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髪を切ること

悩みというほどでもない困りごとが一つあります。髪が伸びるのが早いことです。切ればいいんですけどね、この髪を切ることが億劫なんですよね、昔から。

髪を切るサービスを受ける状況。一対一で逃げられないあの空間。沈黙すればいい、とは言ってもそう割り切ることも出来ずに無駄に気を使わなければいけない(気になる)時間。無理。

これに限らず、私は一対一で何らかのサービスを一方的に受けるという状況がたぶん苦手です。なんでしょうね、落ち着かなくなるんですよね。基本的に身体に触られたくない、というのもあるかもしれません。行ったこと無いけどマッサージとか、行ったこと無いけどエステとか、行ったこと無いけど整体とか、考えるだけでむず痒くなるし、絶対に耐えられないと思うんです。

でも髪は伸びる。放っておくことも(社会人としては)出来ない。本当にやっかいなのがこの散髪というものです。

さて、あの空間。一対一で、相手はこちらの要望に応えようとしたり、似合う髪型を模索したりしてくれるわけですけど、こちらの気持ちとしては一刻も早く解放されたいとしか思っていないんですよね。雑談とかハードル高すぎるんです。

慣れてない、からなのかもしれない。けど、慣れるよりも逃げを選択していた人生でした。


小さい頃は親が切ってくれていて、中学生の頃からは美容師学校に通っていた姉が、練習がてらに切ってくれるようになったのです。それが20歳ごろまで続きました。なので、実は散髪サービスをほぼ受けたことがなかったのですよね。

大学生ともなれば、少しはオシャレにも興味が湧くもんだと思っていたけどそんなことはなく。相変わらず姉に切ってもらっていたのに、その姉が遠方に行くことになり、ついに美容室デビュー、からの拒否反応でまくり、けど逃げられないので耐えるという苦痛な時間。
(世の中の人(特に女性)はこんな過酷なことを頻繁にクリアしているのか、すげーな、と思ったものです)

でも、いざ仕上がった髪型を見ると、なんかいい感じかも、と少なからず思うわけです。髪型一つで性格が変わってしまうこともある、というのは確かにあるのかもしれない。少なくとも、ほんの一瞬でもいい感じ、という気持ちが湧くのだから、苦痛に見合うかはさておき価値はあるのかな、とは思ったりもします。

それは、ケーキが美味しく焼けた時とか、感動するフレーズに出合えたときとか、そういう日常のささいな喜びの仲間に入れていいものかもしれない。重要でもないし、決定的でもない、けどちょっと嬉しいみたいな。そういうもの。

そう考えると、髪が伸びるのが早いってのは、そういう喜びを得る機会が多いとも捉えることが出来てなんだか得した気分にもなります。

確かにね、そろそろ切らないとなー、行くのやだなー、とかは思います。でも、それはもう仕方ないと割り切って、どうせなら良いことを考えてみたほうがちょっとだけハッピーになれる、ような気はします。

ちなみに、私は切りに行く時スーツを着ます。これには二つ意味があって、一つは「仕事モード」になれるので、雑談に対する抵抗感をある程度抑えられます。もう一方は、勝手にビジネスマン風に仕上げてくれる(気がする)からです。形から入る作戦です。これは結構悪くなくて、自分のなりたいイメージを纏って行き、後はプロにおまかせしてしまえるのです。そういう風に考えればメイクや服選びなんてのも、自分らしいものをチョイス出来て、他の人と比べる必要なんかも無いのかな、と思ったりします。

あと、切ったあとの身軽になった感じも嫌いじゃないですね。解放されたこともあって、足取りが軽くなるんでしょうね。


あー、髪伸びてきたなー、切らないとなー、面倒だなー。ま、頑張って行くかー。


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