アトラクションから降りる時、向かって来た敵に捕捉された。ライフルが火を噴く。交わす。
「彦火、俺を追う敵をなんとかしてくれ」彦火の位置は見えていた。
「わかった夜織。明は私の死角だ、頼む」と、彦火。後方からライフルの発射音と弾道の風切り音が同時に。一発目より近い。ボディーアーマーが重い。俺でさえ感じる。チームの連中にはとんでもない重荷だろう。
 視界の端に明。そしてコンテナトラックにパトカー。同時に二台の車から発砲。それまで立っていた明が瞬時に伏せ、複数の初弾は宙をきる。
「明ー」と、力の限り叫ぶ。敵の注意を俺に逸らさねば、次は狙い撃ちだ。
「夜織、来るな! 」と、明。耳をかさず、目標をパトカーに絞る。
「パトカーを潰す。それまで、弾を交わせ! 」と、指示。
 後方からの発砲が無い。彦火が片づけたか? パトカーが迫る。中の敵がピストルらしい銃口を向け発砲。一発目、交わす。二発目、アーマーにヒット。地を蹴って、パトカーの斜め前に回る。横から顔に近づく銃弾。避けきれない。左腕で受ける。腕の中で止まる。
 小銃の連射音。明は? 視界の端で、アーマーの背をコンテナに向けて着弾を耐えている。セラミックプレートでも、複数止めれば割れる。時間が無い。パトカーのフロントガラスが見えてきた。角度はイマイチだが、修正する時間は無い。
 地を蹴ってフロントガラスに飛び込んだ。ドライバーの顔面をハンマーブーツで蹴り潰し、助手席の奴の頬を金属プロテクターの肘撃ちで砕いた。同時に頸椎のへし折れる音。悪く思うな、これは死闘だ。
 死んだドライバーを蹴落とし、強引にアクセルターン。発砲を続けるコンテナと明の間にパトカーを割り込ませた。一瞬の間。そしてパトカーへ銃撃の再開。ボディなど無いように弾道が貫いて来る。殺した助手席の敵の身体に隠れ、耐える。
 ふっと、コンテナからの銃撃が止んだ。悟られぬよう確認。天井に突き立つ矢が数本。銃眼から銃口が退く。さらに乾いた音を響かせて矢が突き立つ。彦火の攻撃。素早く降りて明のもとへ。すでにパトカーのホイールを背にする明。一番安全な位置。右手を挙げ、無事のサイン。
「夜織、撃たれたか? 」と、明。
「9ミリ………三発、左腕と左足に」左足の着弾はその時気づいた。
「自分は小銃弾一発だけ、右足だ」と、明。
「明………傷が浅い。筋肉には食い込んだが、貫通は無い。射入口の出血は、もう止まった」傷口を見ながら言った。
「弾道も? 」
「見える。ある程度の距離からくる単発なら、見極めて交わせる。連射でも交わせるかどうかの判断はできる」
「そうか、自分もだ………受けた小銃弾は太ももを貫通出来ずに止まった。太い血管は瞬時に避けたよう。傷口は筋肉が押し込めて塞いだ。自分たちは、そんな身体を持っているようだ」明も、改めて知ったようだった。
「こんな実戦経験は出来なかったからな」と、明。
「ありがたい」思わず、口にした。
「夜織、過信するな。頭や内臓を傷つけられれば死ぬ」
「わかっている」
「明、夜織、聞こえるか? 」と、インカムに彦火の声。
「菊千代、勝四郎、久蔵がそっちへ向かっている。コンテナを潰すつもりだ」
「明、この膠着状態を抜けられそうだ」視線を向けた明の鼻が微かに動く。
「夜織、臭う。やつらまだあれを使うようだ」そんな明の言葉が終わらぬうちに、熱風が押し寄せた。戦線は、まだまだ熱い!

 五十

「菊千代! 」と、インカムに勝四郎の声。
「まだ生きてるぞ………」自然に、そんな返事をしてしまった。
 潜むはずのアトラクションに、登れなかった。スバルラインの戦いで討たれた右腕が、次第に萎えていく。出血も止まらず、応急で止血した布から滴る。
 仕方なく、引いてきた防弾盾に身を潜めた。アトラクションの上ばかり警戒する敵五人をぎりぎりまで引き付け、三人を切り捨てた。左腕一本で扱う剣では、頭を落とすしか無かった。仲間の首が飛ぶ惨状を見たあとの二人は、血相を変えて逃げ出した。
「明と夜織がピンチだ。久蔵と敵を攪乱し、火炎放射器の攻撃を削ぐ。その見極めが出来たら、盾でコンテナトラックに近づき、彦火が弓で催涙弾を打ち込めるよう、コンテナ上部の何処かを切ってくれ」と、勝四郎。勘兵衛亡きあと、チームリーダーは俺だった。勝四郎は俺の負傷を理解していて、状況に即応できる策を即座に提示してくれた。
「了解」という久蔵の声。
「………出来るか、菊千代」確かめるように、勝四郎が問う。
「まかせろ! 」と、自分の言葉で奮い立つ。
 間を置かず、視界の端から二人の駆け出す姿。勝四郎は背に刀、久蔵は猟銃を履いているが、二人とも防弾ベストを着ていない。
 バイクに乗っているならまだしも、単身になって十一キロのベストは動きの妨げ。二人の選択は正しい。もちろん、小銃弾一発で悪くすれば即死。覚悟の行動だ。
 盾を前に、二人に続く。見えてくる。入園口付近の広場。コンテナトラックに対峙するパトカーと、その影に潜む明と夜織。
 コンテナの側面に開けられた穴から火炎放射。二人が盾にしたパトカーに火が付く。直後に勝四郎と久蔵が飛び出し、久蔵がショットガンをコンテナトラック運転席に発射。フロントガラズが飛び、ドライバーが血にまみれた。
 一瞬、静まりかえる戦場。火炎放射が止まり、小銃二丁分の銃口が久蔵たちに。果てしなく遅く感じる時の流れに縛られ、ゆっくりとしか動けない自分のもどかしさ。
 視界の端では、燃えるパトカーから信じられないスピードで離脱する明と夜織。小銃の連射が始まり、勝四郎と久蔵が反対方向に走り始める。二人を追う連続した弾道の流れ。俺も盾を前にコンテナの銃口に身を晒す。連射のひとつが俺に。盾を押仕返すほどの連続着弾。止まる。
「菊千代! 退け! 」と、インカムではない明の叫び声。無事に回避したか。肌がひりつく。熱風。後ろに飛ぶ。全身に火が付いている。気管や肺を焼かぬよう呼吸を止め、横転を繰り返す。やがて力が尽きる。止まる。
 焼かれた………が、まだ生きている。呼吸? 出来る。頭を撫でる。モヒカンが無い。小銃の連射が再開。視線を向ける。勝四郎と久蔵が側面に突き出た銃口を誘うように走る。そして次の瞬間、銃眼の無いコンテナの前後から、明と夜織が現れ取り付く。二人ともコンテナの扉を開けようとしている。
 刀、背の正宗は? 無事。戦況を見極める。囮として走る勝四郎たちの体力も限界に近い。萎えた右手に全身の気を集中。動く。負荷になるボディーアーマーを脱ぐ。コンテナトラックまで二十七メートル。俺の年齢と同じ。四秒で着く。
 跳ね起き、無呼吸で走る。音が消える。二人を追っていた小銃の銃口が一つ、ゆっくりと自分に向く。あと十メートル。連射が始まる。あと五メートル。夜織が気付き、コンテナの屋根から自分に向いた銃口を自らのアーマーを脱いで覆い塞いだ。
 しかし、その前に発射されていた三発が胸に着弾。背から出て行く。動き、止まらない。ほう、これだけの衝撃に、二メートル百キロが全速力で動く慣性力が勝った。がたいが役に立った。
 コンテナに着く。跳ぶ。正宗を抜く。全身の気を込める。その四角形の右上の角。走り出してからずっと狙いを定めていた位置。振り下ろす。正宗が食いつく。猛烈な怒りで生き物のように切り下げる。三角形に大きく開いた切り口から、あらゆる邪気が吹き出す不気味な叫びが聞こえた。
 着地。全身の力が抜け、そのまま崩れる。いつの間にかコンテナの下に潜っていた久蔵が来た。
「神武! 死ぬな」なぜか俺の名を知っている。
「………久蔵、これを。あとは任せた」と、最後の言葉。正宗を託した。
 空が碧い。白い煙の軌跡をひく矢がゆっくりと飛ぶ。そういえば、夜鴉さんのモヒカンの色も碧かった。そのままブルーアウト。へぇ、洒落てる。そっちへ行くので、あらためて彼女でもつくりましょう………。

 五十一

 すでに二矢。見事な正確さで、矢じりに付けられた催涙弾が、三角形に切り開かれたコンテナの穴に打ち込まれた。さらに一矢。百メートル以上離れたアトラクションの最上部から彦火によって放たれた。もうすぐ、堅く閉ざされていた扉が開き、重火器を持った敵たちが飛び出して来る。
 残時間、推定三分。頭の中のデジタルカウンターが、急激にカウントダウンしていく。久蔵に抱えられた菊千代が息を引き取った瞬間、自分の最後の計算も終わった。
 レースは競争相手との駆け引きと計算。前者は時の運もあるが、後者は冷徹。勝つために半分の要素は常に完璧に。運も味方し連戦連勝。そのまま頂点に君臨するつもりだった。
 たった一度だけ犯した計算の誤りは、親友の事故死という最悪の結果。責任をとり潔くレース界を去る。聞こえはいいが、心が壊れた負け犬だった。
 立ち直るきっかけは、そんな自分を生かせた白バイ隊の仕事。一度の計算違いも無く、隊長としても正しい答えを出し続けてきた。強いて思い出せば、卑墨という凶悪な族に一抹の温情をかけたこと。奴のライディングが、事故死した、天才肌の友にそっくりだった。
 その卑墨、間違いなくこの中にいる。あいつの銃弾が、勘兵衛を、そして菊千代を殺したかもしれない。許さない。残時間二分。
 久蔵の背にあったショットガンを奪った。瞬時に射るような視線を向けた久蔵に、無言で理由を示した。眼光が潤み、頷く久蔵。すまない。
 そう、自分の計算違いが五分ほど前にもあった。利き腕に銃創を負い、火炎放射器に焼かれた菊千代が、小銃の銃撃を受けながらもコンテナを切る奇跡。連射される弾丸に追われながらその光景を目にし、足の運びが僅かに緩んだ。直後に、ぎりぎりの計算で交わすはずの弾丸が一発、脇腹に食い込んだ。

「勝四郎! 」と、久蔵。言葉が続かない。視線は時折血を吹き出す脇腹に。確実な致命傷。
「無駄死にはしない」と、返す。
 コンテナの扉の前に立つ。催涙弾に燻された密室。不気味な音を立てて扉が開く。その屋根で、刀を構える明と夜織。自分の行動に驚いた表情。敵がひととおり逃げ出してから、後方から襲うつもりだったのだろう。しかし、敵たちの手には重火器。二人の手を煩わせることなく自分が殲滅する。残時間一分。
 ひどく咳き込みながらも、水平に銃口を構えた敵たちが煙を伴って顕れた。容赦なくK1200の引き金を引く。三人吹き飛ぶ。凄まじい破壊力。『The Getaway』という映画を思い出す。それも父親の書棚の映画コレクション。このショットガンで、あらゆる敵を打ち倒す黒スーツのスティーブ・マックイーンは、マッドマックスのメル・ギブソンに次ぐ自分のヒーローだった。
 さらに敵たちの逃避が続く。撃ち続ける。二、三人ずつあっけなく吹き飛ばされていく。阿鼻叫喚………のはずが、すっと音が消えた。全弾、撃ち尽くす。まだ、コンテナの中に数人人影が残る。倒れた敵の小銃を拾い、コンテナの中に連射を浴びせる。
 ゆっくりと銃口が上がる。全身の力がふわりと抜けた。耐え続けていた痛みも消えていく。碧い空に最後の弾丸が上がる。視線が追う。何処までも飛ぶ。しだいに暗くなる。宇宙の果てまで飛んでいってしまったのか。星空。自分もそこへ舞い上がっていく。何か落ちてきた? 愛車のVFR800P。飛び乗り、走り出す。頭のカウンターの数字が、いつの間にかゼロになっていた。役目が終った。さてと、何処までウィリーしようか………。

 五十二

『何処までウィリーしようか? 』と、勝四郎に聞かれた気がした。地平線の果てまでと答えようとしたが、言葉を飲み込む。腕の中の勝四郎は、すでに去っていた。
 自分がこの戦いに引き入れた七人の、六人目が戦死。それを冷静に受け止められるほど、経験を積めていない。常立を倒す。悔しさを少しでも晴らし、逝った戦友たちに報いる。
「明、幹部だ」コンテナの中を確認していた夜織が、血だらけの若い男を奥から引きずって来た。生きている。顔や腕に怪我をしているが、警察官が付ける防弾ベストを来ていて、命に別状は無い。
「隼人(はやと)明だ。名は? 」俯いていた男が、すっと顔を上げた。
「………ずいぶん礼儀正しいな。小川組の卑墨玄人だ」と、その男が言った。相当な傷を負っているのに、痛みや苦しみを忘れているかのような落ち着いた声だった。
「残りの戦力は? 」と、知りたい情報だけ聞いた。
「………」
「明、痛めつけよう! 」と、夜織。この男には無駄と思う。
「もう一つだけ聞く。なぜ、朔夜様を襲った? 」毅然としていた男の顔が瞬時に曇る。
「………」
「明、俺が始末する。こいつは菊千代や勝四郎殺し、多分、勘兵衛にもとどめを刺した奴だ、生かしておけない」と、夜織。
「だめだ。敵であろうと、戦闘外で傷つけたり殺したりしてはいけない。我々の標的は、常立だけだ」夜織は卑墨と名のった男の胸ぐらを掴み、宙づりにした。首が絞まる。放っておけば死ぬ。
「夜織、朔夜様の意に反する」と、諭す。夜織は卑墨が気を失う寸前、コンテナの壁に叩きつけた。青黒く色を変えていた顔に血の気が戻る。
「………ふん、俺は青いモヒカンも殺したぜ! 」と、それまで頑なに口を閉じていた卑墨。青は七次郎。引き始めていた夜織の怒気が爆発。止めようが無い。
「黙れ! 」と叫びざま、夜織は抜き身の刀を振り下ろした。鈍い切断音。ドサリと、防弾チョッキが両断されて落ち、左頬と胸に浅い刃傷。しかし、眉ひとつ動かさない。僅かな手加減であえて生かされたことを、卑墨と名のる男は恐怖とも思わないよう。だが、
「………そこの、黄色いモヒカンは死んだのか? 」ゆらぐ視線が、横たわる勝四郎に釘付けに。そして、初めて狼狽えだした。
「そうだ、勝四郎とはこの男だ」
「いや、毛沼隊長だ」
「なぜ知っている? 」
「………」卑墨が視線を逸らし、なぜかそれまで放っていた凶悪な気が失せる。
「ふん、どうせ悪事を働いて、捕まったんだろう」と、夜織。その言葉で、卑墨の形相が瞬時に戻る。
「おい、さっさと殺せ! 」と、卑墨が叫ぶ。
「情けをかけてやる、悪党としての恥を晒して生きろ! 」と、夜織。容赦無く後ろ手に拘束し、蹴り飛ばす。
 切り替えて戦闘再開。
「夜織、久蔵とともに救急車に向かうぞ! 」と、声をかけて卑墨に背を向けた。すると、
「おい! 救急車にはな、頭(かしら)の護衛に小銃隊が潜んでるぞ。確か六人、選りすぐりだ。弾もあるだけ持ち込んである。俺たちの戦力はそれで終わりだ。せいぜいがんばりな!」と、背後から卑墨。その声が消えると同時に、
「防人ども! 紫のモヒカンを蜂の巣にされたく無かったら、さっさと出てこい! 」という叫び声。風雲急を告げる。

五十三

 それほど離れていない戦線から、聞き慣れない銃撃音が届いていた。武器も戦闘員の数も圧倒していたのだが、今の世でも、朔夜の防人達は手強いようだ。
『監視、仕留めたか? 』いよいよか細くなる常立殿の思念。だが、まだ生きている。
『………間もなく』としか答えようがない。
「高頭さん、銃撃を受けてる。助けにきてくれ! 」玄人から悲鳴のような連絡が携帯に入った。やれやれ、参戦せねば。
「救急車を回せ! コンテナトラックの救援だ! 全員すぐに飛び出せるよう小銃を構えて準備しろ! 」最後の控えにと、救急車に選りすぐりの組員を乗せていた。
 見えてくる。燃やされて燻るパトカー。屋根の角を切り取られ、煙を吐き出すトラック。開いた後部の扉の下に、折り重なって倒れ呻く組員たち。防人はどこだ? 
「高頭さん、あそこに! 」トラックの横に、黒こげで横たわる敵と座り込む敵一人。
「近くへ付けろ! 生きている奴を捕らえろ、殺すな! 」と、指示。バックさせ、注意深く後部の扉を開けて戦闘員を向ける。
「高頭さん! 刀を構えて近づけません! 撃ち殺しますか? 」情けない。見ると、紫のモヒカンが刀を振り上げ、今にも襲ってきそうな闘気を漲らせて威嚇している。 こっちは六人総出で小銃を向けているのに、怯む様子は微塵も無い。やれやれ、防人でもない助っ人でこれか。とんでもない苦戦になった訳だと納得。
 朔夜と防人ひとりの位置は捕捉できている。朔夜の安全を優先させれば、そう簡単に降りて来まい。救急車を止めさせた位置も、そこから弓で狙えぬ死角にさせた。防人二人が近くに隠れているはず。さて、古今東西変わらぬ悪人の常套手段でも使うか。
「防人ども! 紫のモヒカンを蜂の巣にされたく無かったら、さっさと出てこい! 」間髪入れずにモヒカンが叫ぶ。
「明さん、夜織さん、自分は二人は片づけます! 後は………」なんてやつ、差し違え覚悟で突っ込まれたら、確かにやられかねない。
「おい! 狙いを付けたまま下がれ! 」と、モヒカンの気勢を削ぐ距離を。よし、これだけ間合いを取れば、二人は無理だろう。今にも襲いかかろうとしたモヒカンが唇を噛んでいる。間を置かずに戦闘員の一人に『足に一発打ち込め』と耳打ち。即座に単射。右足に当たる。モヒカンがガクリと膝を突く。その場の緊張が頂点に。
「打つな! 」声の方向、コンテナトラックの後方に六人の銃口が向く。
「おい、こっちだ! 」逆の方向、トラックの前方からもう一人の声。同時に二人が姿を現したが、その場で止まる。手は挙げているので火器は無いよう。背に刀の柄がのぞく。
 標的が三カ所に分散した。いや、意図的にさせられた。防人の二人は、ごつい防弾ベストを着ている。すぐに対策。
「トラックの前後に立つ二人を三人ずつで狙え。防弾チョッキを着てるから頭だ! レーザー標準を使え! 動いたらすぐに撃て! よ~し、二人とも動くなよ! そこのモヒカン! お前に銃口は向いてないが、動けば二人の頭に撃ち込むぞ! 」これでよし!
 ようやく戦線が止まった。朔夜は戦わないし、そこに付いた防人は車椅子のやつ。やつらの死角から出ないかぎり、後方援護は無い。監視の私がまるで指揮官。やはり、高天原からお叱りを受けるのは必然。入った男が常立殿に近すぎた。
 一抹の不安。止めてはいけないのか? 戦闘は生き物。刻一刻と変化すると聞いたことがある。でも、次の一瞬。防人二人の処刑の場面は常立殿に見せねば。救急車の中のストレッチャーに横たわる常立殿のもとへ。
『常立殿。これから防人を処刑いたします』と、思念。反応が無い。呼吸を確認し、胸に耳を当てる。どちらもすでに止まっていた。さて、どうすると思った矢先、
『連れて行け! 』突然、強い思念。左腕に違和感。見ると、羽が焼け落ち、足が数本無い虫が腕を這い上がっていた。

五十四

「彦火、降ろせ。私も戦う! 」と、朔夜様。
 ここ、地上七十九メートルの場所にお連れしたのは、火炎放射器の射程外で、小銃は届いても、インターセプターボディアーマーで受ければ致命傷は負わないという究極の策。
『常立が重傷を負っている』という情報を伝えたのあとに、一瞬の迷いがあった。『だから時間を稼ごう』という言葉が出る前に戦端は開き、凄惨な死闘が展開されていった。
 銃前に体を晒す、敵の捨て身の戦い。急いでいる。常立が去る前の勝利のためか。
 明の攻撃指令に呼応して、弓矢でのバックアップを約束した。
「チームの三人から支援を! 」朔夜様も頷かれ、三人の位置を確認。自分たち防人より身体能力は劣る。すでに四人が戦死。
 強弓を持ち込んでいた。勝四郎と久蔵は見えたが、菊池代が補足出来ない。ともかく二人の潜むアトラクションに近づく敵の集団を射る。
 百数十メートル。自分が一矢目で到達位置を確認すると、朔夜様の一矢目は敵の中心でライフルを構える者の背を貫いた。恐ろしい腕前。ただ畏敬。
 繋いだままのインカムに、明の戦闘の音が入る。被弾しているよう。その間にも矢を射つづけ、勝四郎と久蔵に向かった敵は殲滅。直後に明の声。無事と胸をなで下ろす。しかし、死角に入り見えない。
 そして、夜織から救援の指示。急いで夜織を捕捉。背後からライフルに撃たれる姿。危ないと思った時、敵に矢が突き立つ。朔夜様の矢。
「彦火、明の位置は? 」と、冷静そのもの。恥じ入る。インカムに勝四郎たちの策の声。
「ここからは死角と思われます」
「降りよう! 」心が揺れる。しかし、
「なりません。朔夜様を御守りするための戦です。どんな戦況になろうと。常立は、間もなく………去ります」毅然とお答えした。しかし、地上から聞こえる激しい銃声や火炎放射の熱波。動揺が隠せない。
「彦火、高天原の使者がどれほどいるか知っているか? 」と、意外なお言葉。知るはずもない。
「いえ、知りません」
「初戦で防人を失うことは出来ない。そなたも。背を向けよ」
「はい………」ご指示のまま、背を向けた。突然背に熱気。朔夜様が砕けた脊椎の上に手を当てている。地上が見える。全身を燻らせた菊千代と思われるものが、銃弾を受けながらもコンテナの一部を切り落とした。バス対策にと準備してあった催涙弾付きの矢をつがえる。途端に両足に火照りが走る。脊椎損傷をしたから初めての足の感覚。催涙弾を打ち込む。三矢。けして外さない。
「こちらを向け。これを飲め」振り向くと、朔夜様が腕を傷つけ血を滴らせていた。有無を言わせぬ金色の眼光。従う。それがのどを通ると、全身が焼けるように火照りだし、視界が赤く染まった。レッドアウト? 気を失う。
 耳にショットガンの連射音。気付く。あれは五瀬のK1200。
「足は動くか? 」と、朔夜様。言われるままに足に気を集中。三年余り無かった感覚が蘇っていた。戸惑うが、動く。
「はい、なんとか」と、お答えする。込み上げる喜び。涙が溢れる。この奇跡を受け止めきれない。
「いくぞ、負ぶされ」と、静かに華奢な背を向ける朔夜様。
「………どうされるのです」言われるままにするが、言葉の意味がわからない。
「彦火を背に地上へ飛ぶ。私の足は使えなくなるが、彦火は無事に降ろせる。後は任せる」
「そ、それは、危険過ぎます! 」
「逆では、彦火が死ぬ。そして時間は無い」
「………」朔夜様の視線が地上へ。その小さな肩越し見える状況は、僅かに生き残った仲間の絶体絶命。
「私は死なない。急ぐぞ。残った味方が討たれるまえに救う」
「はい」
 アトラクションを僅かに動かし、高所から飛び降りる。瞬時に猛烈な風切り音が私たちを包む。永遠に感じる落下の時間。なぜか恐怖を感じない。それどころか、心は幸福感に浸る。途端に、激しい着地の衝撃。朔夜様の両足が折れる振動が、その背を伝い全身に。そのまま倒れる。背から離れ、起き上がる。立てる。大半の筋肉を失った無様な足でも。久し振りの私の視界。涙が止まらない。
「彦火火出見尊(ひこほほでりのみこと)、戦え! 」いつの間にか座り込まれた、朔夜様のお言葉。
「はい! 」全身の毛が燃え上がるように逆立ち、同時にあらゆる筋肉に闘志が漲った。背の剣を抜き、友の待つ戦線へ走り出す。

五十五

「明さん、夜織さん、自分は二人は片づけます! 後は………」と、久蔵が叫んだ。
「どうする、明! 」と、指示を乞う。
「夜織、出るな! 」の言葉。しかし、直後に銃声。後悔する。明の表情も苦悩で曇る。
「出る。コンテナの前後に。後はインカムで」の指示。頷く。込み上げる怒りを押さえ込む。朔夜様を置いて、死ぬ訳にはいかない。自分の衝動に堪える覚悟をする。
 明が先に敵に身を晒した。見とどけて、反対側から敵前に。
 約三十メートル離れた位置に、後部扉を開けた救急車。それを背に、六人が小銃を構えて並ぶ。背後に、見覚えのある禿頭の幹部。今は司令官のよう。常立の宿主と思われる男の姿は無い。
 一見無造作に見えるが、計算された配置。朔夜様と彦火の潜むアトラクションからは死角。バックアップを封じられている。久蔵は、動かぬ菊千代とともに敵の正面。右足から出血。直前に聞こえた銃声の被弾か。刃向かう力を削がれた人質として、生かされている。
「トラックの前後に出てきた二人を、三人ずつで狙え。防弾チョッキを着てるから頭だ!レーザー標準を使え! 動いたらすぐに撃て! よ~し、二人とも動くなよ! そこのモヒカン! お前に銃口は向いてないが、動けば二人の頭に撃ち込むぞ! 」と、幹部が叫ぶ。悔しいが、策は的確。レーザーの赤い閃光がオーロラのように奇跡を描いて顔に当たり出す。すぐに銃弾を撃ち込まれても仕方がない状況。絶体絶命。
 だが、理解に苦しむ不思議な間。
『明……… 』と、支持が欲しくてインカムに囁く。
『………幹部が救急車に入った。多分、常立のところへ。標準している小銃隊は、自分たちの判断では動かないだろう』
『俺にも見えてる。だが、出てくると同時に、全員処刑されるぞ! 』
『その通りだ………合図をする。幹部が出てくる前に、夜織と自分は腕で頭を覆い、横へ跳ぶ。久蔵はコンテナトラックの下、タイヤホイールの裏へ入れ。標準は自分たちだ。久蔵に向くまでにはタイムラグが出る』と、明。俺たちは被弾を前提の策。腕では小銃弾を止められないだろう。仕方がないと、覚悟する。
『じ、自分も戦います! 』と久蔵の悲痛の声。
『馬鹿野郎! 足を打たれたばかりだろう。指示に従え。それで人質のリスクも無くなるんだ』と、諫める。
 敵の狙撃兵は、腕の立つやつを残したよう。僅かに揺らぎながら当たり続けるレーザー標準は正確。同時に三人の小銃弾による連射にさらされたら、防人の俺たちでも全てを交わすことは出来ない。頭に打ち込まれれば、多分、死ぬ。
 死を覚悟したことなど、今まで一度も無かった。どんなに危険な場面でも。普通の人間とは違う、防人の身体を持つ者の本能だったのだろう。そして、この場に立ってもう一つ。恐怖を感じない。死闘に禁物の感情。俺たちの心には、存在しない。
 次に聞こえるはずの、明の合図に全神経を集中する。音が消える。心臓の鼓動を感じる。次第に早く打つ。死が駆け寄って、百分の一、いや千分の一秒ずつ、未来が過去に変わっていく。まだ生きている。いや、朔夜様を御守りするために、俺は生きねばならない。

 
 五十六

『動くな! 』と、インカムに、明、夜織、久蔵に囁いた。ようやく目前に救急車。地に降りたってからたった数秒が、永遠に思えるほど長く感じた。蘇らせていただいた足は、怪我以前の状態には遠く及ばない。それでも意識は要求する。すでに限界をはるかに超え酷使。あと、どれほど持つか、一抹の不安がよぎる。
 走った慣性を使って飛ぶ。救急車のフロントガラスを蹴破って足を掛け、屋根に上がった。同時に右足の筋肉が数カ所音を立てた。激痛が走る。かなり断裂したよう。しかし、まだ動く。
 刀を抜く。救急車後部へ右足を引きずり走る。真下に六人の敵。銃口は明と夜織向けられている。約三十メートル前方のコンテナの左右に立つ。コンテナの中程に座り込む久蔵。私が来るまで、三人とも生きていてくれた。胸にわき上がる安堵と、瞬時に沸騰した闘志で頭が破裂した。
 叫び声を上げ、屋根から飛ぶ。私の声や物音に気づきながらも、標準を死守している敵たちが、視線だけ私に向けようと一斉に頭を動かす。
 刀を振り下ろす時間をかけず。着地と同時に、右端の一人を首筋から背にかけて刺し貫く。そのまま刀を抜かず、切っ先を持ち上げて左隣の敵に体当たり。もう一人の敵の胸も、しっかりと刺し貫く。直後に左足にも激痛。こっちの筋肉も着地で断裂した。
 事態に気づいた残り四人の銃口がゆっくりと私に向かって動く。刺し殺した二人の敵から刀を抜かず、その身体を敵の銃口へ向けて盾代わりに。両足から力が抜ける。あとどれほどの筋肉が支えているのだろう? 最後の一本まで立てと、自ら励ます。
 銃撃が来る。盾とした敵の身体に打ち込まれていく。とうとう両膝が折れる。止まる。期せずしてなった膝立ち低い姿勢で、集中する連続着弾に耐え、反撃の期を探る。
 刺し殺した敵の肩にストラップで下がる小銃を見いだす。盾とした敵を貫く刀を左手で支え、小銃を右手に引き寄せて反撃。遮蔽物を持たない端の敵一人に着弾、撃ち倒す。
 しかし、他の三人は連射しながらさらに左に走る。盾とした敵の身体が邪魔になり狙えない。左肩に着弾。左足にも着弾。視界の右端に動く影。明と夜織。刀を振り上げ、敵たちの背後から駆けてくる。右肩にも着弾。待てない。朔夜様を残し、死ねない。
 邪魔な人間盾を突き飛ばし、小銃を両手で構えて敵を狙い打つ。連射される複数の銃弾が凄まじい風切り音をあげて交差する。一人を撃ち倒す。しかし、同時に防弾ベストに連続着弾が始まる。一弾づつゆっくり胸を駆け上がる。あと一発で顔に。最期は時間の流れが遅れるのか? 銃撃の騒音が消える。目を閉じ諦める。朔夜様、すみません………。
 つづく沈黙。頭? 脳を打ち抜かれて即死か? いや、そんな事を考えている自分がここに。ゆっくりと目をあける。二つの首が宙を舞う。敵二人が倒れていく。背後に仁王立ちする明と夜織。生き残れた。

「動くな! 」と、至近距離で怒鳴り声。同時に後頭部にゴツンと銃口らしい感触。迂闊。戦闘は終わっていなかった。
「お前らもだ! 」と、耳元で。明と夜織が刀を下ろし立ち尽くす。
「やれやれ、とうとう全員殺しちまいやがった」と、ぼやく敵。
「常立殿、まずこの防人から殺します」と敵が言った。銃口が強く頭に押し込まれる。今度こそ駄目かと、目を閉じる。
 直後に『ドン』と、強い衝撃。銃声ではない。頭に押し当てられていた銃口がするりと外れる。ゆっくりと振り返る。スキンヘッドの初老の男。確か敵の幹部。胸から矢じりが飛び出している。正確に心臓を貫く矢。即死。男が崩れ落ちる。矢すじをたどる。はるか先に、弓を持ち座り込まれた朔夜様。命を助けていただいた。感激のあまり、地に伏して礼。暖かな涙が鼻先をつたい地面に広がっていった。

 五十七

 突如心臓を射貫かれ、一瞬にして脳への血流が途絶えた。入っていた肉体の死。生けるものの死を初めて味わう。その痛み、苦しみ、そして絶望。自らの意志に反して、引き剥がされるように宙に浮き上がる。眼下には、凄惨の中に生き残りし者達が蠢く。
 高天原で実体をもつ神たちは、地の生き物の身体に憑依して一体とならねば降りることが出来ない。しかし、高天原の意志でしかない私は、生けるものの心の片隅に入り込むだけでいい。だから、これまではその死のまえにさっさと抜け出ていた………。
 そんな私に初めて残った憎しみ。次は、監視のお役目だけでは済ませぬと、芽生えた感情を引きずる新たな意志になった。
 それにしても、入ったものの臨終に際して一瞬瞳に映った朔夜。遠目でも、その身体の異変に気づく。小さい。そして、無くしたはずの手足を持っている。でも、忘れはせぬ高貴なつくりの顔と振る舞い。やはり、神の直系。はて、その身に何が起こったか? それも見とどけねば。
『おい! 』不意に思念で声がかかった。すでに昇天した常立殿の声ではない。はて、次なる雲野殿の降臨にしてはあまりに唐突と、辺りに憑依体を探す。ここは空中。下は血なまぐさく、死体がころがる地獄。
『そなたの始末と新たな監視のお役目を受けたものだ』声は上から。突然、圧迫を受ける。直前に強い感情が芽生えていなかったら、その圧迫で消し飛んでいた。辛うじて、信じがたい言葉も含めて受け止める。
『ふん、しぶといな………そなたは、監視のお役目を逸脱すること甚だしい。もう、捨て置けぬという、高天原のご意向だ』確かにその通りだ、仕方がない。だが………
『その言葉、今は従えぬ! 』と、反抗。そんな「我」に、自ら驚く。
『………ともかく、消し去る! 』再度、それが襲ってきた。一瞬迷う。だが、私は自らの感情と意志を持ってしまった。やはり、ここで消え去れない。襲い来る。激しく包み込む容赦のない圧力に、真っ向から挑む。

 三台のバイクに分乗して、怪我をしたらしい小娘をつれたやつらがハイランドを後にした。
 走り去る。あの小娘ひとりの命を取ろうとして、百人くらいの男達が死んだ。護ったモヒカンたちも、ほとんど死んだ。結局、俺には理由が分からない。パトカーのサイレンが四方から聞こえ始める。そうか、やつらもサツを避けたのか。仲間の死体さえほったらかし。俺も、パクられる訳にはいかない。さっさとずらかろう。いつも尻ポケットに入れているナイフで後ろ手に掛けられた結束バンドを切る。
 足下に横たわる高頭さんの左手が握られていた。妙な胸騒ぎ。しゃがみ込んでゆっくり開く。あの虫が出てきた。よく見ると、触覚だけ僅かに動く。まだ生きている。突然、頭に激痛。思わず虫を握りつぶす。痛みが消える。怒りが込み上げる。地面に叩きつけ、さらに踏み砕いてやった。同時に、体中の傷の痛みは蘇る。それは、忘れることにする。怪我もせず動きやがる俺の足。また生き残っちまった。悪党はしぶとい。
 目の前を幌トラックが走り去る。どこに潜んでやがったのか。殺し合いにびびったアホと手負いを荷台に満載。そっちへいったらパトカーとはち合わせだぜ。まぁ、いいか。反対側の入園口を目指す俺を助けてくれて、あんがとよ。
 さてリセット。近くの町医者でも脅して、このボロボロの身体をなんとかさせよう。腹も減った。飯も食って、シャワーを浴びて、服もかっぱらってと。それからは………小川組は全滅だし、毛沼さんも死んじまったし。しょうがねえ、卑墨組でも作るか。
 ぼんやりと思いを巡らすと、頭の中の端っこに言葉が見えた。なになに? 『朔夜を殺せ』だと。馬鹿野郎! それだけは二度と首を突っ込むもんか! 忘れようとする。別のことを考える。気になる。そっと視線を向ける。やっぱり書き込まれてる。ちっくしょう! あの虫が、くたばる間際に書き込みやがった! 

 五十八

『明、夜織、彦火、そして五瀬、無事か? 』

「夜織、朔夜様のもとへ。彦火、総監とは連絡がとれるか? 久蔵、止血を! 」
「明、総監とつながった」
「警視総監か? 明だ。チームの遺体回収と保存をたのむ。それから、医療班を館前へ派遣してくれ。救急はいないが、生き残った全員が負傷している。朔夜様も負傷された。その、特殊班というのを回せ! 急げ! 」
「明、朔夜様は動かせない、こっちへ来れるか? 」
「止血しました、自分は立てます」
「よし、彦火、負ぶされ」

「明、戦況を」
「はい、彦火はこのとおりですが、自分と夜織は軽傷です。チームは久蔵のみ軽傷で、あとの六名は戦死」
「そうか、五瀬は? 」
「戦死しました」
「………すまぬ」
「初戦に、予想以上の損失を出しました。全ては自分の司令官としての未熟さにあります」
「すまぬと言った。全ては私の業なのだ」
「………」
「そして、次なるものの降臨と襲来に備えねばならぬ」
「次は? 」
「………雲野(くもの)殿だ」

「館へ」と、明さんを誘導する朔夜様の声がインカムから聞こえた。ハイランドに向かった時の、樹海の道へ入る。木漏れ日と緑に包まれる。音も消え、眩しい静寂の中を進む。直前までの凄惨な戦闘が悪夢のように思える。しかし、夢ではない。隼チームは、自分しか生き残れなかった。
 敵の幹部が朔夜様に射殺(い ころ)されたされたあと、明さんと夜織さんが救急車の中を調べた。常立の憑依体が宿主にしていた男は息絶えていて、憑依体の虫も見つからない。注意深く周囲の気を確認したが、高天原の気配は消え、常立は昇天したとの結論。この時点で、自分たちの勝利を確認した。
 動けない朔夜様のもとへ集まる。明さんの戦況報告に『すまぬ』と、お言葉をいただく。友の戦死が報われたことを感じ、心が安まった。
 直後に、県警が片付けに来ると彦火さんに情報が入る。存在しない戦闘。自分たちが一般人に身を晒すことは出来ない。急ぎ、ハイランドを後にする。
 助けに来てくれた彦火さんは、足の筋肉がほとんど断裂して立てず、夜織さんが背負ってバイクに乗せた。朔夜様がその彦火さんの脊椎を治し、足を動かしたと聞く。朔夜様ならと、納得する。
 そして、両足を折られた朔夜様を、明さんがバイクにお乗せようとしたが持ち上げられず、両脇を夜織さんと明さんで支えてようやくお乗せした。朔夜様の重さを初めて知る。そんな、自分たちとは違う身体だからこそ、七十メートルの高さから百キロを越える彦火さんを背負って飛び降りるということがお出来になったのだろう。あんな小さな細いお身体で………それも、あの方ならと、受け止める。そのご行為が無ければ、自分たちは生き残れなかった。
 戦闘を終えた瞬間、
『明、夜織、彦火、そして五瀬、無事か? 』と、朔夜様の声が聞こえた。インカムではなく、頭の中に心地よく響き、つかの間、ホワイトアウト。視界や感覚が蘇っても、傷の痛みを忘れるくらい感激した。初めて五瀬と呼んで戴いた。止まらぬ涙を誘った。そして自覚する。
 この時から、自分は朔夜様の侍従となった。それは亡き父の意志ではなく、決まっていたことと理解する。一日も早く傷を癒し、頼もしい防人たちとともに、高天原からの使者の襲来に備える。そんな決意をした時、樹海が開き、青空が広がり、音が戻って、荘厳な朔夜様の館に着いていた。

 第一部    常立   
            完

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