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第232回、T刑事の奇妙な取り調べ事件簿 その7 セブン(七つの大罪)


長年刑事を続けていると、様々なタイプの容疑者に会う物だが、今T刑事の前にいる相手は、T刑事が今までに出会った事のないタイプの人間だった。

T刑事「お前が、暴食系ユーチューバーのライブ配信の食事に、大量の激辛唐辛子を入れた犯人なんだな」

容疑者「まあそうっす、まじそうっす、ぶっちゃけそうっすね」

その容疑者は、あっさりと罪を認めた。

T刑事「だがわからないのが、お前はなぜそんな事をしたんだ。お前の事は調べたが、お前もユーチューバーだそうじゃないか。そのユーチューバー
というのがどんな仕事なのかはよくわからんが、お前は同業者なんだろ?
仕事の因縁がらみなのか?」

容疑者「そんなんじゃないっす。刑事さん、あんたブラピのセブンって映画を知ってるすか? あれ超クールでかっこいいんすよね。自分、あの映画に憧れているんす。あんな犯罪を自分も一度やりたいと思っていたんす。
それで自分ある事を思いついたんすよ。映画のセブンの様に、七つの大罪になぞらえた犯罪を実行して、ユーチューブで配信したら凄いんじゃねって」

T刑事「それで暴食系ユーチューバーのライブ配信を妨害したというのか?しょうもない事をしやがって。お前のやっている事は、たちの悪いただの
悪戯だ。犯罪と呼ぶのもおこがましい」

容疑者「刑事さん、自分があんな事程度で満足する人間だと思うんすか?
なめて貰っちゃ困るっす。七つの大罪は、まだ6つも残っているんすよ。

暴食の次は、色欲のエロ系ユーチューバーす。生配信中の水着に切れ込みを入れておいたんす。水着が切れてポロリをしたら、一体どうなるすかね?
配信は即中止で、アカウント削除物っす。

怠惰のひきこもりユーチューバーには、仕事の履歴書を出しておいたっす。
奴は高学歴なくせに、怠惰な性格というだけで引きこもっているんすよ。
奴のポテンシャルがよくわかる魅力的な履歴書を多くのブラック企業宛てに送っておいたんで、今後の奴の生活が楽しみっすね。

嫉妬の有名人追っかけユーチューバーには、なりすまし用のアカウントを
送っておいたっす。果たして有名人になりすませる欲望に勝てるっすかね。

強欲のギャンブル系ユーチューバーには、バラで購入をした期限切れ間近の宝くじを一万枚送っておいたっす。強欲なあいつは、全部のくじを確認せずにはいられないんす。果たして期限中に全ての宝くじを確認できるすかね?

五人のユーチューバーには、既に幾つもの隠しカメラを仕掛けてあるんす。
奴らはカメラの前で、一体どんな姿をさらしてくれるすかね」

T刑事「お前のしている事は、独りよがりな満足の為の、ただの傲慢だ!」

容疑者「そんな事はわかっているすよ。だから迷惑系ユーチューバーの自分には、傲慢の罪を仕掛けてあるんす。今ここで取り調べを受けている事は、自分の仕掛けた隠しカメラで、全て配信をされているんす。
自分はここで、一体どんな公開処刑をされるんすかね」

T刑事「貴様、さっきから訳の分からない事ばかり言いやがってっ!!」

ユーチューブを見た事のないT刑事には、容疑者の言っている事が、半分も理解する事が出来なかった。

容疑者「でもね刑事さん。七つの大罪には、まだ一つ罪が残っているんす。
それは憤怒っす。ここだけはユーチューバーの縛りから外れてしまうすけどセブンをリスペクトする以上は、そうするしかなかったんす。憤怒の大罪は刑事さん、あなたに背負って貰うっす。
これが何を意味するのか、刑事さんには分かるっすか?」

T刑事は、ユーチューブの事はまるで分らなかったが、映画のセブンの事は知っていた。T刑事も容疑者とは別の意味で、好きな映画だったのだ。

容疑者「その感じだと、刑事さんもどうやら知っているようっすね。
あれは自分の一番好きなシーンなんす。もちろん自分も半端なオマージュはするつもりはないっす。ここだけは、本気でやらせてもらったっす。
刑事さん、あなたに自分のリスペクトするブラピの役を任せたんす。
期待通りの反応を楽しみにしてるっすよ」

T刑事「貴様は相当いかれた野郎だっ!貴様が自分の娘と妻に何かしたら、ただではすまさんぞっ!!」

容疑者「そうっす、その反応が欲しかったんす。その時が来たら、一体刑事さんは、自分に対してどんな行動に出るんすかね?
もうすぐっす。もうすぐその時が来るっす」

その時、取調室に他の刑事が入って来た。

他の刑事「T刑事、あなた宛に荷物が届いているのですが、送り元がT刑事の家からなんですよ。T刑事はこの荷物に思い当たる事はありますか?」

T刑事はその荷物を、取調室に届ける様にお願いした。
ほどなくして入って来た物は、両手に抱えられる程度の大きさの箱だった。
T刑事は、震える手でその箱を開封する。T刑事は、場合によっては、今自分の前にいる容疑者を、殺してしまうかもしれないと、初めて自分の中にある抑えられない殺意の衝動を感じていた。

開封した箱の中には、誕生日ケーキと、パパお誕生日おめでとうと書かれたバースデーカードに、先程撮ったのであろう、娘と妻の写真が入っていた。

目を細めてどや顔をして見せる容疑者。
T刑事は、安堵の念と喜びとこんな事をしでかした容疑者への怒りの感情で頭がぐちゃぐちゃになり、自分でもどうしたらいいのかわからなかった。

よく見ると箱の中には、もう一つ小さな物が入っていた。それがクラッカーである事を確認した時、T刑事は容疑者の仕掛けた本当の狙いを理解した。
T刑事は、こんなふざけた茶番に乗るつもり等は全くなかったが、そうする以外に、このふざけた展開を終わりにする事が出来ない事も悟っていた。

T刑事は、おもむろにクラッカーを手にするとその紐をひいた。取調室には拳銃の発砲音にも似た、一発のクラッカーの響きがこだまするのだった。

本作品は、映画セブンを昔一度観ただけの記憶を頼りに、ノリと勢いで書いた物であり、
映画へのリスペクトの意図は、一切ありません。

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