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連続小説「アディクションヘルパー」(ノート9)

人生全て「運」。人間万事塞翁が馬

<「問題集」>

職業訓練の期間は約2か月で、その半分が経過したころ、受講生の皆さんとも色々なコミュニケーションが取れてきて、教室内でも会話が弾むような時期となっております。

石毛の師匠はみなさんにお菓子を配っては雑談して各席を回り、松沼の兄やんは私にくらいしか理解できない小ネタをブチこんで当初より多くの周囲の方々を固まらせ、田辺さんはスマホの待ち受け画面のお孫さんを見てはニヤニヤし、ケンちゃんこと笘篠さんは駒崎さんにあの手この手でちょっかいを出すというのが、日常風景ともなっておりました。

そして、ここの修了試験だの就職だのを具体的に視野に入れていかねばならぬ時期でもありました。

調理師のくせに手先が不器用で理屈バカの私にとって、ここに通い続けているモチベーションは、最後の筆記試験で100点満点をとる、というところでございました。まずはそこを目指して全力を注ぐということで職業訓練に取り組んでおりました。

筆記試験の問題は、以前の回でも申し上げたように、日々の講義の最後に行われる「小テスト」から出題され、問題は50問でいずれも選択式となっているということでした。

ちょっと複雑な話になってしまいますが、私はこれを「5者択一」の問題だということで理解していたのですが、実は各問題毎に穴埋め式になっていて、その問題毎に5つの語群があって正しく埋めなさいということで、重複や残余なく、空欄5つを語群の5つから選択するというものでした。

「これを1時間でこなすのは時間配分が結構カギになりますね。」

私の前の席に座っている西岡さんと、テスト問題の傾向などについて休憩時間よく話をしてました。

「これまで、学んだものをアレンジして問題集を作って、皆さんにお配りしようかと考えているんですが。」

「屑星さん、それっていただけるんですか?」

「はい、差し出がましいことをしてるとは思いますが、よろしければ」

「何言ってんのよアンタ。そんなもの欲しいに決まってるじゃないの!」

と、石毛さんが割り込んできました。

「そんなことかなりご負担になりませんか?」

と、田辺さんもスマホでニヤついている表情のまま私に聞いてきました。

「私の数少ない得意分野ですし、私一人でやるにしても問題集を作ってブレインストーミングするつもりでしたから。」

「やっていただけるなら、期待しますけど。」

「では、問題集作って皆さんにばらまきますね。迷惑なら廃棄していただくか、突っ返していただいても構いませんので」

「バカ言ってんじゃないわよ!教科書見ないでそっちのほうやるわよ。」

「とりあえず、この問題集を一度やれば必ず合格するというレベルのものは作ります。」

「あらそう。じゃあ今から教科書捨てるわw」

「あ、問題集やって教科書とは一度は擦り合わせてくださいねw」

実は、この問題集を作って皆さんにお配りするということで、一番恩恵を受けられるのはこの私だということです。

ようするに、人に問題を出せるくらいまで学ぶことが出来ているかの確認をする貴重な機会を「強奪」した、ということになります。

筆記試験を受けるに当たって、このような行いをすることは自分の優位性を高めることに繋がるというわけで、もし皆さんに受け取りを断られたらそのアドバンテージは得られなかったということにもなります。

もちろんこの受講生仲間という「共同体」の中で、皆さんと打ち解けていくうちに、「何かお役に立ちたい」という感情が何よりも上回っているのは間違い無いんですがね。

そういうわけで、役人時代に培った「想定問答」の作成のノウハウなどを活用し、私の作る問題集をやれば必ず合格するという気合で作業にとりかかり、その上で私は100点満点を取るというジャイアン的思想となっておりましたw

「しかし、屑星さんの小テストの出題予想はよく外れるよね。」

「あにやんの、競馬予想並みに当たらないと思われますw」

「俺は本線は当たるけど、ヒモを間違えるだけだw」

スマホを見ながらニヤニヤしている田辺さんを尻目に、最後はいつもの茶番で締めるのでしたw

〈「事例研究」>

ここ「魁進ケアスクール」の訓練プログラムの一つとして、利用者様への接し方などについてロールプレイを行う「事例研究」というのがあります。

この日は、認知症の利用者様に対する接し方についての事例研究ということで、ロールプレイにおいての利用者様役として、藤原先生が「迫真の演技」をしながら受講生とプログラムを進めておりました。

「ヤバいですね。鳥肌立ちましたよ。」

「ケンちゃん泣いてなかった?」

「いやあ、屑星さん。藤原先生は名優ですよ。感動しました。」

やはり、ここのスタッフ陣は皆さん只者ではないなと感じてはおりました。それにしても、なぜわざわざ「女性役」をやるんだろうとも、まあ確かにあの演技は、完璧に認知症の85歳の高齢者女性に見えました。

介護職役がカッキーこと垣内さんで、その85歳女性とのやり取りだったのですが、

「ねえ、ちょっと。お父さんはどこ?お父さんがいないの!」

「あ、お父さんっすか?そうっすねえ?い、いませんでしたか?」

「何言ってんの!いつもお父さんは、そばにいるのよ!」

「そ、そうでしたね。ちょっと探しますか?」

「何をのんきなこと言ってんの!お父さんがいないのよ!」

「わ、わかりました、さ、探しにいきます。」

「早く探して来てよ!お父さんいなくなったら、あたしゃどうすりゃいいのよ!」

「は、は、はい。い、今から探しに行きますからね。ここで待っていてください。西岡さんと一緒に居てくださいね」

何の話かよくわからないかと存じます。

設定としては、施設で暮らしている認知症女性ということで、「お父さん」つまりご主人はすでに他界しております。ただこの女性はご主人が亡くなったことを忘れていて、気が付いたら急にいなくなったので施設職員の介護職を呼んでどこに行ったか知らないかと聞いているということなんですが、

ここでポイントとしては、「ご主人は亡くなったんですよ」を言って納得させるかどうかということで、

カッキーはそこはあえてご主人の「健在」を否定せずに「ちょっと探してくる」という対応をし、西岡さんを呼んで落ち着かせて、探しているフリをして施設長に相談に行く選択肢を取ったということです。

これには「正解」というのがありません。

たぶん、正直に話して納得してもらうという選択肢のほうが実は無理がないのかもしれません。

ただし、そこは利用者様の日ごろの言動などを観察して情報をどのように把握しているかによって異なってきます。

介護職の役割としては、利用者様への受容とか寄り添いとかが大事だと思ったらそれに真摯に対応することも重要だと思います。

QOL、いわば利用者様の「生活の質」の向上を常に心がけなさいと学んできましたが、私はQOL=QOEだと思っていて、生活の質を上げるには、「感情の質」を上げることが直結するということです。

今回のカッキーの対応は、その感情の質に配慮されたものと私は勝手に理解しましたw

「いやあ、泣けるわ。もうこれだけで十分だわ。」

「ケンちゃん、また泣いてるのか。」

「駒崎さーん!僕をなぐさめてくださーい。」

「何馬鹿なこと言ってんのよ!あんなのほっといていいから。」

「石毛さん、もちろんほっておきますw」

今回はここまでとします。

GOOD LUCK 陽はまた昇る
くずぼしいってつ





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