高いハードル、跳べるか跳べないか⑧

前回→【エオルゼアの彼女と結婚するまでの話 7話

明日も話そう


明日も話せるのかと思うとワクワクした。
でも同時に、この日のうちに本当にたくさんの事を話したので明日は何を話そうかと悩んだのも覚えている。

ただ、そんなことは些細な問題だった。
このときの僕にとっては何か死なない理由が必要だった。
誰とも話したくない。誰とも会いたくない。そんな風に思っていたやつが、会ったこともなければ名前も知らない…というかほとんど何も知らないめらという子とたった数時間チャットで話しただけで「めらと話したい」が死なない理由になったのだ。
我ながらチョロい。お前の絶望はそんなもんだったのかと言いたい気持ちもあるが、僕の絶望が浅かったとかではなく、それだけめらが心の深いところまで潜り込んでくれたのだ。(BUMPのメーデー参照)
たしかに奇跡的なタイミングだったと思う。それだけ運命的なものだったんだとも思う。でもきっとめらだったなら、どれだけ深いところからでも連れ出してくれたと信じている。

そんなこんなで翌日。

めら『通話しよー!』

おっと、完全に想定外だ。
オンラインコミュ障の僕にはチャットでさえハードルが高いのに、通話となるとそのハードルはもはやハードル走から走り高跳びレベルにまで上がる。
……というかちょっと待ってほしい。ネットの女の子とマンツーマンで通話……??
そんなのした事ない。これは走り高跳びどころじゃ済まないんじゃないか。棒高跳びくらいのハードルの高さだぞ。
『えっ、それはちょっと…』とチャットに打ちかけて消した。
代わりに
『ちょっと待ってて』と打ち、遙か頭上に見えるハードルを跳び越すための棒を必死で探した。棒がないことには跳べるはずもない。
そう、つまりイヤホンとPCである。
この数ヶ月のゴタゴタの中ですっかり通話する事など無くなり、PCすらしばらく起動していないしもはやイヤホンなど失くしていた。
じゃあiPhoneでやればいいじゃないかという話なのだがiPhone用のイヤホンがそもそもない。
というかそもそも何で通話するんだ?Discord?LINE?Skype?どれだっけ……?そんな事すら忘れていた。
いやそんなのは後で考えればいい。まずはイヤホンである。これがないことには始まらない。でも部屋には見つからない。

……仕方ない。最終手段だ。

「お母さん、イヤホン持ってる?」

助けてくれ母よ。息子は今、運命の分かれ道に立たされている。ここで通話できるかできないかが後の人生に大きな影響を与えるかもしれないのだ。少なくとも高校3年生の陸上部部員が大事な大会で棒高跳びに出場できるかできないかくらいには一大事なのだ。それくらい大きな運命が今あなたのイヤホンに懸かっている。

「持ってるよ。ほら」

「ちょっと借りる。…助かった」

ありがとう母。とても感謝している。
なぜかR側が断線していて(というか切断されていて) L側しかない、半身を失ったイヤホンだったけど、それでも本当に助かった。

『ごめん、おまたせ!』
『あいー、ディスコでー!』

ディスコか。そうだ、そういえばみんなとのゲーム通話もディスコでしていたんだっけ……。

響く着信音。

『もしもーしめらですー。さいらーさん?』

『あっ、もしもし、さいらーです、』(ど緊張)

半年以上ぶりに、めらの声を聴いた。
たぶん最後に聞いたのは昨年の末頃。極朱雀の頃か、その後に零式にチャレンジしようとしていた頃かだろう。
そうだ、そういえばこんな声だった。
なんか独特のイントネーションというか、クセのある喋り方をする子だというのは覚えていた。あとかわいい。

僕の声は……きっとひどく緊張していたに違いない。

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