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(掌編)「甘くて」(約1,500字)

「寒いねぇ。なんか飲む?」
 アルバイトの帰り、一緒に歩いていた笹塚さんが言った。飲む? と疑問形で聞いていたわりに彼女はもう買うことに決めているようで、道端に並ぶ自動販売機の方にすすっと小走りで寄っていった。
 近頃の朝晩の冷え込みは結構辛い。まだ駅まではもう少し距離があるし、彼女と過ごす時間が少しでも増えるのなら、僕に否やはなかったのだけど。
 笹塚さんはアルバイトの先輩で、僕が入ったときに色々と仕事を教えてくれた人だ。初めてのバイトだったということもあったかもしれないけど、笹塚さんの説明はとてもわかり易く、僕がこの一つ年上の気さくな先輩に憧れのような気持ちを抱いたのは自然の流れだったと思う。ただ、その感情が憧れなのかそれ以上の何かなのかを、僕は測りかねていた。
「な、に、に、し、よ、う、か、な」
 彼女の横に並ぶと、何を飲むか決めあぐねている様子で、自販機の商品ラインナップを眺めながら細い指先を彷徨わせていた。そんなちょっとした仕草にも目を奪われてしまう。視線がこっちを向いていないのを良いことに、彼女の表情を盗み見ると、なんだかすごく真剣に選んでいるのがおかしかった。
「橘くんは決まってる?」
「はい」
「じゃあ先どうぞ」
 甘いものが飲みたい気分だったのでカフェオレを選んだ。取り出し口の缶を手に取ると、冷たくなった手には熱いくらいで、左右の手で交互に持ち替えて少し慣らすとちょうどいい具合になる。
「そっちはカフェオレか……、よし」
 笹塚さんも決めたようで、勢いよく自販機のボタンを押し込んだ。何を選んだのだろうと見ると、彼女の小さな手のひらを温めていたのは、
「え? おしるこですか?」
「うん、美味しいんだよ。あったかいし」
 僕の中では、おしることコーンスープはイロモノ枠だった。そりゃ商品にもなってるし、よく見かけるので美味しいのだろうけど、正直選びにくい。
 僕たちはひとしきり手のひらを温めると、どちらからともなく缶を開けた。カフェオレを一口含むと、ほんの少しの苦味とそれ以上にミルクの甘い味が広がった。ゆっくり飲み込むと、身体の中に温かいものが入っていって心地よい。
「おいしー」
 笹塚さんもおしるこを飲んで、相好を崩していた。
「おしるこって、飲んだ後に何か飲みたくなったりしないんですか?」
 それが気になっていて僕はおしるこもコーンスープも飲んだことが無いのだ。
「案外、大丈夫だよ。飲んでみなよ」
 そう言って、彼女は僕の方におしるこの缶を差し出した。
「え?」
 驚いて、僕の視線は笹塚さんの手元と表情を何度も往復する。あまりに何度も言ったり来たりするので、「ほら」と言って、僕におしるこを渡してきた。
 これを飲めということなんだろうか。僕が?
 わけが分からなくなりながらも、おしるこを一口飲んだ。やわらかな小豆の粒が口の中でほろりと崩れて、豆の風味が広がった。しっかりと甘みがあるのに後味は意外と優しい。
「お、美味しいです。甘いけど飲みやすくて」
「でしょ、そっちも飲ませてよ」
 笹塚さんは僕の手からカフェオレを受け取ると、何の躊躇もなく口をつけた。
「うーん、おしるこの甘さで、あんまりわかんないね」
 僕は返ってきたカフェオレを飲んでみる。
「どう? おしるこの方が勝ってない?」
「はい、わかんないです。甘くて」
 勝っているのはおしるこじゃないんだけど。そんなことを考えながら、彼女の笑う口元から目が離せなかった。

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同じコンセプトで140字で書いたらどうなるんだろうと思ってやってみました。
うーん、やっぱりなんか違うものになる。

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