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SHOWKOさんにお話を伺いました。

SHOWKO(ショウコ)

陶芸家。アーティスト。京都にて330年の歴史のある茶道具の窯元「真葛焼」に生まれ、茶道をはじめとした日本文化が日常にある家庭で育つ。2002年より佐賀県武雄の草場一寿氏の元で修行の後、2005年に京都に戻り、自身の工房「Spring Show Studio」をスタート。何度も塗り、焼き重ねることによって立体感と透明度の増す独自の技法で陶板画制作をはじめる。2009年にブランド「SIONE(シオネ)」を立ち上げ、全国で多数の企画展を開催し、2011年より海外で展開。ミラノサローネに出展後、ヨーロッパでの展示会を多数開催。その後、アジア各国にて展覧会、茶会を開催し、アートワークや器を通して日本文化を伝える。2016年には銀閣寺近くの旅館をリノベーションし、工房兼ショップをスタート。2017年、LEXUS NEW TAKUMI PROJECTの京都代表に選出され、プロジェクトに参加。その後、2019年、京都に新しくできたアートホテルの2部屋を制作するなど、本格的にアートワークの制作に力を入れる。話題の女性の人生を映し出すドキュメントバラエティ「セブンルール」出演により、広く注目されている。著書「感性のある人が習慣にしていること」9版 35,500部など、近年では執筆を通して、世界に豊かさを伝えている。

SHOWKOさんは、京都銀閣寺近くにある「SIONE(シオネ)」と名付けられた陶磁器ブランドを主宰されている方です。「読む器」というコンセプトで制作されていて、金彩で描かれる繊細な線によって紡がれる物語が、私たちの生活の中に豊かさをもたらしてくれます。

筆者もSIONEのタンブラーを愛用していて、日々の生活に小さな喜びを与えてくれているような感覚があります。朝起きて朝食を取るとき、パソコンを開いて何らかの作業に取り組むとき、夜の一人の時間を過ごすときなど、大切な時間に寄り添ってくれる存在です。

SHOWKOさんと筆者が知り合ったのは、大学二年次にインタビューの付き添いとしてSIONE銀閣寺本店に訪れたことがきっかけだった。そこでは切り絵作家の望月めぐみさんとの対談インタビューが行われ、同じ美を追求する作家でありながら、違った境遇を持たれるお二人の考えが織りなされた。

京都にある芸術大学に通っている中で、多種多様な伝統工芸系の工房や喫茶店、寺社仏閣や観光地など魅力ある場所を訪れたが、不思議とこのインタビューの記憶は頭のどこかに引っ掛かったような形で印象に残っていた。白く輝かしいSIONEの内装や、望月さんとのトーク内容、美しい器の数々が記憶の断片として輝きを帯びていた。

そんな中、いつものように書店を歩いていると、SHOWKOさんが執筆された感性のある人が習慣にしていることという本が目に入った。すぐにページを開いて読んでみたら、これがすごく面白い。感性と聞くと、どこか生まれ持った才能のようなものであって、後天的に身に付くものではないイメージがあるけれど、この本の中では感性は誰でも習慣によって身に付けることができるものだと明言されている。注目すべきところは、どのような習慣で身に付けることができるのか、抽象に逃げることなく具体的な例(「財布の中を整えてみる」「季節によって香水を替えてみる」など)を挙げながら平易な語り口で書かれているところだと思う。

多くの読者にとって、自分の感性を見つめ直す良いきっかけになったのではないだろうか。まだ読まれていない方は、是非ご覧いただきたい。現在は「言葉」に関する新刊書籍を作られているそうで、そちらも楽しみに待ちたいと思う。

色々なことが重なって、もう一度SHOWKOさんにお話を伺いたいと思い、今回インタビューの依頼をさせていただいた。今回は、人間にとって普遍的で抽象的なものを問いとして多く用意し、SHOWKOさんにその考えをお伺いしてみます。濃密な時間と思考の中で生み出される著書とは違い、インタビューという会話の流れの中から発せられる言葉からは、より率直なSHOWKOさんの人生観や世界の見方のようなものが見えてくるんじゃないかと思う。インタビューは以下の通りに進行するので、読む際の参考にしていただけたらありがたい。

【質問リスト】

I.  大切なものは目に見えない
・SHOWKOとは何者ですか?
・感性とは何ですか?
・居場所とは何ですか?
・仕事とは何ですか?

Ⅱ.  共有される時間
・人間とは何ですか?
・愛とは何ですか?

Ⅲ.  エッセンシャルな自分軸
・お金とは何ですか?
・幸福とは何ですか?
・死とは何ですか?
・普通とは何ですか?

それでは、前置きが長くなりましたがインタビューの幕開けです。


I.  大切なものは目に見えない

「SHOWKO」とは何者ですか?


自分は何者か、ずっとそれを考えながら生きてきたように思います。例えば、私はSIONEのデザイナーであり、アートワークを作るアーティストでもあるわけです。会社のCEOであり、母親でもあります。どんな人でも人生のいくつかのタイミングで役割が増えてくることがあると思うんですね。でも、そんな中でも私はアーティストとして生きていきたいなと思っています。

では、私にとってアーティストとは何かという話になるんですけど、それは表現者として一つの問題を持って社会に問うていく人をいうのだと思っています。問題提起をしたり、自分ならではの答えを示していく人のことです。肩書きは外から見て何をしている人なのかを示すために付いているものなので、いずれは「SHOWKOとはSHOWKOである」と答えられるような、肩書きに頼らなくてもいい人間に今後の十年以内でなりたいと思っています。

アーティストの道を意識されたときは、どんな思いがあったのでしょうか?


私の場合は技術を習得するところから始まったので、まずはデッサンなどをして、自分の頭と手が繋がっていくような、想像したものが三次元や二次元に表現できるようになるところからスタートしましたね。芸大に通われる学生さんたちと同じかもしれないです。

でも、そうした中で少しずつ三次元や二次元に落とし込めるソースはどこにあるのかを考え始めました。頭や心を育てていかないと、表現するものが上滑りなものになってしまうことに気付いたんです。自分の心を育てていくことが重要なんだと思うようになりました。

また、自分の体験や学びを社会的なものにしたいという思いがすごく強い人間だということも自覚するようになりましたね。私の場合、「誰かのためにはならなくても自分の絵が好きだから描き続けるようなこと」はできないんですよ。私の行動や作品が誰かのためになっていたり、問題提起をしていることが私にとっては重要なことなんですよ。

例えば、本を書いて読者に言葉を投げかけることもそうですし、今回のインタビューが誰かへのメッセージとして役割を持って世の中に出ていく。そういった社会と繋がるための表現方法を持っている人は皆表現者であってアーティストでいいんじゃないかなと広義な意味で伝えています。

技術を学んで心を育てていくということをやっているうちに、いろんな肩書きが増えてきて、名刺の名前の上に肩書きが多すぎるというのか、自分が何者であるのかが伝わりにくい場面が増えてきました。それからSHOWKOというものを表現者として確立させたいなと思うようになりました。


SHOWKOさんにとって「感性」とは何でしょうか?


感性という言葉を辞書で調べると、インプットしたものの捉え方と、それをアウトプットする感覚や能力を意味しているんですよね。なので、感性が高い人は感じ取る能力が高いだけではなくて、それを自分のものにしてアウトプットできる力があるのだと思います。凄く捉えどころのない言葉でもあるんですけど、そう聞くと分かりやすいですよね。それが一つの感性であると私は考えています。

感受性という言葉にも近いですけど、感受性という言葉にはインプットのイメージが強いじゃないですか。でも、感性という言葉には能動的なイメージがありますよね。受け取ったものをあなたはどう表現するのか、そこまで入っているような気がします。そして、能動的という言葉が最終的に表すものは、生きる力だと思うんです。自分の考えた美しさや生き様に沿って生きる力を感性だと考えています。


SHOWKOさんはSIONEという素敵な場を運営されていますよね。SIONEという場に対する思いや考えがあればお聞きしてみたいです。


場というのは不思議なものです。土地本来が持っている力もあるとは思うんですけど、それに加えてそこに居る人が持っている力も大きいと考えていて、誰かがいるから場が形作られていくと思うんですね。自分の田舎に帰ったときは、その田舎が持っている空気や土地が持っている力を感じたりしますが、そこには人、例えば自分の両親がいるからこそ大切に感じることもあります。それは人が持つ力ですよね。

私が運営しているSIONEでは、色々な人が集ったりスタッフの方が働いてくれているから場が生きているのだと思います。人が介在して場が成り立っていくということは場を持って改めて分かりました。SIONEのあるこの建物は百年ぐらい前の大正時代の建築物だったんですよ。最初に来たときは仲良くなれない、受け入れられていない感じがしました。リノベーションしてから一年経ってようやく慣れてきたんですけど、それでもまだよそよそしい感じが残っていたんですね。でも、数年経って色々な人が出入りするようになって急に場の空気が変わったんですよ。人の手が入って整えられていないところが整えられたりすると場が生きてくるので、人の持つ力はすごいなと思いました。

SIONEというブランドのコンセプトは「読む器」です。使う人の思い出が乗った器で誰かをもてなしたりするような、時間そのものを楽しむブランドなんです。だから、見えないものを売っているなと思っています。場所という意味ではSIONEは見えるものなんですけど、もう少し空気のような、誰かと温かい交わりのようなものを表現して伝えたいし、誰かに対して持って欲しいなという思いがあります。これも少しふわっとした言葉なんですけど、日々の温かさや豊かさに近いのかなと思っていて、そんな気持ちを促すようなブランドでありたいと思っています。

「仕事」とは何でしょうか?


私の場合はワークライフバランスという言葉を使うような仕事ではないんですね。デザイン事務所や修行をしていた頃に先生の工房で働いたことはあるんですけど、やらされているという感覚はあまり持ったことがないんです。仕事は人生と同じぐらいプライオリティの高いものであるし、自分そのものみたいな感じです。

修行も自分が貪欲に選んで行っていたので、労働のようにやらされてると思ったことはないですね。凄くありがたかったことだし、自分でやらされてると思った時点でどこかに抜け出していると思うんですよ。自分が覚悟をして選んだことです。


II 共有される時間

SHOWKOさんにとって「人間」とはどういうものでしょうか?


漢字の「人」と、ひらがなの「ひと」と、カタカナの「ヒト」が指ししめす意味は違うと思うんです。ひらがなの「ひと」は個々の人間たらしめるものであり、哲学的な意味合いを持っています。カタカナの「ヒト」は生物学の意味合いを帯びていて、漢字の「人」はもっとリアルな血肉のようなものを言うのかもしれないと思っています。タンパク質でできた繁殖ができる生命体はそういう意味だと思うんです。だから、人間と一言で言ってもそれが何を指しているのかで意味が変わってくる広い言葉ですよね。

人と関わる際に大切にされてることはありますか?


『感性のある人が習慣にしていること』でも書いたことになるんですけど、人と関わるときに心掛けていることとして、その人の時間を預かっているという意識を持つことはすごく大事にしたいなと思っています。例えば、私は今二人(筆者とアシスタント)の時間を預かっていて、二人も私の時間を預かっていますよね。この気持ちを忘れずにいると、今この時間が有意義に過ごせるじゃないですか。でも、どちらかがそこの配慮に欠けていたりすると結構しんどくなるんですよね、人間の人生とは有限なものだから。


心に余裕を持つための習慣はありますか?


まず、お金、体力、空間に余裕があると、人間は余裕を持って対応できると思うんです。だから、端的に言うとそれらをちゃんと持ってあげることが大事なんだと思います。睡眠を取るとか、しっかりご飯を食べるとか、たまに運動をするとか、凄く当たり前のことになるんですけどね。どこかの職場でずっと働くことも尊いものですが、自分自身の生き方に合わないのであれば、そうじゃない生き方をちゃんと確立することも余裕を持つことに繋がってきますよね。

もちろん、それもできないぐらいしんどいときもあるじゃないですか。そんなときは丁寧に体と向き合うことが絶対に大事ですよね。当たり前のことは皆さん知ってるんですけど、知っているのとやるのとでは大違いなんですよね。だからこそ、知っているだけで分かった気になってやった気になっているのが一番危ういのかなと思います。

SHOWKOさんにとって「愛」とは何でしょうか?


まだまだ私も手探りなので、愛というものについては死ぬ前までに分かることができたらいいなと考えている感じではありますね。でも、執着や期待というものと愛も大体同じところにあると思うんですよ。無関心とは逆の立ち位置にあって、しかも両方とも踏み外すと危ういところにあると思います。親が子供に対して「こうあってほしい」と思うことも期待であって、行き過ぎると執着になると思うんですよね。だから、親は子供のことを無償の愛と言うけれど実は無償じゃないんです、期待をしているから。

子供もある年になってパートナーができた時に、相手がこうあってほしいと思ったりするじゃないですか。こうしてくれたら楽だなとお互い思うわけで、それも期待だったりするんですよ。でも、じゃあそこを全部手放した時に何が残るのかというのは私も分からないから難しい問題だと思います。

例えば、相手がすごくお酒を飲む人だったとして、お酒を飲んだら肝臓や体を悪くするからやめてくれと思うじゃないですか。でも、相手がその日のそのときに飲みたかったのだとしたら、それは自分の過剰な期待になったりするわけでしょう。相手は別に長生きしたいと思っていないかもしれないですよね。そこに期待を乗せていいのかと悩む場面も出てくるだろうし、逆に言うと相手はこちらの長生きしてほしいという気持ちに答えてないとも言えると思います。

だから、愛という概念はとても難しくて無償の愛はきっとないように思います。大人になって自分の親との関係を見返したときに、やっぱり依存や期待のようなものが絶対あったと思うわけなので、一言ではやっぱり言えないですかね。ただただ相手のことを思って、相手の幸せを祈っているみたいな、行き着くとそんな感覚のように思いますけどね。

愛は人に限らず物や場所に対してもあるものでしょうか?


あると思います。私はすごくSIONEというこの空間を愛していると言っても過言じゃないぐらい好きだし、手を掛けたい、育ててあげたいと思うんですね。お庭で雑草を引いたりしているときも全然苦じゃないです。

場所や物には感情がないから、洗ってもお皿には「ありがとう」は言われないけど、自分が美しく使い続けたいから洗ったり手入れしたりしますよね。そういうところの方が不思議と純粋に愛が見やすいのかもしれないです。場所や物には、距離感や期待のない愛のかけ方ができると思うんですよ。


Ⅲ.  エッセンシャルな自分軸

SHOWKOさんにとって「お金」とは何でしょうか?


お金はまさに天下の周りものではあるんですけど、自分がありたい人生を送るためのものだと捉えていますね。あくまで手段みたいなもので、それと何を交換するのかということだと思います。人生の中でどういうふうに増やして何と交換するのか、物ではない体験と交換するのか、体験でも誰かにプレゼントして大切な人の喜ぶ姿を見るために使うのかとか色々ありますよね。全てにおいて何かと交換するものだから、どういう生き方をしたいかによって使い方が変わるものですよね。

お金の良い使い方や悪い使い方はどういったものだと思われますか?

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