【悲報】リストラされた当日、ダンジョンで有名配信者を助けたら超絶バズってしまった 第1話
「無能な社員は今日でクビで〜す」
「は? 社長、どういうことですか?」
社長室。
ガリガリボディにダボっとした全身黒服、髪型は量産マッシュ――そんないかにも今どきの若者といった風貌の社長がデスクでスマホをいじくりながらそう言った。
「リストラってことっす。皆守さん、もう明日からこなくていいっすよー」
「そんな突然、なんで――」
投げかけられた言葉のイミを理解しきれなくて、思わず俺――皆守クロウは問い返した。
「皆守さん、ウチの会社の業務内容を言ってみてください」
「えっと、ダンジョン探索……及び探索中の配信活動、プロモーションなどです」
「そ、平たく言えばダンチューバー事務所っすよね。んじゃ、そんな我が社において、アンタの担当する仕事は?」
「探索者のサポート全般です」
「ハイ、社訓の復唱ー」
「make a miracle ――エンターテイメントでダンジョンを変える。時代の最先端を行き、よりディープなエンタメコンテンツを提供するのが我が社――【株式会社ブラックカラー】の使命です」
毎朝、始業前に無意味に復唱させられてる社訓。
もうすっかり覚えてしまった。
「んじゃ最後に。皆守さん、今年で何歳でしたっけ?」
「30ですけど……」
「プッ……めっちゃジジイじゃないすか。加齢臭くっさ。うちの社員の平均年齢知ってます? 21っすよ」
そこで初めて社長はスマホから目を外し、俺の顔を見た。
人を心底バカにしたような薄ら笑いを浮かべて。
そもそも『株式会社ブラックカラー』は元有名ダンジョン配信者だった黒末 アサト――この社長が学生時代に興したベンチャー企業である。
だから会社も出来てまだ3年、アサト社長自身もまだ22歳。
ダンチューバー事務所という仕事柄、未成年タレントも多く抱えていて、社員の年齢層は社長の言うとおり若い。
そんなイロイロと若い会社だけれど、近年大流行を見せるダンジョン配信ブームに乗って急成長を果たしていた。
「つーことで、皆守さんが要らない理由、答えでましたよね」
「お言葉ですが全然出てないと思うのですが――」
確かに会社の中で俺は最高齢だ。
だけど、創業からのスタートアップメンバーで、この3年間会社のため身を粉にして働いてきた。会社の発展を裏方として支えてきたという自負がある。
「チッ……察しわりいなぁ……そういうとこが見ててイライラすんだよ」
社長は大きな舌打ちを打つ。その声にトゲが帯びた。
「だからさぁ。ウチに必要なのはダンチューバーとして稼げるタレントなの。探索者なわけ。アンタみたいな雑用しかできねえ無能はいらねえってことなんすよ。このまま歳だけ重ねて給料だけ上がられても敵わねーワケ。会社にとって切りどきなんだよアンタは。なあオッサン、俺の言ってることワカル?」
「む、無能って。確かに私は探索者じゃありませんけれど。探索者と同じくスキル持ちです。彼らと一緒にダンジョンに潜って現場でサポートできるのは、この会社では私くらいで――」
俺が必死で反論していると――
「社長~、こんなオッサンと一緒にされるのめっちゃウザい〜」
背後から口を挟んでくる声があった。
俺は声のした方を振り返る。社長室の扉の側にスラッとしたモデルみたいな女の子が立っていた。
「ミクル、チョリィーッス! 今日も超絶キュートじゃーん」
社長がガタッとイスから立ち上がり、両手を広げて彼女の方に歩みよる。俺に対する態度とは打って変わって、フレンドリーだ。
彼女の名前は雛森ミクル。うちに所属しているダンチューバーの一人だ。
現役女子大生ダンチューバーの肩書きで、チャンネル登録者数は30万に迫る、人気急上昇中の若手のホープである。
俺はもっぱら彼女とペアを組んでダンジョン探索を行うことが多く、探索以外のマネージャー業務も担当していた。
(だからちょっとは信頼関係を築けてもいいんだけど――)
「スキル持ちっていってもたかが下級技能の雑魚でしょ? いっつもヨレヨレのスーツ着てるオッサンで~、しかも会社の使いっパシリごときにさぁ~、上級技能持ちのアタシが一緒にされんの、マヂありえないんですけど」
(んだと、ガキが! テメエのメチャクチャな私生活のおかげで、何回俺が尻ぬぐいしてやったと思ってんだ? この裏垢パパ活ビッチがッ!)
いや、落ち着け。
30の大人がガキ相手にムキになってどうする。
ガキの子守りも大人の役目なんだ。
言い返したい気持ちをグッとこらえる俺。
「ミクルさんのマネジメントは……私が担当していた仕事はどうするんですか?」
憎まれ口の代わりに、俺がいなくなった後の会社の体制について質問することにした。
いっちゃあなんだがミクルは自分の実力以上の人気を手に入れて天狗になってるフシがある。
キチンと会社が本人をコントロールしてやらないと、派手な炎上騒動になりかねない。いや、炎上程度で済めばまだいい方だ。最悪身の丈以上のダンジョンに挑んだりして命の危険に晒されることだって……
「もう皆守さんには関係ないことっすけど、後任は決まってますよ。アンタなんかより100万倍は優秀で、省エネなヤツがね――」
「省エネ?」
「そっすね。ミクルにお披露目しようと思って準備してたんすけど、心置きなく出て行ってもらうために、特別にアンタにも見せてあげますよ」
「HAL――!」
社長の呼び声と共に、社長室の机の後ろから、サッカーボールくらいの大きさのメタリックな球体が、浮かび上がった。
球体はそのままふよふよとこちらに近づいてきて、俺たちの前で停止する。
『おはようございます。今日は203X年5月10日、水曜日――今日の東京都の天気はおおむね晴れ――今日の運勢1位はおとめ座のアナタ――都内ダンジョンの稼働状況は――』
機械的なアナウンスが室内に響く。
球体の正面に搭載されたカメラアイから、アナウンスに連動した各種データがホログラム映像として表示された。
「社長~、なにこれ~?」
「最新AI搭載の自立駆動型ダンジョン探索ドローンだ」
『HAL・9999と申します』
「ダンジョン探索ドローンって〜?」
「ダンジョンのマッピング、ステータスやリソース管理、エネミーデータへのアクセスはもちろんのこと、動画撮影、自動編集、アップデート……さらには視聴者のコメント管理まで……とにかくコイツ一台で何でもできちゃう超スグレモノのコト」
「へぇ~、すごぉ~い」
『すべてワタシにお任せアレ』
ホログラム映像がサムアップをする手の表示に変化する。
アサト社長はその様を満足気に見届けてから、俺の方に振り返った。
「これで分かったろ? このドローンがあれば、今のアンタの仕事が綺麗サッパリぜーんぶいらなくなるよね?」
社長がイヤらしい笑顔を浮かべる。
「それは――」
「アンタもういらねーんだよ」
確かに社長が語ったマシンカタログを鵜呑みにするなら、俺の仕事の大半はコイツに任せられてしまう。
高性能のAIに人間が仕事を奪われる。
テクノロジーの進歩が進んだこのご時世、そう珍しいことじゃない。
だとしたら、俺をクビにするという社長の判断も……会社という組織の判断として、案外合理的なのかもしれない。
それでもなお、会社に残りたければ、俺の価値を……示さないといけない。
「社長、私の仕事はですね――」
「しつけえよグズ」
社長は俺の反論をシャットアウトした。
「無能な老害の言い訳は聞きたくないんだってマジで。若者の貴重な時間をムダに奪うんじゃねーよ」
「キャハハっ。30歳で無職で独身? 弱者男性まんまなんですけど。キモすぎて笑える。ヤケになって物騒な事件とか起こさないでよー」
ミクルも俺をかばうどころか一緒になって煽ってきた。
これはダメだ。もう何を言っても、この人たちは俺の言い分なんて聞き入れてくれないだろう。
「わかりました……」
俺がそう言うと、社長は一転ニコニコ顔を浮かべた。
「わかりゃあいいんす。あと退職届はコッチで処理しときましたから、自己都合退職ってことでヨロシクっす!」
そんなの初耳だけど、これも反論しても無駄だろう。
社会人として最低限、自分がやるべきことだけはキッチリやって、後腐れなく会社を去ることにしよう。
「社長。明日から来なくていいってことは、今日はまだ社員てことですよね? 今日はミクルさんのダンジョン探索の予定が入っていたはずです。そのサポートだけは俺にやらせてください。お願いします」
俺は社長に向かって頭を下げる。
「だってさーミクル?」
「別にどーでもいー。やりたいってんならやらせてあげればー?」
ミクルはネイルをいじりながら気だるげに言った。
「んじゃまあ、いいけど、くれぐれもミクルとHALのジャマだけはしないでくださいよ」
「わかりました、社長」
そんな俺の元に、HALがふよふよと近づいてきた。
『よろしくおねがいしマス――皆守サン――』
「ああ、よろしく、HAL」
『提案。データベースに登録を行うため、フルネームを教えてクダサイ』
「皆守 クロウだ」
『ミナモリ クロウ。人物データベースへ登録完了――サンキューベリーマッチ』
なんというか……コイツ、AIのくせに妙な愛嬌があるヤツだな。
「よろしく頼むよHAL。前任として、色々引継ぎもさせてくれ」
『ハイ、よろしくお願いしマス、皆守サン』
こうして、俺にとってこの会社での最後の仕事が始まった。
***
「みんな見てくれてありがとうー! スパチャくれた人は応援ありがとねー!」
薄暗いダンジョンの中、ミクルの甘ったるい猫なで声が響き渡った。
ミクルは、宙を漂うハルに搭載されたカメラアイに向かって、ニコニコと愛想を振りまいている。
その様子を専用の配信サイト――『DanTube』にリアルタイム配信中だ。
「――というわけで今日は! エントリーゲート周辺で初心者ちゃんにモンスタードッキリをしかけてみました~! 皆楽しんでくれた~?」
俺は配信中の動画を手元のスマホでチェックする。
《ダンジョンに入った瞬間モンスター遭遇とか不憫ワロww》
《ノビ雑魚ブサマにやられてて草》
《MPKじゃん。普通に迷惑行為だろ。通報》
《↑ゴブリンすらソロで狩れないようなザコは遅かれ早かれ死ぬんだよなぁ》
《この過激さもミクルん動画のよさなんだよ。嫌ならみるな。アンチ帰れ》
コメント欄はミクルのファンとアンチが入り混じり、なかなかにカオスな状況になっている。
「今日はこのまま中層まで潜る予定でーす! ちょっと準備してから、また配信再開しまーす! この後も皆をたっくさん楽しませてあげるから、待っててね~!」
そこまで言い終えると、ミクルは胸元に両手を合わせてハートマークを作った。
「じゃあいつものいくよー! ミラクルみっくるーん!」
その言葉を合図に、ミクルの全身が輝きに包まれる。そして彼女の手元から、カメラに向かってキラキラと七色に輝く虹が生み出された。
光を操る能力――これがミクルの持つ上級技能だ。
コメント欄が《ミラクル★みっくるーん》の文字で埋め尽くされる。
とりあえず配信はキリのいいところまで終わった。俺は視線をミクルに戻す。
「お疲れ様でしたミクルさん。これ、ポーションです」
「――今の配信での投げ銭額は?」
ミクルはポーションの小瓶を礼も言わずに奪い取ると、そのまま中身を飲み干して、空になった小瓶を投げ捨てた。
俺は慌ててそれを拾いながら、ミクルの質問に答える。
「ざっと50万くらいです」
「悪くないじゃーん! それにしてもマジチョロいわ~。ダンジョンの入口で初心者イジってるだけで金になるなんてさー」
「ミクルさん。一部のコメントでも指摘されていましたが、モンスターのヘイトを無理やり他の探索者に押し付ける行為はダンジョン法で禁止されている違反行為です。そもそもミクルさんの危険だって――」
「チッ、うっせーな。パシリがアタシに指図すんじゃねーよ」
俺はスーツのネクタイをゆるめながら、ため息をついた。
ミクルんのミラクル★チャンネル。
現役女子大生ダンチューバー、雛森ミクルがダンジョンの深層目指して日々奮闘するオーソドックスなスタイルのダンジョン配信チャンネル――だったのは昔の話だ。
最近は他の冒険者に対する迷惑行為をネタにするばかりで、迷惑系ジャンルに両足を突っ込んでしまっている。
ミクルが持つ小動物系のふわふわした可愛らしい雰囲気とは正反対の過激な配信スタイル。皮肉にもそれがチャンネル人気を押し上げてしまったのだ。
だけど、この手の動画を配信してるのは、なにもウチだけじゃない。
ランキングを見ても真っ当なダンジョン探索動画なんて数えるくらいしかない。
探索者がモンスターに無惨に殺されるショッキングな様子を配信した事故配信。
PK行為やダンジョン内の設備破損など迷惑行為をネタにする炎上配信。
モンスター虐待配信――通称も虐なんてジャンルもある。
ランキング上位に躍り出るのは、そんな過激な動画ばかり。
なんだろう、これも時代の流れと言ってしまえばそれまでなんだろうけど。
抵抗を感じてしまうのは、歳を重ねて自分の感性が古くなってきたからなんだろうか。
(昔のダンチューバーはもっとキラキラしていた気がするんだけどな――ってめちゃくちゃ懐古厨な発言だ)
「おいオッサン、サボってんなよ。一時間後に配信再開なんだから。さっさと準備してこいし」
ミクルの声が俺を物思いから現実に引き戻す。
乗り気じゃない仕事だとしても。
たとえ明日にはクビになる身だとしても。
一端の社会人として、自分の仕事はキッチリとこなさなければ。
俺は気を取り直し、ミクルに先んじてダンジョン中層まで移動することにした。
***
「さてと、まずはダンジョンポータルにアクセスして……ダンジョンの最新情報を調べてからマッピングを……」
いや待てよ。
中層にたどり着いた俺は、いつものルーティンで仕事を進めようとしたところで思い直す。
それから俺の周囲をふよふよと飛んでいるHALに視線を移した。
「社長が言ってたとおりなら、コイツが代わりに調べてくれるのか……?」
せっかくなのでHALに任せてみることにした。
最新AI搭載のダンジョン探索ドローン。その実力に興味があった。
「HAL。ダンジョンの状況について教えてくれ」
『了解いたしました』
俺が指示を与えると、HALのカメラアイが緑色に光った。
『ダンジョンとは、正式名称【特別汚染区域】の俗称であり、27年前に世界で初めて東京都・旧新宿区での発生を皮切りに、世界各地でその発生が観測されています。
現在、日本においては【特別汚染区域の管理に関する法律】、通称ダンジョン法の施行により、原則として行政の管理下に置かれており――――
その内部は人類に対して有害な新元素である【魔素】に満たされ、【人類に敵対的な特徴を持つ特別汚染区域内生命体】、通称モンスターが生息しています――――
魔素に適合し、【スキル】と呼ばれる特殊能力を手に入れた者が【探索者】として中に入ることが許可され――――
また5、6年前から探索行為をオンライン上で配信するいわゆる【ダンジョン配信】が活発化してきています。このため――――』
「いや待てちょっとストップ!」
慌ててHALの説明をさえぎる。
「別にダンジョンの成り立ちをイチから説明する必要はないから。俺たちがいる渋谷ダンジョンの最新状況――特に直近の迷宮変動があったかどうかが知りたいんだ」
俺は慌てて補足説明を行う。
やっぱりAIだからこっちの意図をキチンと伝えてやる必要があるんだな。
『かしこまりであります。それでは第95号特別汚染区域――通称『渋谷ダンジョン』の最新情報をお伝えします。
迷宮難易度はB+――、属性は火――、中層の平均魔素濃度は31%――、16時間前に迷宮変動が発生したとの情報があります。
以上が主要なトピックスに関する情報です。他にも調べたいことはありますか?」
「いや。マッピングが必要なことが分かれば十分。ありがとHAL」
迷宮変動とは、ダンジョンの内部構造が変化すること。
その原理は明らかにされていないが、ダンジョン内では定期的にこの事象が発生しており、そのたびに内部構造がガラリと変わることが知られている。
だからダンジョン探索においては定期的なマッピングが必須であり、それゆえ俺みたいなサポート専門職が求められるのだ……が。
『提案。マッピングを実行しますか?』
「ああ……じゃあせっかくだからお願いしようかな」
『かしこまりであります』
俺の許可を受け、HALが天井近くまで上昇。その場でホバリングしながらクルクルと回転をはじめ、カメラアイからレーザー状にブルーライトが放たれる。
HALの放ったブルーライトは360度、全方位に向けて放射状に広がっていった。
しばらくして、HALが俺のもとまで戻ってきた。
『マッピング完了。渋谷ダンジョン中層フロアの最新マップを表示します』
HALがそう告げると、空中にホログラム映像が表示される。それは渋谷ダンジョンの地図だった。
「すっげえ……」
思わず感嘆の言葉が漏れる。
時間にしてわずか2、3分足らず。HALはあっという間にマッピングを済ませてしまった。
俺だってマッピングは得意な方だけど、それでも最低10分はかかる。
「HAL。このマップ内で点滅してるアイコンは?」
『ダンジョン内で確認された高エネルギー反応です。エネルギーの周波数から種類を推定。赤いアイコンをモンスター、青いアイコンはトレジャーと分類して表示しています。あわせてセーフティポイントやフロアゲートの位置も表示しています』
「こりゃ、AIには勝てねーわ」
科学技術の進歩をまざまざと見せつけられ、俺は苦笑いを浮かべるしかない。
コイツになら俺の後釜を任せられそうだ――
「さて、中層探索の準備も済んだことだし、ミクルの元に戻るとするか」
気を取り直して俺がフロアゲートに戻ろうとしたそのとき。
突然HALのカメラアイが赤く光り、警告音が発せられた。
『緊急事態発生――ダンジョン内でイレギュラー発生――ただちに避難してください――』
「は? イレギュラー? マジで!?」
イレギュラー。
ダンジョン内で発生する緊急事態。
大規模な迷宮変動や、モンスターの集団暴走、階層の実力に見合わない強力なモンスターの発生などが該当する。
「HAL。イレギュラーの内容は?」
『イレギュラーモンスターの発生です。モンスターの種類はファイアオーガと推定。発生箇所は中層フロアです』
「ファイアオーガ……下層のモンスターか」
ダンジョンは基本的に下層に潜るほど出現するモンスターも強力になっていく。
そんな下層のモンスターが、上中層に現れたときの危険度は計り知れない。
HALから聞いた情報をもとに、俺は自分がするべきことを判断する。
最優先はミクルの安全確保。
幸い彼女の現在地は上層だ。
俺はスマホでミクル宛にイレギュラー発生の旨と、急いでセーフティポイントへ避難するようにメッセージを送信した。
ティロン。珍しく返信だ。どれどれ?
(ミクル:弱者男性が一匹死んでもどーでもいいからとにかくアタシを全力で守れ)
……ピキピキ。
はっ。落ち着け。これも仕事仕事。
気を取り直してHALに指示を与える。
「HAL。ファイアオーガの詳細な位置をフロアマップに表示できるか?」
『可能。表示します』
HALがそう告げると、地図上に新たなアイコンがポップアップした。
Kブロック――ここから2ブロック先。そう遠くない場所だ。
「よし、ファイアオーガが上層まで上がってくることのないように、ここで俺が対処する」
それが俺にできる最善の行動。
だが、HALが俺の判断に異を唱える。
『提案。即時離脱を強く推奨します。ファイアオーガはSランクモンスター。単独で戦闘した場合の勝率は0%です。自殺行為は推奨できません』
自殺行為って――んな大げさな。
「HAL。探索者に危険が及ばないように、ダンジョンでの事故やトラブルに対応するのもサポートの大事な仕事なんだ。つーか俺がいなくなった後はキミの仕事になるんだぜコレ」
『反論。ダンジョン法では探索者が守るべき最優先事項として、自身の身の安全を確保することが義務付けられています。規則に従い行動することを強く推奨します』
なんだろう。コイツもしかして俺の身を心配してくれてるんだろうか。AIのくせに、社長やミクルよりよっぽどいいヤツだな。
だけど――
「大丈夫さ。俺だって、勝ち目のない戦いをするほどバカじゃない」
俺はそう吐き捨てると、ファイアオーガのいる地点まで一気に駆けだした。
***
「グオオオオオッ――!」
「きゃあああ――!」
ファイアオーガの発生地点まで駆けつけたところで、前方からモンスターの咆哮と絹を裂くような女性の悲鳴が聞こえてきた。
「イャッ! 来ないで……!」
どうやらイレギュラーに巻き込まれてしまった探索者がいるらしい。
俺は声のした方へと全速力で駆ける。
そこで目にしたのは、全身に炎をまとった巨大なファイアオーガと、壁ぎわまで追い詰められた少女の姿だった。
「大丈夫ですか!?」
「え――?」
俺は少女を庇うように、ファイアオーガの前に立ち塞がる。
「ここは私が引き受けますので今のうちに早く逃げてください!」
「え? で、でも――アナタはッ――」
少女が何かを言いかけた時、ファイアオーガが俺の顔をギロリとにらみつけた。
(ヘイトが俺に移ったか? そっちの方が好都合だ――)
俺はファイアオーガをまっすぐ見据えたまま、腰に装備した革製の鞘から愛用の武器を抜き出す。
ずっしりと手に馴染む重さ。
刃渡り約40センチ。
くの字型に湾曲した刀身。
俺が初心者の頃から愛用しているククリナイフだ。
(脳筋で暴れられるだけならいいけど、離れたとこから火炎攻撃をされたら厄介だな。ここは先手を打たせてもらいますか――)
俺はククリを構え、戦闘態勢に入る。
「スキル発動――【魔眼バロル】――」
ドクン――
スキルを発動した瞬間、身体中の血流が顔面に集中するような感覚があり、次いで瞳の奥が急激に熱を帯びた。
「動体視力強化・三倍がけ――!」
視界に映るものの動きが急速に減速する。
スローモーションのようにゆっくりと動く世界の中で、ファイアオーガがその身に纏う炎を放とうと、大きく腕を振りかぶるのが見えた。
ファイアオーガの筋肉が激しく収縮する動き。
立ち上がる火柱。その先端、火先のゆらぎ。
震える空気の流れすらも。
俺はハッキリと、すべてを知覚する。
【魔眼バロル】。一時的に視力を超強化する能力。
それが俺に与えられた下級技能だった。
俺はファイアオーガが拳を振り下ろすよりも早く、地面を強く蹴って前に出た。
ヤツの動きを完全に見切り、一瞬で懐まで飛び込む。
その勢いのまま、構えたククリを横っ腹目掛けて振りぬいた。
ズシュッ――!
肉を切り裂く感触とともに鮮血が噴き出る。
「グギャオオォッ――!」
ファイアオーガが苦悶の声を上げ、その巨体がくの字に折れ曲がった。
刹那、ファイアオーガの身体を踏み台にして跳躍。
ファイアオーガの首筋めがけて、ククリを振り下ろす。
ザンッ――!!
決着は一瞬だった。
ファイアオーガの首が胴体から離れ宙を舞う。
首を失った巨体はビクビクと痙攣し、やがて完全に動かなくなった。
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