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きっかけ③

 ここでようやく、僕の大好きなリバプールFCというチームを軽く紹介しよう。
 イングランドマージーサイド州に本拠地を置くリバプールFC(通称レッズ)は1892年創立の歴史あるクラブだ。リバプールといえばかの有名なビートルズを生み、港に隣接している産業革命で発展した生粋の労働者の街だ。ちなみにジョンレノン、ジョージハリストン、リンゴスターはリバプールファンやったそうだ(ポールだけはエヴァトニアン)
 そんなリバプールだが2006年にイスタンブールの奇跡を起こしてチャンピオンズリーグを制覇した以来目立ったタイトルは取れず、リーグ優勝に関しては1989年以来優勝できてない。さらには近年はCL出場圏内の4位以内にも入れず、しばらく中位を低迷する『古豪』と言う言葉がぴったり合うチームだった。
 こんなパッとせんチーム誰が応援するねん。ってくらい俺の世代では周りにファンはほとんどおらんくて、兄貴世代の人達からしか名前は上がらんかったほどです。そのリバプールがユナイテッドと入れ替わるように反撃の狼煙を上げたのがこの13-14シーズンでした。

 当時の監督は北アイルランド出身のブレダンロジャース。通なサッカーファンなら覚えているだろう、かの有名なバルセロナからもじりスウォンゼロナ(スウォンジーシティ)と呼ばれるくらい魅力的なフットボールを披露してたチームから来た人で、僕がクロップ(現リバプール監督)に次いで2番目に好きな監督だ。ブレダンが来たのは12-13シーズン、その年は持ち前のポゼションサッカーが浸透せず7位で終わったが、翌年から真価を発揮する。スアレス・スターリッジを2トップに添えたSASが大爆発し、特にウルグアイ代表のスアレスは31得点と大暴れした。他にもコウチーニョ・スターリングの台頭やミドルとロングフィードが代名詞のジェラードのアンカー起用で後方から起点を作り、その守備を補うボックストゥボックスタイプのヘンダーソン(現キャプテン)などそれぞれの歯車が合致し、進撃の巨人ばりの快進撃を続けた。

 当時僕が興奮したシーンがリーグ終盤のシティ戦。3-2でレッズが勝利した後、キャプテンのスティービーは泣きながら円陣を組んで何か熱い言葉を投げかけていた。英語がわからないからハッキリ何言ってるかは理解できんかったけど、きっと
“聞けみんな!まだ終わりじゃない!次の試合も絶対に勝つぞ!行くぞ!”
的なことを言ってたんやと思う。ちなみにこのシーンは『ジェラード 円陣』でググったら大量に出てくるくらい有名。
 そんな激アツな試合を見た後の僕の心からはもう1人の赤なんて完全に消え去っていて、

“赤い悪魔??なんやそれ。俺の心はもうライバーバードだぜ!”

と芸能人もびっくりな手のひら返しを行い、その日から見事にKOPになった。あの時の自分は我ながら薄情者やと思うが、ただ先見の明があったのは確かだ。ジェットコースターに乗ってるようなエキサイティングな試合。画面越しからでも伝わるスタジアムの熱気。他のチームにはない何か確信的なものがあった。携帯の機種変の如く一瞬でレッズに乗り換えた俺はジェラードの悲願を願うように残り数試合を全力で応援していた。

 結果的にこの年のレッズはリーグタイトルを取れなかった。惜しくも2ポイント差でオイルマネーくんにタイトルを掻っ攫われてしまった。タイトルを逃す象徴的な試合が終盤のモウリーニョ率いるチェルシー戦で、これも有名なジェラードスリップ事件によって先制点を取られ、そのまま波に乗れず敗戦。これまでレッズ一筋でチームを引っ張ってきたジェラードが最後の最後に足を滑らせたこともまたフットボールの無慈悲さを物語ってたし、モウリーニョらしいやらしさも全開だった試合でした。

かくして激動の13-14シーズンは幕を閉じ、翌シーズンから絶対的エースのスアレスを失ったレッズは絶不調に陥り、また暗黒期に逆戻り。そして僕もその頃現実を直視できず、打楽器とスカイリムに熱中する日々を送っていて暫くフットボールから離れていた。

そう、あの漢が来るまでは、、、


これが僕がリバプールを好きになったきっかけでした。マジでミーハーすぎてわろえない🤗

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