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400字小説「煙草」

 吸い殻であふれた部屋の灰皿を残して私は、昭和小説の古本とともに故郷へ発った。煙草を吸うきっかけになった友人は結婚してからやめたらしい。昭和の匂いを知りたい私はかつて、せめて学生の間は吸うのを許してほしい、と恋人の咲良に頼み込んだがきっぱり断られて以来、かえってやめる気にならず、その対立があるときひどい口論につながってそのまま別れた。師走の凍えた風が頬をさし、冬の乾燥した粘土みたいな硬い匂いが伝わって、その混ざった感覚が、付き合い始めたときに似ていて瞳の端が濡れた。
 加速と減速の連続でひどい電車だった。二時間を十時間に感じた。山間の実家に着く。母がいた。母は私をみた。母の眉が微妙に動いたのがわかった。煙草の臭いを察したのか。私の生活に対する理解を、その眉の上下で済まされたらしい。母に対する苛立たしさと自分に情けなさに私は悔しい。
 それでも何も知らない母は、おかえりなさいと言って私を迎えた。

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