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ブリジット

 6月の終わりの金曜日、それまでの晴天続きが一転して朝から篠突く雨となった。午後から弁護士との約束がある。夏らしいアイボリーのセットアップに、足元もバックストラップのシルバーのサンダルを用意していたが、急遽変更した。真っ白なキャップスリーブの張りのあるブラウスに、やはり張りのあるブラックタフタのセミロングスカート、タックが入っているので控えめに広がる。ヒールはやめてフラットシューズにした。レペットのパテントレザー、艶ブラックのブリジット。サンドリオンは先が丸いバレリーナシューズだが、ブリジットはポインテッドトゥで、そのつんと尖ったつま先が醸し出す気の強そうな雰囲気がたまらなく好きで、何代か買い替えている。なんといっても歩きやすいし、カジュアルにもエレガントにも寄せられる、私にとっては魔法のシューズであるが、履いて出かけるのは本当に久しぶりで、最寄りまでの5分ほどだけれども雨の中を歩くことになるので、防水を施してあげた。

 その大手法律事務所は、都心のビルの高層階にあり、最寄りのターミナル駅の地下に直結していたので、降りやまない滝のような雨も問題なかった。シンプルでさっぱりとした雰囲気のオフィスを訪ねると、奥の会議室に通されてevianをいただく。ややあって、いつも忙しそうな私の弁護士が、軽やかに会議室に登場した。少し息をきらしている。まだ40代だろうか、若いけれど実績のある弁護士で、実際それまでの対応ぶりも有能さが際立っていたし、何にもまして誠実であった。けれどもちろん極めて理性的で事務的で、おそらく職業的な情熱を内に秘めているのだろうが、それは青白い炎なのではなかろうか。

 打ち合わせは4時間以上続き、終わって正面玄関から外へでると夕闇がビジネス街にしずかに舞い降りていて、6月最後の虎が涙雨はきらきら光るビーズのような小雨になっていた。激しい雨で花びらを落としてしまったであろう紫陽花の花を想いながら、息子と待ち合わせているレストランへ急いだ。

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