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連続小説「アディクションヘルパー」(ノート6)

人生全て「運」。ほっておいても掴める運は、「自覚」と「環境」。言い換えると「気づき」と「出会い」

「事業所説明会」

我々は「職業訓練」を受講しているという位置づけです。(そりゃそうだ)

スクール側としても、受講生の就職先がどんどん決定されることが望ましいということになっております。

そこで、介護関係の事業所の採用担当者に来てもらい、業務説明と採用案内を実施するプログラムがこの訓練期間中に数回組まれています。

事業所に関心を持った人は、すぐに土日などで面接をし内定を取り付け、修了前迄に就職先が決まる人もいて、私の前列に駒崎さんと並んでいる西岡さんは、それを目指しています。

「今日の説明会の事業所、私の家の近所だから狙い目なんですよ。」

「良さそうな事業所だといいですね。」

「説明聞いて、感触良かったら、直ぐに面接申し込もうと思ってます。」

「いいですね。西岡さん、頑張ってください。」

「ありがとうございます。屑星さんは、どんな事業所に行きたいんですか?」

「そうですね。看護婦のいない事業所かなあ。」

「え、ははは」

西岡さんを少し困らせてしまったところに間髪入れずに石毛さんが、

「アンタね、何言ってんのよ!看護婦があんなのばっかとは限らないでしょ。」

「あんなの、ってどんなの想定してるか分かりませんが、ちょっと現段階の自分は医療職と揉めそうなんで。」

「バカ言ってんじゃないわよ!多少揉めたって、自分が正しいって思うならそれでビクビクする必要ないでしょ?」

「私はビクビクしませんけど、相手がビクビクしちゃうんじゃないかと。」

「そんなの気にしてたら、やってられないわよ。でも分かるような気がする」

「あ、なんかすみません。」

「まぁ、失業保険出てるうちは慌てて決める必要もないわね。」

なんだかんだで石毛さんは優しいのですが、優しさの表し方は人それぞれで、

「屑星殺すにゃ刃物は要らぬ。看護婦ひとりいればよし。」

「あにやん、余計なこといわないでくださいよw」

こういう優しさも世の中には存在するのかなと思いつつ、事業所説明会が始まりました。

そして、気がついたことがありました。

公務員辞めて、飲食関係とかコールセンターとか派遣の事務とか職場を渡り歩いて来ましたが、結局どの職場も

「出来ないやつは切り捨てる」

まぁ、そういうのが当たり前だと思っていたので、天邪鬼な私としては、ならば切り捨てられるまで楽しんで何か爪痕だけでも残してやろうという態度で取り組んでいました。そして、相手のマウントを常に取りたがる同僚とか上司とかが吐いて捨てるほど居て、そういう連中に嫌われながらクビになるまで堂々とのさばっておりました。

一方、説明会に来られた担当者の方々は例外なく、他者に寄り添って物事を捉える視点を持っていると思いました。

「思いやり」を持ち続けることが、この業界で生き残るための最も大事な要素で、それは単純に言いなりになるということではなく、それこそ「バイスティックの7つの原則」の実践だと、そして常に傾聴と共感を心掛けることだという気づきを得ました。

医療より上だの下だのなんてどうでもいいことで、こういう仕事はやり甲斐があり、こういう事業所の方々を見て、

「世の中捨てたもんじゃない」

と感じることができたのが、何よりの収穫でした。

「決めました。面接に行きます。」

「そうですか。西岡さん、頑張ってください。」

「屑星さんもどうですか?」

「看護婦次第かな?」

「アンタ、まだそんなこと言ってんの」

「屑星殺すにゃ刃物は要らぬ」

受講生同士もかなり打ち解けてきた時期でもありました。

「ボディメカニクス」〉
腰痛は、介護職の職業病らしいです。

この仕事が長続きできない場合の原因のひとつとして、腰痛が挙げられます。一番多い原因かどうかはわかりませんが、たぶん「人間関係」かどちらかだと思います。まぁ、人間関係の話をするとかなりグダグダになるので、今回はその辺は割愛いたします。

で、表題のボディメカニクスとは、麻痺などで四肢の機能が不自由な利用者様の起き上がり、移動、移乗など「体を動かす」介助をする際に、利用者様のみならず介護職の負担を軽減し、腰痛を防止するための基本的な動作のことをいいます、と理解しております。

この日は、このボディメカニクスの実技訓練ということで、「藤藤ペア」の指導のもと、ベッドから左半麻痺の利用者を起こす訓練を行いました。

ざくっと言うと、ベッドで仰向けに寝ている利用者の膝を立てて、両腕を胸にクロスさせて、体をコンパクトにした状態から、首の下と膝の裏に腕を入れて、お尻を支点に「てこの原理」で起きあげるという、多分書いただけではわかりにくいやり方で起こしますw

この際、指先に力を入れてはダメで、あとあまりベタベタ触るようなことをすると、「あなたは女性の利用者に嫌われます」と一度私は蓬莱先生に公開処刑されたことがあり、注意が必要です。

ただまぁ、皆さん、特に女性陣の方々は研究熱心で、休憩時間中に、

「何か物足りないわね。何かさ、もっと重たい人、動かさないと」

「石毛さん。私もそう思いました。」

「そうよね、駒崎さん。特にこのグループ小柄が多いからねぇ。」

「男の人を動かしたいなぁ」

偶然なのかワザとなのかわかりませんが、この会話の場に私が居合わせておりまして、

「師匠、何なら私の体を貸しますけど」

「あらいやだ。横になってくれるの?」

「重いのを、動かしたいんですよね。」

「そうだけど、はは」

「何照れてるんですかw」

「バカ言ってんじゃないわよ!アンタのそのデカイ図体、動かせるかちょっと考えただけよ。」

「屑星さん、横になってください」

「あ、駒崎さん、やりますか?」

というわけで、休憩時間中の女性陣の自主練習用に「検体」することとなり、駒崎さんが一生懸命私を起こそうとするのですが、

「あー、屑星さん。忖度無しでお願いしますね。でもそれがないと難しいな。」

「さっき、藤瀬先生にも起こしてもらったんですが、力が入っている感覚ありませんでしたね。」

「もう1回、やっていいですか?」

「はい。いくらでもどうぞ。」

何か、鋭い視線を一瞬感じました。

「ケンちゃんどした?」

「いいなぁ屑星さん。僕も起こされたいなぁ。」

「代わりますか?」

「ケンちゃんは練習台にならないからダメですよー。」

「くそー。僕もあと30キロくらい太っておけば良かったあ」

「ケンちゃん、練習の邪魔しないでね」

「じゃあ今から大食いして体重増やすかな」

どれだけ好きなんやねん、あと、ちょいちょいディスられてるなw、と思いつつも私も私で楽しく練習台になっておりました。まぁでも95キロある私を軽々起こせるようになれば、ボディメカニクスは完璧といっていいでしょう。

駒崎さん、頑張ってくださいw

今回はここまでとします。

GOOD LUCK 陽はまた昇る
くずぼしいってつ



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