霊能者
「お母さん!物凄い霊能者に会って来たの!」
当時ハタチそこそこだった長女が興奮気味に教えてくれた。
「霊能者?何それ?気味が悪い。やめなさいよ、変な人に関わるのは」
オカルトめいた物事が嫌いではなかった私、子供達ともよく『幽霊』や『妖怪』について面白おかしく話していた。
しかし、それはあくまでもおふざけ。心霊スポットに行くとか、自称霊能者に関わるなど以ての外だと思っていた。
娘は私の顔色が変わった事に気づきもしないらしく、まだ興奮冷めやらぬ様子で続けた。
「加藤さんのおばさん」と呼ばれるその人物は娘の親友郁美の親と深いつながりのある人で、私達の住む場所からほど近い町に住んでいるという。
たまたま郁美宅で過ごしていたところ、その親からそこへ行く用事を頼まれたという。
そうして郁美の運転する車で隣町まで行く道すがら、親友が語ったその人物についてのひととなりが尋常ではなかったというのだ。
「今から行く加藤さんのおばさんてね、凄い霊能者なんだよね。あ、でもね、霊視したからと言ってお金を取るわけではないの。ただ、見えちゃうの・・・」
唐突に親友が語った言葉に娘は驚き、一瞬にして興味をそそられたという。
凄い霊能者の存在をこれまで郁美が語らなかったのは、それが彼らにとってごく当たり前の現象だったからだという話であった。
それほど「凄い霊能者」の存在が彼らにとっては身近であり、特別な事ではなかったというのだ。
「みっちゃん覚えてる?」
「みっちゃん?中学の時の?秋元光代ちゃん?」
「そうそう。こないだみっちゃんの親がうちへ来てたんだよね。みっちゃん精神を病んじゃってて、外へ出られないらしくて…うちのお母さんが試しにって、加藤さんのおばさんのところにみっちゃんとその両親を連れて行ったらしいの」
「うんうん・・・」
「そこで加藤さんのおばさんがやばい事言いだしちゃって、大変な事になったらしいの」
そこで加藤さんのおばさんが発したことは、藁にもすがる思いで病んだ娘と共にそこを訪れた母親自身の事情だった。
加藤さんのおばさんいわく、母親には別れた夫の元に残して来た子供がおり、その子供が不幸な状態にあるという事だった。
加藤さんのおばさんはそれを躊躇なくあっけらかんと『霊視』し、何も知らずにいた夫の方は唖然。
当のみっちゃんは「お母さん、それ本当の事なの?」と母親に食いつき、母親はしどろもどろ。
良かれと思ってみっちゃん一家をそこへ連れて行った親友の母親は口を開けたまま凍り付いてしまったのだという。
「まさか~!そんな事ってある~?そんな物が見える人なんているのかな~?」
半信半疑だった娘に親友がさらに続けた。
「本当だったんだって・・・あとでみっちゃんのお母さんが加藤さんのおばさんに怒鳴り込んで、訴えてやるって騒いだらしいの」
今しもそこへ行こうとしていた矢先の事、あまりの恐ろしさに娘は背筋が寒くなったというが、いざ到着し、「物凄い霊能者」を目の当たりにして抱いた感想は、「普通のおばちゃん」であった。
「すごい小さいおばちゃんで、ザ・田舎!という感じで、気さくで良い人だったんだよね」と娘は言う。
「やだ・・・気持ち悪い」
私はそれ以上娘の話を聞く気にはなれず、そそくさと自分の仕事へと気持ちを戻した。
それから数日後のことだ。
「ちょっと今日加藤さんのおばさんのところに行ってくるね」
娘が朝に突如としてそう言って玄関へと向かった。
私は驚き、その後を追い、娘を叱りつけた。
「馬鹿な事言うのは止めなさいよ。占いなんてどうにでも捉えることができるでしょうが?そういうものってね、悪い事を言われたら一生心に残るんだよ」
私の狼狽える様子に娘の方が慌ててしまった。
「大丈夫だって!霊視とかはしないって、ただ遊びに来いって言うから郁美と行くだけだってば!」
親友が語った霊能者に心底興味を惹かれたらしく、娘は嬉々としていた。
田舎町の自称霊能者宅など、ハタチの若者が友人と連れ立って遊びに行くような場所ではないだろうと、私は尚も出掛ける娘に食い下がり、「絶対行くんじゃないよ~!」と、娘の後ろ姿に向かって絶叫した。
そして、それは娘を震え上がらせる結果となったのだ。
娘が到着するなり、加藤さんのおばさんは開口一番「お母さん、若いんだね」と言ったという。
娘はハタと足を止め、「お母さん?」と聞き返し、何の事やらと首をひねった。
すると加藤さんのおばさんは、「アンタのお母さん若いね。私を嫌っているね。あんたの腕を掴んで行かせないってそこで踏ん張ってる。私を睨んでるわ」と言ってのけた。
『絶対行っちゃダメ!お母さんそういうの大嫌い!絶対行くんじゃないよ!』
出がけに母と言い争った事を思い出し、娘はゾッとしたという。
「うちの母が若いって、郁美、加藤さんのおばさんに私の事話したの?」
小声で親友に問うも、親友はぶるぶると首を横に振ったという。
私は二十一で娘を出産し、当時四十一だった。世間からはよく姉妹のようだと言われたものだ。
加藤さんのおばさんにはそれが見えていたのだ。
自宅に上がってからも、加藤さんは続けた。
「お母さん苦労してるんだね。アンタの横で泣いてる・・・アンタのお母さん母親の居ない人だったんだね。あんたのお祖母さんに当たる人は、晩年若くして寝たきりだったんだね」と、娘でさえ知らぬ事を言いだし、娘を泣かせたのだった。
後でそれを知った私は「くだらない。だから行くなと言ったでしょう」と、そんなものは信じぬという姿勢を貫き通した。
だが娘が言った、
「加藤さんのおばさん、お母さんは男気性だから、それを言っても“私は信じない”と言うだろうって言ってた・・・」
それから半年後、娘の親友郁美の家庭で不幸があり、私は葬儀に出席した。
その葬儀でのこと、葬儀場に入ろうとした私は、ある婦人と目が合った。
その人はハッとしたように私を見るなり立ち上がり、私に向かって頭を下げた。
誰だろうかと思いながらも、私も釣られて頭を下げたが、後でそれが加藤さんのおばさんだと知った。
そうか、彼女は既に生霊だった私に会っているから私を知っているんだっけと、私は妙に納得した。
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