【悲報】リストラされた当日、ダンジョンで有名配信者を助けたら超絶バズってしまった 第3話

 掛水かけみずリンネはその日、恋に落ちた。

 
 
 潜り慣れた渋谷ダンジョン。
 いつもどおりのダンジョン配信。

 体調よし。魔素への順応状況に問題なし。装備、アイテム、共に万全パーフェクト。
 
 ナノデバイスモニター起動。画面テスト開始。
 マップ……OK
 ダンジョンインフォメーション……OK
 コメント一覧……OK。
 最先端技術ナノデバイスってほんとにすごいよね。専用のコンタクトレンズをつけるだけで、色々な情報が視界に直接表示できちゃうんだから。

 D2ダンジョン・ダイバーズスーツ……アクティブ。
 えーと、今日の衣装は……迷宮属性ダンジョンエレメントが火だから……うん、明るい雰囲気のこのドレスにきまり!
 
 ダンジョンドローン起動。
 カメラテスト完了、マイク感度良好……今日も撮影よろしくねっ。
 
 チャンネルの配信待機者数、3万人。
 みんな、いつも来てくれてホントにありがとう。

 さあ、配信をはじめるよ!

「みんな、こんにちはー! 掛水リンネです! 今日もダンジョン探索――張り切っていこー!」

《こんりんりーん!》
《こんりんり〜ん!》
《キター☆*:.。. o(≧▽≦)o .。.:*☆》
《今日も楽しみ!》

 ダンチューバーであるリンネにとって、ダンジョン探索は日常である。
 今日もいつもと同じ1日が過ぎていく――はずだった。
 

 ダンジョン中層に差し掛かったタイミングで。

「グオオオオオッ――!」

 周囲の魔素濃度が一気に高まる感覚と同時に、巨大なモンスターが現れた。
 
 それは炎に身を包んだ巨大な怪物だった。
 
「ファイアオーガ!?」
 
 その姿を見てリンネはに思い至る。

《リンネ! だ!》
《逃げて!》
《ファイアオーガとか下層のバケモンじゃんwオワタwww》
《リンネ逃げて!》

 コメント欄が騒然となる。
 だが、リンネはそれに目を通す余裕などない。

(こっちはソロ……絶対勝てない。逃げなきゃ!)

 そう判断し、死地からの退却を試みる。
 しかし――

「グオオッ!」
「――ッ!」

《うわあ!》
《オイオイオイ死ぬわリンネwww》

 ファイアオーガは巨体に見合わないスピードで距離を詰めてきた。
 
 ゴゥッ――!

 ファイアーガの剛腕が振るわれる。
 リンネはバックステップで直撃を避けるが、そこから放たれる炎をまともに浴びてしまった。

「あっ――! クッ――!」

《マジでヤバイ。誰かリンネちゃんを助けて!》
《こんがり焼けました~^^》
《↑コイツが代わりにタヒればいいのに》

「スキル発動! 《アクアフォーム》!」

 リンネは咄嗟にスキルを発動して全身に水をまとう。
 なんとか火だるまになるのは避けられた。

(だけど、このままじゃ……)

 リンネの実力では、ソロでファイアオーガに太刀打ちできない。
 だからとるべき選択はただ一つ。この場から退却することだけ。

 だけど、それも難しい。
 気が付けばリンネは壁際に追いつめられてしまっていた。

(ダメもとでも……! やらないよりはマシ!)
 
 彼女はファイアオーガに向かって右手人差し指を銃口のように構えた。

「スキル発動! アクアバレット――マシンガン!」

 彼女の指先から無数の水弾が機関銃のように放たれる。
 それらはすべて命中したのだが、相手はまったく意に介さない様子でにじり寄った。

「イャッ! 来ないで……!」

《ああ! ヤダヤダヤダ!》
《伝説の事故配信期待》
《誰か……! 誰でもいいからリンネを助けて……!》

 ダンジョン配信は、人の生死すらも娯楽へ変えてしまう。
 コメント欄が悲喜こもごものカキコミで踊った。

 迫りくる圧倒的な力。
 それを前にして、リンネの脳裏に過去の思い出がよぎる。

 物心つく前に両親を亡くし、施設で過ごした幼少期。
 ダンジョン配信にハマり、自分も探索者ダイバーになりたいと強く願った夜のこと。

 初めてダンジョンに潜ったときに覚えた恐怖と興奮。
 ソロでモンスター討伐できたときに味わった達成感。

 今の配信事務所にスカウトされたときの驚き。
 それから今日まで過ごしたダンチューバーとしての充実した日々。

(これってもしかして、走馬灯そうまとうってやつなのかな。死ぬ間際に見るっていう)

 そして最後に脳裏をよぎったのは――

 リンネ。キミはほかの誰にもない、人を惹きつける才能タレントを持っている。
 ワタシの夢のため、どうかその力を貸してくれないか。

 忘れもしない。それはリンネが社長と初めて出会った日にかけられた言葉。
 今でも彼女の胸の中で、宝石のようにキラキラと輝いている言葉だった。

(社長――ごめんなさい。リンネはここまでです)

 リンネは諦念ていねんゆえに、瞳を閉じる。

 しかし――

「大丈夫ですか!?」

 予期せずかけられた声を聞き、リンネは瞳を見開く。

 眼の前に広い背中があった。
 ダンジョンに似つかないスーツ姿の男性。リンネのことを守るように、その人が絶望の前に立ちはだかっていた。

《助けにきてくれた!?》
《誰?》
《なんでスーツ?》

「え――? アナタはッ――!?」

《エサが増えたよ。やったねオーガちゃん》
《有名な探索者? 後姿で顔がみえね》
《どんだけベテランでもファイアオーガソロ討伐は不可能だろJK》
《誰でもいいからリンネを助けて!》

「ここは私が引き受けますので今のうちに早く逃げてください!」
「え? で、でも……アナタはッ!?」

 その人は答えを返さずに駆け出す。
 一瞬だけ見えたその人の瞳は。
 

 

 その後は目の前に繰り広げる光景に、リンネはただただ目を奪われた。
 

 
「し、信じられない……! イレギュラーモンスターを……たった一人で……!?」

《ちょwww人間の動きやめてるwwww》
《ワイヤーアクションかな?》
《あっちゅう間に首チョンパwwwうはwwwマジかwww》
《凄すぎでしょ》
《つーかマジで誰だ?》

 リンネの驚きに同調するようにコメント欄も沸き立つ。
 結局その人は、たった一人で敵を瞬殺してしまった。

 戦いを終えたその人に向かって、リンネは話しかけようとする。

(そ、そうだ! まずは配信切らないと――! 勝手に顔とか写したら、迷惑かけちゃうかも)

 そう思いいたり、リンネは慌てて配信を終了した。
 それからおずおずとその人に声をかける。

「あのう――」
「ん?」

 リンネが話しかけると、その人が振り返った。
 初めてまともに顔を見て、目と目が合う。

「――ぁっ」

(あ、アレ? えっとどうしたんだろう。は、早くお礼を言わなきゃいけないのに……!)

 リンネはコミュ力には自信があった。
 持ち前の明るさと人懐っこさで、どんな相手でもあっという間に仲良くなれる。

 だけど、なぜだろう。
 なぜか今は、うまく口が動かない。

「その! 危険なところを助けていただき――ありがとうございました!」

 それでもなんとかお礼の言葉をしぼりだす。
 
 リンネが無事だったことを確認してホッとしたのか、その人は柔らかく微笑んだ。
 さっきまで鬼神のような様子で戦っていた人とは思えないくらい、そのまなざしは優し気だった。

(あ――――)

 リンネの心臓は自分自身で自覚できるくらい、ハッキリと高鳴っていた。

(わたし、な、なんでドキドキしてるの……!? 名前――! 名前を聞かなきゃ――! あとでちゃんとお礼をしなきゃいけないんだから――!)

 だけど、名前を聞く間も無く、その人はその場から立ち去ってしまった。
 一枚の名刺だけをリンネに残して。
 

「株式会社ブラックカラー……皆守みなもりクロウ……さん」

 リンネは、自分を窮地から救い出してくれた恩人の名前をそっと呟く。
 胸の高まりは未だ続いたままだった。
 

 
 

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