見出し画像

猿が仏を笑う

 新しいものが古いものより優れているとは限りません。大きいものが小さいものより優れているとは限りません。新しいものが古いものを支配下に置く、大きいもののルールを小さいものに強制すること自体に破滅の萌芽が潜んでいるのです。

 「猿が仏を笑う」とは、浅い知恵しかない者が智慧のある者の本当の偉大さを理解できず、嘲笑することの例えです。

 現代では、デジタル知識のある若者層が、デジタル知識に乏しい中高年層のマウントをとり、中高年層が反抗できないことをいいことに窓際に追いやり、会社の中枢部に居座っています。企業にとってこれはとても危ういことなのです。

 昨今のM&Aブームで、投資企業の資金をバックに地方スーパーを買い集めている企業もあります。同時に年商数千億円・店舗数数百店舗の典型的なチェーンストア(巨大チェーンストア)が年商50~60億円・店舗数2、3店舗の地方スーパーを買収するケースも増えています。

 前者は虚業が実業を支配下に置くケースです。M&Aが成立すると、買収先企業(親会社)から依頼を受けたコンサルタントが乗り込んできます。ほとんどのコンサルタントがスーパーマーケットの歴史と現場知識に疎く、杓子定規に経費削減と生産性向上を改革の目玉に取り上げます。赤字店舗は真っ先に人員削減が行われます。

 帳尻合わせに人員を削減すると、残された従業員に業務が集中します。従業員は疲れ果て、笑顔も活気もない“お通夜”のような売場になります。業績は雪崩を打ったように降下します。

 業界知識に疎いコンサルタントは、アマゾンなどでそれらしい書籍を購入し勧告を試みます。その書籍には、スーパーマーケットの原理原則は、①部門別管理と②セルフサービスにあると書いてあるではありませんか。①部門別管理を実施すると、生産性で問題があるのは、鮮魚部門と惣菜部門であることに気が付きます。

 鮮魚部門の労働分配率は60%を超えているのではありませんか。また、スーパーマーケットの原理原則である、②セルフサービスではなく、その店は対面販売を取り入れていることに気が付きます。そのことに気が付いたコンサルタントは、鬼の首をとったかのように、「鮮魚部分の改革は、インストア加工をやめ、センター加工に改めます」と指示を出します。

 実は、この地方スーパーが今日までお客に支持を得ていたのが、お客と従業員のあたたかい人情でつながる関係性だったのです。対面販売がもたらす、活気、面白さ、馴染みやすい雰囲気がお客の心をつかんでいたのです。対面販売がなくなり、従業員と会えなくなると、お客がこの店を選ぶ理由がなくなります。業績は、きりもみ状態となり、旋回しながら急降下します。

 惣菜部門の人件費は粗利益高を超えます。経費分が丸々赤字です。従業員は極限まで削減され、冷凍食品をフライヤーで揚げたり、キット材料を炒めたり、あえたりするだけで工程を省けるだけ省いています。さらに詳しく見ていくと、日中製造された商品の半分が夕方半額に値引きされています。

 コンサルタントは、もう打つ手がないと早合点します。いっそのこと、惣菜は直営をやめて、テナントに委託すれば、今まで赤字で資金が流出していたものが、テナントから家賃が入り、一転して黒字になると判断します。

 この改革を実行すると、当該店舗の業績は半年で半減します。すると親会社(買収先企業)はこの店舗を見切ります。こうして最初3店舗の地方スーパーは2店舗、1店舗となり、とうとう廃業に至るのです。この期間は3年です。

 買収されなかったとしても5%ダウンが10年続けば、売上げは6割まで落ち込みます。皮肉ながら、そう考えると、M&Aは企業の死期を速め、新陳代謝を促すと言えるのかもしれません。

 そもそも、現在生き残っている地方スーパーの社歴は50年以上がほとんどです。50年で店舗数2、3店舗。売場面積は、100坪から300坪と小粒ですが、坪効率はチェーンストアの3倍以上、700万円を超える店舗が多いのです。中には1,000万円を超える店舗もあります。

 50年生き残ってこれたのは、「チェーンストアの真似をやめること」が奥義だったのです。生き残ってきた地方スーパーは、部門別管理を採用せず、店舗をPC(プロフィットセンター)と考え、店長の自由裁量を増やし、店舗としてのパフォーマンスの最大化を目指してきたのです。店長のコンセプトのもと、各部門が役割分担をし、それぞれの持ち場でお客の満足を高めるパフォーマンスを発揮し続けていたのです。

 「お客が喜ぶことであれば何をしてもいい」という約束のもと、全従業員が力を発揮すれば、利益は雪崩の如く押し寄せていたのです。

 コンサルタントはチェーンストアと地方スーパー、専門店の興亡の歴史を勉強し、青果、鮮魚、精肉、惣菜の異能経営者をリスペクトすれば、このような事態を招かずにすんだのです。ことわざで「猿が仏を笑う」とはこのことを言います。

 後者の場合、規模が大きい企業の方が規模の小さい企業より優れていると勘違いしているのです。その地方スーパーは「個店仕入れ」を標榜していたとします。巨大チェーンストアの人間から見れば、本部が「大量一括仕入れ」した方が安いに決まっていると思い込んでいます。帳合制度(取引先問屋を固定する)による仕入れ原価の削減、とメーカーとの年間契約によるリベートの受領だけを考えればメリットの方が大きくなります。

 ところが、ふたを開けてみると地方スーパーのほうが安く仕入れている商品が多かったのです。巨大チェーンストアの仕入れは2ヶ月前に終わっています。巨大チェーンストアに採用されなかった商品は、二次問屋や現金問屋、ブローカーなどあらゆるルートから、地方スーパーに雪崩れ込んでくるのです。

 また、昨日売れたものが今日売れ続けるとは限りません。メーカーと年間契約を結ぶということは、「昨年と同じ商品を昨年以上に売る」という契約を結んだことなのです。その結果、店頭はうんざりするほど見慣れた商品であふれかえるのです。

 大が小より優れているとは限らないのです。小には小の智慧と戦略があるのです。猿が仏を笑ってはならないのです。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?