環状交差点のその中心で
これから先に起こり得る現実を予測して、それに合わせて行動すること。未来を知っているわけではない。未曾有の事態に対応できるわけでもない。でも、彼は未曾有を未曾有にしないために全力を注ぐのだ。
『サクラダリセット』。現在、小説全7巻中の2巻まで読了。アニメでは3話から8話までが該当するようです。(アニメは見ていませんが。)
主人公がかっこよすぎるので、文章にしたくなりました。ただ、それだけです。あれか、推しキャラの宣伝みいなものか、これ。
浅井ケイ。彼の力とは。
この物語の主人公である浅井ケイは、特殊能力を持っている。その能力とは、一度覚えたこと、なおかつ思い出したことを忘れられないという能力だ。
この辺の言葉には十分注意したい。
例えば「何でも記憶することが出来る」のと「何でも思い出すことが出来る」のは、意味が違う。前者は、いうなればネットの海に文字情報や画像情報を残すようなもので、それは無尽蔵にデータとして保存されていくだろう。しかし、ただ記憶するだけでは意味がない。我々が必要な情報を検索して求めるように記憶も検索してやらねばならない。その検索に相当するのが思い出すという行為だ。後者の「何でも思い出すことが出来る」とは、記憶の海の中から該当情報を選び取ること。ただ記憶しているだけでは何の意味もないものを選択的に得られるので、ここに大きな価値がある。
つまり、能力的な強さで言うと、
「記憶する」<「思い出す」となる。思い出せないという事態も観念できるが、それでもただ記憶するよりも選択的に取り出せる点は強い。なお、この選択的に取り出せる部分を他者に委ねると一気に強くなる。検索が上手い人が使うネットが最強なのは言うまでもない。逆に検索が下手な人は目当ての情報にたどりつくことはない。検索すること=思い出すことは個人の能力に本来は左右される。
でも彼は「思いだせる」。そして彼の能力は「思い出す」に留まらない。思い出してなおかつ「忘れられない」のだ。検索した結果、不要な情報が画面に出てきたら我々なら画面を戻せば消え去ってくれるが、彼の場合はそうはいかない。
「記憶する」→「思い出す」→「忘れられない」
この流れが自動的に起きているのだ。この「忘れられない」が何をもたらすかというと、「思い出す」にあたる検索の省略だ。通常、人が何かを思い出すときは、関連するキーワードなどから連想していくことが多いと考えられる。そこには一瞬の時間が必要となるだろうが、彼にはその時間が必要ないのだ。
与えられた情報から該当する検索結果を瞬時に並べて、その中から妥当性の高いものを選択して推測出来ること。平たく言えば頭の回転が速いということになるが、その速度が誰よりも速いのが彼だ。いや、速くならざるを得ないのだ。これは並大抵のことではない。広大なネットの海にひろがっている、一見すると何の意味もないデータまで、つぶさに判断して現在抱えている問題との共通点が無いかというのを精査していくわけだ。スパコン以上の演算処理を行わなくてはいけない。データ上の演算処理ならば解を出せば処理は停止する。だが、現実は常に新しい情報が入ってきて計算し続けなくてはいけないし、未来を予測して行動しなくてはいけない。これらのこと、つまり過去記憶のリーディングと現在の情報のライティングを並行して行っているのだから、それはとんでもない作業量となるはずだ。しかし、それを涼しい顔でやってのけるのが彼だ。
彼は自身の能力を大したものではないと言っている。実際に、大したことではない。時間を戻したり、触れたものを消し去ったりといった人外の能力ではない。人間が誰しも持っている能力が少し優れているだけに過ぎない。だからこそ、能力以外の彼の力として表現されているものは彼自身が一人の人間として習得したものである。
(今後の展開でもしかしたらあるかもしれないが、仮に能力を封じられるという場面があったとしよう。この場合、彼は記憶することが出来なくなるかもしれないが、この思い出すに当たる部分は、人の当たり前にある能力であるから遜色なく彼の力を発揮できるはずだと思う)
歩く百科事典は人の道を歩く
何でも記憶できる能力というのは、暗記科目と相性がよい。その気になれば、あらゆる分野のスペシャリストになることも容易いはずだ。
知識だけではない。心理学などの技術も用いれば、人の心を読むことも行動をコントロールすることも可能かもしれない。実際に、作中でも表情や言葉の使い方から精神状況を分析するシーンは出てくる。彼にとっては出会う人その全てがサンプルになるのだ。
でも、彼はそういう統計上のデータを用いて人と接しない。少なくとも2巻までのシーンでそういう描写はない。
彼は、あくまでもその人個人の喋り方の癖などを見抜いている。一般論は語らない。初めて会う人にも、こういう人はこんな行動をしやすい、などの推測はせずに、ありのままの情報から判断している。
これはきっと、記憶という能力には絶対的な自信というよりも真実があることは理解していても、それを操作する自分自身というものを信用していないのだと思う、自分の判断をも疑っているからだろう。(あるいは、自分の予測を裏切るものを常に期待している?)もちろん、過去の記憶たちは行動指針や状況理解等の判断材料になるだろう。それは普通の人間でも同じで、彼はその域を飛び越えない。異常な能力と対峙しても異常な状態に身を置かれても、人としての域を飛び越えない。持っている知識と見聞きした情報とを照らし合わせて、起こり得る未来から妥当なものを選択する、あるいは最悪の可能性を回避するよう動く。
その知識は深淵でも、彼は人の道を外れない。
絶対的な孤独を生きる、でも
彼の相方の美空の能力はリセット、彼にとってうってつけのパートナーだ。リセットとは、事前にセーブしていた時間軸まで最大で72時間を無かったことにする(擬似的に時間を巻き戻す)能力。ただし、彼は彼の能力によりリセットで巻き戻った後でも、巻き戻る前の記憶がある。これにより、色んな問題に対処することが出来る。未曾有を未曾有でなくすことができる。
しかし、それは同じ時間を共有することが叶わないということを示してもいる。自分が体験したことは、巻き戻った後の世界では誰も知らないのだ。
人が生きるということが、経験や記憶を刻んでいくことにあるとするならば、彼は一人で生きていくことを常に選択し続けているともいえる(リセットを使うかどうかの判断は彼にしか出来ないようになっている)。そこにあるのは、それをも厭わないという揺るぎのない意思だ。
取り返しのつくことも、つかないことも、等しく記憶していくこと、自分一人だけはその結果を覚えて生きていくこと。今見た誰かの笑顔はリセット後の世界ではもう誰も見ることが出来ないかもしれない。そういう可能性の一つ一つを胸に抱えて、彼は記憶し続けるしかない。そして、その笑顔のその先を守るためにリセットを指示するかもしれない。孤独な戦いを常に繰り広げているのだ。誰にも感謝されることがない、知覚されることも叶わない、その存在を感知されないヒーロー。それが彼だ。
2巻のあるシーンで彼は、自分一人だけが覚えていられればそれでいい、という信念を曲げない程度に、相方の美空と大切な記憶の定着を図るためにセーブをする。大事なシーンだ。
リセットがなければ、彼が孤独を生きる必要はない。人より少し記憶力がいいだけの普通の人間だ。でも、リセットがあるからこそ彼は過去を見るけではなく未来に目を向けられる。その過程で、自分だけが抱えていればいいという思いを、その孤独感を、少しでも分けて背負ってくれようとするパートナーの存在は、彼にとってかけがえのないものなのだろう。それは、能力の相性を超えた信頼関係であり、孤独の壁を超えうるものだ。それは絶対にリセットしたくはないだろう。
余談。意味のないことに意味がある
作中ではあまり言及はされていないが、彼は意味のないことが好きなようにうかがえる。というのも、記憶してしまう分、あらゆることに関連性を見出そうとする傾向が生じやすいと思われる。
常にそういう脳の働きをしていると、全くの意味の無い会話というのはきっとリフレッシュになってちょうどよい。1巻でも2巻でも、登場人物との意味のない“意味のある会話”が展開されている。彼はきっと、こういう意味のない会話が出来る人を求めているに違いない。
また、彼の能力を知っていてなお、普通に接することが出来るというのは、実は結構難しいことではないかと思われる。
というのも、彼と会話する人は、自分の言動のその全てを彼に記憶されるわけで、彼が彼の記憶ではこうだった。と言えば、それは紛れもない真実か、悪意のある彼の嘘であるかのどちらかでしかない。その状況で、彼を疑うこともなく、そして自分も嘘偽りなく接しなくてはならない(前述したように、表情などから心理分析をされるので嘘をついてもすぐにバレてしまうはずだ)。なんというか、神を目の前にして丸裸で会話をさせられているような感覚になりそうな気がする。にもかかわらず、彼と普通に接することが出来る友人達はすごいと思うし、そうさせることが出来る雰囲気や態度で居続ける彼もまたすごい。
まとめ
以上のことから、彼はもう完璧過ぎるほどの人間であるように思われる。少なくとも、私は真似したくても真似できないほど、出来た人間であるように思う。
彼の能力は、使い方によって相手の心を切り刻むことも容易い。見出した可能性の中から、一番相手にとって辛い言動を選択し続けるだけでよいのだ。でも、彼はしない。むしろ意図せずそれをしないために、あらゆる可能性を考える。
その可能性を見出す作業というのは、誰よりも自分がダメージを受けるはずだ。可能性の一つ一つを想像しなくてはいけないし、そしてそのイメージを忘れられない。時には、相手が想像もし得ない可能性にも気付いて、自分を傷つけた上で、相手がその可能性にたどり着かないように行動するのだ。もちろん、そんな配慮があったことなど相手は知る由もない。
例えるなら、ラウンダバウト
彼の能力は積極的にトラブルを解決するものではない。時間を戻して、やり直して、それはとても回りくどいし、ほとんどの場合回り道的な解決方法だ。
放っておいたら誰かと誰かが正面衝突したり事故が起きてしまうような日々を、彼が環状交差点のその中心の役目を果たすことで、誰もが減速することなく周りに注意する必要もなく、何もなかったかのように自分の道を進んでいける。事故なんて起きることなく、事故が起きる可能性に気づくことなく。
彼はその中心でただ記憶していくだけだ。
迂回して、迂回させて、そうやって世界や大事な人を守る。かっこいい。
※
なんか、褒めまくってたら同じようなこといっぱい書いてる気がする。まあいいか。
書き上げたからやっと3巻以降が読める。もっとかっこいいと思えるか、果たして!?
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