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第234回、T刑事の奇妙な取り調べ事件簿 その9 9 year old sisters


長年刑事を続けていると、様々な事件に遭遇をする物だが、T刑事にとって今回程、複雑な思いのする事件はなかった。

今T刑事の前にいる容疑者は、まもなく還暦を迎えようとする男性だった。
9歳の少女を誘拐した容疑で、取り調べを受けているのだ。

T刑事「あなたがこの子を誘拐したという事で、間違いないのですね」

T刑事が少女の写真を見せると、容疑者は黙って首をうなずかせた。

T刑事「しかし私には、どうにも信じられないのです。
あなたは小児科の医者として、この40年間子供達の病気を治療して来たような人だ。そんな人が意味もなく、子供を誘拐するとは思えないのです。
誘拐した子供も、あなたの患者さんだったそうですね。
あなたは何か訳があって、その子を誘拐されたのではないですか?
できれば、お話を聞かせて頂きたいのですが」

容疑者「もちろんこんな事が、許される訳ないのはわかっています。
だから刑事さん、私は何も言い訳をするつもりはありません。
私は自分の欲を満たす為に、この子を誘拐したのです。
その欲は既に満たされました。この子のいる場所は、お伝えします。
刑事さんは、どうかその子を保護して、私を逮捕してください」

容疑者はそう言って、両腕を前に突き出した。

T刑事「もちろん子供の保護は行いますし、あなたも逮捕される事になるでしょう。だがあなたはまだ肝心な事を、私達に話してくれていません。
あなたが子供を誘拐した、本当の理由についてです。

あなたの誘拐した子供は、とても重い病気にかかっていました。
それこそ、すぐにでも手術をしなければならない程に。
だがその子の両親は、手術を受けさせる事を拒否されたのではないですか?
その子の両親が、信仰上の理由で手術を受け入れられない為に。
だがあなたは、その子を両親の元へは返さなかった。
あなたはそのままその子を誘拐して、両親の許可を得る事なく手術をされたのですね?」

容疑者「その通りです、刑事さん。だがどの様な理由であれ、親の許可なく子供を誘拐して、勝手に手術を受けさせてもいい訳がない事は、医者である自分が一番よくわかっています。

手術は受けても、絶対命が助かる保証はありません。手術代も決して安くはありません。だから手術を受けさせる為には、患者さんとその家族の同意が絶対に必要なのです。手術をすすめても拒否される事は、別に珍しい訳ではありません。ましてや信仰上の理由であれば、なおさらの事です。

私に手術を拒否する両親を批判する資格等ないのです。だが自分はどうしてもその子に、手術を受けさせたかった。例えそれが社会的に許される事ではないとしても。だから私は、自分の正当性を主張するつもりはありません。
私は自分のエゴでその子を誘拐し、エゴで許されない手術を行ったのです」


T刑事「これは私の勝手な推測の話になるのですが、あなたがそうまでしてその少女を救いたかったのは、40年前にこの町で起きたある姉妹の誘拐事件に関係があるのではないですか?

40年前、この街で二人の姉妹が誘拐をされる事件がありました。その姉妹も重い病気にかかっていて、すぐにでも手術を行う必要がありました。
しかしその姉妹の両親も、信仰上の理由から、二人の手術を受けさせる事を拒否されていたのです。
多分あなたはその時も今回の様に、両親から手術の許可を得る事の出来ない姉妹を無断で連れ出して、手術を受けさせようとしたのではないですか?

しかし誘拐された後に、妹はすぐに自宅へと戻って来て、姉の方だけが行方がわからないままとなり、その姉もつい先日、遺体として発見されました。
40年前に二人の姉妹に、一体何があったのでしょうか?

容疑者「そこまでおわかりになられているのなら、全てをお話しましょう。
確かに40年前、私はまだ幼い二人の姉妹を、手術を受けさせる為に誘拐をしました。だが当時まだ6歳だった妹は状況を理解できず、両親から無理矢理離された寂しさから泣き止む事がなく、私は妹を連れて街を出るのは不可能だと判断して、妹だけを両親の元へ返す事にしたのです。

せめて姉の方だけでも町から連れ出して、手術を受けさせる事が出来ればと思ったのですが、病気の進んでいた姉は、町を出る前に病状が悪化して亡くなってしまいました。当時まだ医学生だった私は、姉妹との直接的な接点はなく、容疑者の中には含まれていませんでした。
犯行が発覚して逮捕されるのを恐れた私は、そのまま町を出て、その後別の街で医者となったのです。
姉の遺体が発見されれば、いずれ自分にも容疑がかかる事を覚悟していましたが、なぜかその後も遺体は発見される事がなかった。
妹の方も数年後に病気で亡くなった事を、ニュースで知りました。
私はこの40年間、姉妹の命を助けられなかった事と、少女の遺体を放置する事になってしまった事を、ずっと後悔しながら生きて来ました。
だから今回私は、何としてもこの少女の命を助けたかったのです」

T刑事「その結果、40年前の姉妹誘拐事件の容疑が、自分に向く事になるのがわかっていてもですか‥」

容疑者「刑事さん、こんな事になっておいていう言葉ではないかもしれませんが、当時手術を受けさせる為に二人を誘拐した事を後悔はしていません。
ですが娘を誘拐された両親や、家族の元へ帰る事の出来なかったお姉さんはさぞ自分の事を恨んでいるでしょうね。
今まで罪を逃れておいて、こんな事をいう資格はないのかもしれませんが、残りの人生をかけて、これからどんな罰でも、受けるつもりでいます」

T刑事「どの様な理由であれ、あなたは社会的にとても許されない事をしたのです。その罪は決して軽くないかもしれません。

ですがこれはあくまでも私の推論ですが、姉妹のご両親はきっと自分の娘が手術を受ける為に誘拐されたのだという事を知っていたのかもしれません。
誘拐した犯人が捕まれば、娘は手術を受けられなくなるので、きっとあなたと娘さんが無事にこの町を出られる事を願っていたのではないでしょうか?
何せ虚偽の犯行文まで作成して、警察の捜査をかく乱していたのですから。
両親も信仰心と娘への愛情の狭間で、とても苦しんでいたのだと思います。

それに亡くなられたお姉さんの事ですが、刑事の自分が言うべき事ではないとは思うのですが、誘拐したあなたの事を恨んではいないのだと思います。
詳しい事はお話出来ないのですが、私の相棒が言うには、お姉さんは亡くなられた後も、ずっとあなたの傍で、医者としてのあなたの人生を見守られていたそうですよ。

今回の事も40年前の事件も、子供の両親もあなたも、どちらも悪意があって行っていた事ではないのでしょう。誰もが自分の信じる信念と子供への愛情の狭間で、何が正しい事なのか悩みながら、自分の信じる事をしたのです。
それでも求める行動には食い違いが生じて、悲しい事件が起きてしまう。

刑事の自分が言うべき言葉ではないのかもしれませんが、この世に絶対的に正しい事も絶対的に間違った事も、そうはないのかもしれません。
それでも人が人を裁いて、どちらかに善悪を付けなければならないのです。
刑事をしていて、たまにやりきれなくなる事がありますよ」


誘拐された少女は無事に保護されて、両親の元へと戻る事となった。
手術は成功して少女の命は救われたが、両親の合意ではなかったとはいえ、自分の娘が信仰に反する手術を受けて生きながらえた事を、両親がどの様に受け止めていくのか、T刑事は、家族の行く末が少し気になっていた。


幽霊少女「40年ぶりに姉に会う事が出来たけれど、まさか誘拐犯の守護霊になっていたなんてね。今思えば、姉は誘拐犯の青年に恋心を抱いていた所があったのかもしれない。成仏をしていなかったのは少し残念に思うけれど、幸せそうだったから、まあいいわ。

私も成仏するのは後にして、もうしばらくはあなたの相棒でいようかしら。あなたの守護霊になってあげてもいいんだけど、あなたには幸せな妻や娘がいるし、それにもう、いかつい守護神が一人付いているしね」

T刑事「お前のいうその守護神とやらは、一体どんな姿をしているんだ?
所でお前達、双子の姉妹じゃなかったのか? 今回話を聞いてたら、お前の方が、3歳年下みたいになっていたけれど‥」

幽霊少女「雰囲気で双子の姉妹という設定にした物の、いざ続きを書いてみたら姉妹の年が離れている方が、話を進めやすかったんじゃないのかしら?
まあ素人の創造主の行う事だから、おおめに見てあげて欲しいわ」

T刑事「そのちょくちょく会話に出て来る創造主ってのは、一体何なんだ?お前らは一体、何の話をしているんだ!?」


町には様々な人の営みがあり、人の数だけ幸せや悲しみにあふれている。
そのどれもが同じもののない、その人達のかけがえのない人生なのだ。
悲しい出来事をゼロにするのは、叶わぬ願いなのかもしれない。
それでも少しでも、悲しい出来事を少なくしていけたなら‥ T刑事はそう願いながら、今日も取調室で、多くの人々の言葉に耳を傾けるのだった。

本作は、価値観の相違を主題にした物あり、特定の宗教や信仰を批判する物ではありません。

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