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夥しい孤独 16

5月28日


ずっと気のせいだと思ってた。

あの時私は寝ぼけていたし、夢と現実がごちゃ混ぜになっていたから。

振られて間もない頃。

滅多に投稿しないインスタに、ぽつぽつと、寂しさと恨めしさを吐き出すように、あの人にしかわからない内容を、投稿するようになった。

誰に向けてのものでも、誰かにいいねをもらいたいわけでもない。
誰にも何も説明していないことを、説明なしに、呟く。

「やみくもに散歩をした。
どうしても恋しくなる瞬間と、どうしても許せない瞬間が交互にやってきて苦しい。」

とか。

「初めて一人で、ふらりと居酒屋に入った。
一人で飲んで、ふわふわしてる。
どんなにひどいことがあっても、お腹は空くんだなあ。」

とか。


コップから溢れた恨み言を、写真とはほぼ関係ない内容を、独り言ちる。


あの人にだけ届けばいいと思っていた。

あの人だけが見て、少しでも苦しめばいい。

自分のしたことの軽率さを呪って、私を切り捨てたこと、いや、切り捨てさえもせずに半殺しで飼ってきたことを、後悔すればいい。

…そして何より、恋しく思って、泣いてくれたらいい。

…そんな、浅はかな希望で。

でも、やり直したいから載せるわけじゃなかった。

むしろ、いくらあの人一人に向けた言葉とは言え、見ようと思えば、誰もが見れるネットの世界に。

言葉を放つということは、後戻りが出来ないということ。

彼は、二人の間のプライベートなことを他人に話されるのが嫌いな人だった。

それがSNSなら、なおさら。

だから、こんなふうに呪いを公共の電波に放つ私を、彼はもちろん受け入れられないだろうし。

私ももう、あなたの元には戻らないよ、と。

戻りたくてこんなことを書いてるわけじゃない。

むしろもう戻れないんだって、あなたに伝えるために書いてるんだよって。

取り返しはつかないんだよって。

それを思い知ってほしくて、せっせと恨み言を、あなただけに矢を放ちながら、世に放っている。

…だけど。

やっぱり、当たり前だけど、あなたからなんの反応もないのは、かなしい。

むなしい。

反応できるわけもないのを知っているけれど。

この言葉たちを、あなたはどう受け止めてるの?

確認したくても、できるわけもない。

一方通行の、毒文なのに。


…そう、思っていたら。

ある日の朝、スマホの通知のバイブが鳴った。

寝ぼけまなこで、スマホのホーム画面を見る。

「〇〇さんが、あなたの投稿にいいねしました」

…目を疑って、息が一瞬、止まった。

心臓が急にうるさくなって、指が震える。

震える、指で、祈るように、タップしたけれど。


どの投稿にも、あなたの「いいね」は、見当たらなかった。

何度も何度も確認したけど、どこにも。

…夢だったのかな?

それとも、一度押したけど、すぐ、取り消したのかな?

そんな淡い希望のなかで、ぼやけた思考のまま、ぽろぽろと泣いた。


そのうちに、あれは私の気のせいだったのかもしれないと、思うようになっていた。

孤独のあまり、幻覚を見たんだろうと。


なのに。

…さっき、また、あなたからいいねが届いていると、通知が来た。

振られる前から、妹達と旅行に行くと話していた、その旅行の投稿に。

「3ヶ月前は、旅行なんて楽しめないと思ってたけど。
ちゃんと楽しかった。
ちゃんと生きてる。
あなたがいないけど。
あなたなんかいなくても。」

…そんな感じの内容に。

あなたは確かに、いいねをしてくれた。

今度こそ、乱れる呼吸を整えて、震える指を宥めて、心の準備をして。

タップしたけれど。

やっぱり、どこにも、あなたのいいねは見当たらなかった。


…きっと、あなたも、逡巡しているんだね。

どうしたらいいかわからなくて、葛藤して、何かを伝えたくて、でも出来なくて、すぐに、なかったことにして。

それでも一瞬でも、私に何かを伝えようとしてくれたの?

私が、なんとか日々を生きていることを、喜んでくれているのかな。

『いつでもどんな時でも、どこにいても、健やかでいて欲しい人。』

あなたは私を、そういう存在だと言ってくれた。

…あなたなんかいなくても、頑張って生きる私を、それでいいんやでって、言ってくれているのかな。

何かが決壊したみたいに、涙が止まらない。



…今朝、また、こないだの人と、セックスをしたよ。

あなたと何度もしたベッドで。

すごく気持ち良かった。

けど…終わってしまうと、何を話したらいいのかわからない。
目も禄に、合わせられなくて。

終わった後、しばらく二人で眠った。

あなたみたいに体温が高くて、あなたといい勝負の、いびきをかく人。

うつらうつらし始めた時に聞こえてきたそれに、つい、無意識に、横を向かせようとしてしまう。

横を向いてほしくてあなたをとんとんすると、あなたはいつも寝ぼけていて勘違いして、私の肩をぽんぽんする。

うんうん、と頷いて。
再びいびきをかきはじめる。

「違うの、そうじゃなくて、横向いてー」

笑いながら、あなたの背中をぐいぐいと押す。


いつもの、何気ない、お決まりのやりとり。

それを、ふと思い出す。

思い出して、唐突に、涙が溢れる。

違う人の腕の中で。

そうとは知らず盛大にいびきをかく、よく知らない人の腕の中で。

私はひっそりと泣いた。


私、一体、ここで何をしてるんだろう。

ここはどこで、私はどこに、行くんだろう。

私はもう本当に、何にもなれなくて、何でもなくて、ただの肉の塊だ。

そうやって生きていく。

そうするしかないじゃない。

それの何がいけないの?


見えない何かに、罵倒を浴びせたいような。

すべてを懺悔して、赦されたいような。

手近なものにとにかくしがみついて、欲望だけを摂取する、単純な生き物になりたいような。


ごめんな。

その、一言だけを、その腕の中で聞きながら、息絶えたいような。


どうしたいのかどうなりたくないのか、どこかに行きたいのかどこにも行きたくないのか。

なにひとつわからない。

なにも、わからない。


私は私を、見失ってしまった。


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