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「環境整備」は経営者を超能力者にする

 「環境整備」を数値化すると、従業員の脳波はイライラ・カリカリの「ベータ波」となり、「利他の心」は失われ、現状維持さえ難しくなります。

 連日、中古車販売歳大手「ビッグモーター」がマスコミをにぎわせています。保険会社とグルになって保険金をだまし取ったとか、創業者の息子で前副社長のパワハラが問題視されています。マスコミは社員全員に配られる経営計画書を入手し、その内容を公開しています。

 そこには、組織や人事に関して、「社長の意図が素早く実行されるフラットな組織にする」「会社と社長の思想は受け入れないが、仕事の能力はある。今、すぐ辞めてください」「経営方針の執行責任を持つ幹部には、目標達成に必要な部下の生殺与奪権を与える」といった文言が並んでします。

 これらビッグモーターの経営計画書は(株)武蔵野・小山昇氏が指導したといわれています。小山氏といえば、2022年4月23日、北海道知床半島の沖合で沈没した遊覧船「KAZUⅠ(カズワン)」の運航会社「知床遊覧船」の桂田精一社長に経営指導していたことでも知られています。

 私も1996年4月発売の小山氏著「会社開眼の法則」を何度も何度もアンダーマーカーを引きながら暗記するぐらい読んだことを思い出しました。当時としては門外不出の「ビジネス」語録集です。

 あれから約30年。マスコミの報道で知る限りですが、小山氏の影響の強さが伺えるビッグモーター社の経営計画書には、「経営計画書」「環境整備」の一倉定(いちくらさだむ)氏、「燃える闘魂」の稲森和夫氏などの「語録」がよくまとめられている感じがします。

 一倉定氏の功績を描いた舛田光洋氏の「一倉定の環境整備」によれば、一倉定氏は、事業経営の成否は、社長次第で決まるという信念から、社長だけを対象に情熱的に指導した異色の経営コンサルタントと紹介されています。社長を小学生のように叱りつけ、時には、手にしたチョークを投げつける反面、社長と悩みを共にし、親身になって対応策を練る。まさに「社長の教祖」的存在であったそうです。

 一倉氏は、「お金とは信用の数値化だ」と言っています。例えば、魚を100匹売りさばいたときに、「この人は魚を100匹売りさばいた信用のおける人ですよ!」という「信用証明書」が貰えると言います。この「信用証明書」がお金だそうです。お金に変換できる信用の力こそ「環境整備」から生まれると説いたのです。

 「環境整備」の具体的な内容は、「規律」「清掃」「整頓」「安全」「衛生」だそうです。

 「環境整備」された空間には、①「集中」の力、②「信用」の力、③「オーラ」の力が宿ります。「環境整備」で高まるのは、①読心力、②プレゼン力、③直観力、④先見力、⑤発信力、⑥コントロール力が高まると言います。毎日1時間所定労働時間内で「環境整備」をしなさいと一倉氏は説きます。「環境整備」こそ、すべての活動の原点と信じるのです。

 私利私欲私権を捨て、他人のために尽くすと「見えない力」が味方してくれると思います。「トイレ掃除」の例を挙げるまでもなく、一倉氏の「環境整備」により、社長が「超能力者」になるのです。

「環境整備」を従業員が自発的に行うのは素晴らしいことです。しかし、これを強制すると逆効果になります。自発的に行えば、従業員の頭がスッキリするだけでなく、「利他の心」が芽生えます。心がリラックス(脳波がアルファ波、シータ波、デルタ波)して「85%(潜在意識)の領域」に踏み込むからです。

 強制すると従業員の心はイライラ・カリカリし、脳波がベータ波になります。「15%(顕在意識)の領域」です。イライラしている状態は、「憎む」「恨む」「呪う」「腹を立てる」「怒る」「怒鳴る」「威張る」ようになります。

 問題になっているのは、ビッグモーターの経営陣が「環境整備」を従業員支配の道具に使っていることです。それが「環境整備点検」です。

 「環境整備点検」とはほぼ毎月1回、創業者の息子である当時の副社長が他の本部の役員などを率いて各店舗を回る恒例行事です。主に、「店の掃除が行き届いているか?」などをチェックするのですが、項目は年々増えて内容も厳しくなっていったと言います。

 減点されると、社員の査定や人事にも影響を及ぼしますが、中には挨拶の仕方が悪いとか、歩き方がおかしいとか、そんなことで「翌日から来なくていい」と言われ、事実上のクビ宣言が出されます。従業員の緊張はピークに達します。

 この状況では、部下に優しくするとか、お客に寄り添った対応をするというのは不可能です。従業員の視線がお客ではなく経営陣に向いています。なぜなら、生殺与奪権が特定の経営陣が持っているからです。この会社、狂っています。一倉氏の「環境整備」真逆の使い方をしているのです。

 今、本棚から「会社開眼の法則」を引っ張り出して読み直しています。111ページに【小さな会社】とあります。そこには、「信用されにくい。お客は大きな会社から買いたがる。」と書いてあります。私はそこに違和感を感じます。
 
 小さな会社、小さな店でも立派な店、お客から尊敬される店があります。小さな会社、小さな店を信用されにくいというのは酷い話です。強い者には媚びを売り、弱い者を虫けら同然に扱う。ここに小山氏の心の闇があると感じます。

 私の師匠・須田泰三先生は、「小さくともできる心の商い」を説き続けました。「買うお客だけがお客じゃないのだよ。買わないお客にも親切にしなさい。喜ぶことをどんどんしなさい」という須田先生の話を聞いた大阪の畳屋さんは、庭に「トイレお貸しします」の看板を掛けました。トイレを借りる人はほとんど畳を買わないそうです。

 阪急の創業者である小林一三氏。小林一三氏の有名なエピソードのひとつに「ソーライス」の逸話があります。その逸話というのを、簡単に説明すると、昭和初期の不況で、人気メニューのライスカレー(当時25銭)を払う余裕もなく、ライス(5銭)だけ注文し、テーブルに備え付けられているソースをかけて食べるのが阪急百貨店の食堂で流行ったそうです。食堂の責任者は利益が上がらないので、「ライスのみのご注文お断り」の貼り紙を出します。しかし、小林一三氏は「ライスだけのお客様も歓迎します」と貼り紙を出すのです。

 従業員はあっけにとられます。「彼らは今、貧乏であるが、それでもここ(阪急百貨店)に来てくれている。やがて、彼らが結婚し、子どもが出来たとき、きっとまた、家族でここに来てくれるだろう」と反対する従業員を諭したのです。

 ビッグモーターの例に漏れず、今は大きな会社、権力を振りかざす政治家・官僚、財界人、マスコミほど信用されていないのです。今大きな転換点に我々はいるのです。

 大きくなればなるほど、権力を持てば持つほど「利他の心」は失われ、私利私欲私権に人間の心は支配されます。同様に、数値化すればするほど「利他の心」は失われていくのです。


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