2. 完全に『恋』してる
決戦は木曜日
保険作戦が功を奏したのかどうかは分からないが、とにかく今後は蓮が毎週配送することになったようだ。
配送は、毎週木曜日。
すっかり舞い上がってしまった私は、部屋を大掃除して模様替えすることにした。
目的は、ドレッサーを太陽の光がいっぱい入る場所に移動させるため。
結果、自分に光がたくさん当たり、自分がよく見えるようになった。
これで、日中、人に見られてる自分の肌とかがよく分かる。
今更だが、美容の本を買ってきて毎日メイクの勉強もした。
それまでは、子供服を買うのに夢中だったのに、何年ぶりだろう。自分の服を買う為に出かけるなんて。
産後、ダイエットはしてみるものの、続いた試しがなかった。
運動も嫌い、ビール大好き、唐揚げ大好き。
そんな私が、ジョギングを始めた。
毎晩、夕食の後。
走る為に少ししか食べないし、お酒も飲まない。
最初は近所の公園一周から始めて、次第に1時間近くジョギングできるようになった。
夫は、いきなりの私の変化に驚いていたが、『いつまで続くやら』って感じで、たいして何も言わなかった。
まさか、不純な動機だとは、思ってなかっただろう。
しかし、不純な動機ほど、ダイエットには効果的なようだ。
少しずつだが、自分の容姿が変わっていくのが楽しくなっていった。
すべては、木曜日の為。
配送の時間が近くなると、毎回落ち着かない。
鏡の前を、いったり来たり。
そして、配送が終わると自分ひとりで反省会。今日の自分の言動がおかしくなかったか、リピートしてみる。
蓮が何を話したか、誰と話したか、何回目が合ったか、何回にっこりしてくれたか、何度も何度も頭の中で再生する。
で、ぽーっと余韻に浸る…。
やっぱり、ただのアホ。
でも、それだけで、私は十分だった。
身近なアイドル感覚。
単なるファン。憧れ。
ドキドキをくれる存在。
ずっとそのままでよかったのに。
なのに、どうして人は欲がでてしまうのだろう。
3ヵ月が過ぎた。
確信に変わった日
その日は出かけていた。
でも、大切な木曜日。
配送時間の15分前にはちゃんと帰ってきた。
門扉を開けて、用意をしようと中に入った。その瞬間、ガレージの奥に積み上げられた荷物が目に入った。
え、なに?どういうこと?
あわてて確認すると、間違いなくその日配送される商品達だった。
もう一度、時計を確認した。
やはり、まだ15分前。
なんで?
いつもの時間になり、近所の人達も集まってきたので、それをみんなでばらして分けた。
やっぱり、蓮は来なかった。
なんで??
がっかりが止まらない。
こんなに楽しみにしてたのに、顔が見れないの?
1週間待ったのに、なんで?
また、1週間待たないといけないなんて我慢できない。
せっかくの、逢えるチャンスがなくなった。
1回分を損した。
なんで?なんで?
がっかりを通り越して、それは怒りに変わった。
冷静に考えてみたら、さほど悪くはない。
きちんと商品は揃っていたし、冷蔵冷凍の処置もちゃんとされていた。
私だって、担当が蓮じゃなかったら、何も思わないだろう。都合で来れなかったんだなって思うだけ。
でも、どうしても我慢できなかった。
すぐに私は、センターに電話した。
予定の時間よりかなり早く来てるようで、勝手に門扉を開けて中に入り、荷物を置いていってること。
量が多いので、梱包に使われていた箱達が邪魔なこと。来週まで、保管しておかないといけないのか?何の連絡もないし、勝手にそんなことされるのは困ると。
まるでクレーマーだな、私。
本当は、たいして邪魔でもないし、別に困ったわけではない。
ただ、蓮に会えなかった。
そのことを怒ってるだけ。
でも、そんなこと、言えない。
「とにかく、1度、担当の方から連絡頂きたいのですが。」
きつい口調で言った。
「分かりました。必ず、電話させますので少しお待ちください。」
少し、ホッとした。
よかった。
とりあえずこれで、蓮の声は聞ける。
よかった。
それからは、電話をひたすら待った。
ウキウキ、そわそわと。
そして、自分で悟った。
確実に、私、おかしくなってる。
もう、これは、憧れを越えてる。
もう、自分を押さえきれなくなってる。
完全に「恋」してる。
ぎゅっと胸の奥が痛くなった。
「嬉しい」だけで溢れてた気持ちの中に、なんとも言えない苦しみが混じるようになった。
想定外の電話
約束どおり、電話がかかってきた。
蓮だ!
電話を通すと、声の感じが少しちがう。
内容より、声のトーン話し方笑い方に聞き入ってしまう。
そもそも別に怒ってないし、私。
でも、置きっぱなしになってる箱達を回収に来てほしいとは、お願いした。
表向きは、夫に怒られるから。
でも、本心は、彼の顔が見たいから。
1回、逢えなかった分を取り戻したい。
そんなこんなのやりとりをしていたら、
蓮が、想定外のことを言い出した。
今後、何かあった時は、事務所ではなく直接、自分に電話をしてほしいと。
つまり、担当者に対してのクレームを事務所にかけられると、その担当者の成績に影響するらしい。
え?それは困る。そんなつもりはない!
「ごめんなさい。」
私は、謝った。
「いえいえ、全然大丈夫なんですけど、むしろ、こんなこと頼む方が申し訳ない。」
そう言って、いとも簡単に蓮は、個人の携帯番号を教えてくれた。
もちろん理由は彼自身の保身の為。
でも、あまりに簡単に彼の携帯番号を知ることができて、とまどってしまった。
その様子を誤解したのか
「あ、もちろん、あこさんだけじゃないですよ!他の組合員さんで何人かには教えてますから。だから変な意味は全くないですから。」
なんか焦ってる感じが、おかしかった。
「じゃあ、私も昼間はいつも出掛けているので、今回のような事があった時は、私も、私の携帯に連絡ください。」
こうして、お互いの個人の携帯番号を交換した。
あまりの想定外に、電話を切ってからもしばらく動けなかった。
大阪に出てきてからは、人様に言えるような生き方をしていなかったので、昔の交遊関係は夫と結婚する時にすべて断った。
私の携帯には、唯一の親友と、前の会社の主任くらいしか入っていない。
あとはすべて、身内と幼稚園と習い事関係のみ。
もちろん、男友達なんているわけもない。
私の携帯に、初めて、夫以外の男性の電話番号が登録された。
それだけで、すごい秘密を抱えた気がして、ドキドキした。
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