#13.花束

8月、私は東京の街に花束を抱えて立っていた。

絶え間なく響く蝉の音に、何度も引き直したアイラインが滲む。行き交う人々の楽しげな声は、私の形に馴染むことなく通り過ぎていく。
ここに来るまで、長い時間車に揺られながら左から右へ流れる景色を遠く見つめて、まるで小旅行だった道中、私の心は静かに影のところを歩いていた。

腕の中で竜胆が涼やかに咲く。
後悔と呼ぶほど明瞭なものでもない、もし流行り病がなければ、もしもう一度会えていたならと、考えても仕方のない想いがぐらり、ゆらり、揺蕩う。

「手紙、読んでくれていたでしょうか」
話すことも難しいと聞いてから、時折り便箋に日々の出来事をしたためて送っていた。綺麗だと笑ってほしくて封蝋で留めたりしたけれど、今じゃ便箋も封蝋の道具も押入れのなかで眠っている。
「読んでいたと思いますよ」
傍ら、独り言のように溢れた言葉にそう応えてくれた叔父の白い肌は、5年前「また来るからね」と玄関先で握った手の白さによく似ていた。

掌を合わせて目を閉じて、顔の横に落ちる髪、茹だる夏に首筋を焼かれる。
東京の街、私の手を握り返して「待ってるよ」と微笑んだその人に、その記憶に、花束を添えた。

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