2023年10月25日の13分日記「自己決定」

今日は水曜日なので副業デー。仕事が終わって、急いでご飯を作って食べて再び仕事をする。仕事の後に仕事するっていう感じなんだけど、まあ体力的にも今はまだ全然余裕があるし結構楽しくやれている。とはいえ、本業の方が忙しくて疲れたなーって時には机に向かうことが正直しんどいこともある、それはそれで仕方がないことだと割り切ってやれている。しばらくはこんな感じで家族の理解を得ながら生活を進めていきたい。

レシピはこれ。ちょうどいいことに、レンコンとソーセージがたまたま余っていたので、早速つくってみた。ホッとする味で美味しい。急いでいたので料理の写真を撮るのを忘れていた。レンコンを叩くときに勢いよくやってしまいキッチンに飛び散ってしまったこと以外は完璧にできたので満足した。

仕事②が終わったので、Amazonから届いた本を読む。

土井善晴先生の新刊。まだ2章分くらいしか読めていないけど、相変わらずすごい文章だ。読み進めていると話題があちことに飛んでいく。AIの話をしているかと思いきや、心理学者や数学者、はたまた詩の引用や、古書からの引用まで出典がさまざまな話が展開されていく。

土井先生が昨今の料理研究でやろうとしているのは「料理という呪いを解くこと」だと思う。料理とはこうあるべし、のような一過言ある人はたくさんいる。味付けや調理方法や日々のお財布事情も加味しながら、美味しいものを毎日のように求められている家庭で料理する人たちに対して「そこまでよーせんでもええんですよ」と語りかけることが、有名な「一汁一菜で良いという提案」という本にまとめられたことだった。

今作でもさまざまな角度や引用から、料理に対しての解呪を試みようとしている。土井先生の優しいゆったりとした文章が、料理と人間が、地球や自然全体のこととして壮大な論理で繋がれていく。土井先生の見識と教養の深さに感嘆している。

前に、こちらのイベントを観覧しに行った時に、幸いなことに料理研究家の有賀薫さん、イナダシュンスケさんとお話しする機会があった。

その中で特に一番覚えているのは「料理を作るというのは自己決定の連続」という言葉だった。まず何を作るかを決める、どんなレシピにするか考える、実際にスーパーに行くとレシピとは違うものが並んでいるからどうしようか、調理を進めて、味付けはどうしよう…というような、自分や一緒にご飯を食べる人たちがいかに美味しいと思ってもらえるようにするか、という決定権が全て「料理を作る人である私」に委ねられている。

昔、メンタル的にダメだった時に、「有賀薫さんのレシピを美味しく作れる」ということが一つの体調のパラメータだったことがある。その当時は本当に何も手がつかないし意欲も湧かないくらいしんどくて、仕事している時間以外は全部横になっているみたいな生活で。仕事さえも結構上の空だった時もある。そんな時に、有賀さんの簡単なレシピで美味しく作れた時にとてつもない達成感があったのを今でも忘れられない。いま思うと、当時の意思力が弱まっている時に、自分が美味しいと思う味に自分でたどり着けたということが、いいリハビリになっていたのかもしれない。

本当に幸運に恵まれて、当時使っていた本にもサインをいただくことができた。一生の家宝にしようと思う。自己決定の連続、という言葉は割と自分の中でも忘れられないワードになったので、お話ができてよかったなあ。


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