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異端のキューピッドが天界をのし上がる 第3話

「え、それだけ??」
 
 それは、俺の体に合わせたような小型の弓と、矢尻の色の違う二本の矢だった。
 ガブリエルもさも不思議といった表情を浮かべ、小首をかしげながら言う。
 
「そうみたいです。大体は、衣服といった身に付けるものが多いのですが……最近の人間にしては珍しく、開放的な性質だったのですね?」
「やっぱお前、変わってるな」
「いやいや、どこにでもいる、一般的な男子高校生でしたよ!?」
 
 てことは、え? 俺、引き続きこの格好で過ごさないといけないの!?
 
「まぁ、性癖はひとそれぞれですから」
 
 あからさまに引いてる! そして、性質が性癖に変わってる!? ちょっと、ここに来て急に心の壁作るのやめて!?
 一方で、アズラエルの方は「ほぅ……」と何やら感心したような顔をして俺の方を見ているが、これ全然嬉しくないやつ!
 
「そんな性癖、全くないです! 服欲しいんですけど、どうやったら手に入るんですか?」
 
 俺の問いに、二人は一瞬キョトンとした表情を浮かべたかと思えば、互いに顔を見合わせた。
 
「んー、どうやったら手に入りますかね? アズラエルは知っていますか?」
「いや、俺も知らん」
 
 はあ? ウソだろ!? あんたらが着てるその服は、一体どうやって手に入れたんだよ!?
 
「基本的に、この最初の時点で、支給品としてお渡しすることが多いんですよ。その後は、昇格のたびに自然とグレードアップしていくという感じで」
「確かに、ここ千年くらいは最初から服着てるやつばかりだったか。安心しろ。昔はみんな、お前と同じように、最初は裸で過ごしてたぞ。いつの間にか、全員服を着るようになったと思うが、大天使に昇格したら姿が変わるから、その時には服着てるんじゃないか?」
 
 ええ? てことは、少なくとも次の大天使に昇格するまで、この姿ってこと?
 
「あの、お店とかは……」
「ああ、そういったものは天界にはないですねぇ。私たち天使には、欲というものが基本的にありませんし。私たちが唯一欲するもの、そして唯一手に入れられるものは、父からの愛だけです」
 
 そんなぁ。天使って、そんな禁欲的なの?
 
「まあ、五年以内に力天使を目指すのであれば、服を着ていない期間などあっという間ですよ」
 
 そう言って、にこりと笑顔を向けてくるガブリエルに、俺の第六感が反応する。
 あ、面倒臭くなってきたんだな。思い起こせば、俺の扱いちょっとひどくない?

 ……まあ、服については、これ以上聞いてみても何も分からなそうだし、諦めるしかない、かぁ。さよなら俺の体、にはならなかったが、さよなら俺の羞恥心、だな。
 人としての何かを捨てて、ある意味、一皮むけてしまった俺をよそに、ガブリエルが手をポンと叩いて告げる。
 
「さて、ひとまずは説明もすべて終わりましたし、あなたはこれから、こちらの弓と矢を持って守護する人間の元に向かってください。守護天使の仕事は人間に寄り添い、善へと導くことです。力天使を目指して頑張ってくださいね。私はあなたを常に気にかけ、応援しています」
 
 ガブリエルはそう言って俺の方に近づいてきたかと思えば、額に軽くキスをした。そして、「あ、俺ももう行く」と言うアズラエルと共に、空へと羽ばたいていく。
 美女からの唐突なキスに、俺は思わず顔を赤らめ固まっていた。そんな俺を二人は置き去りにして徐々に上空に上っていき、一瞬、カッと強い光が走って思わず目を細めれば、次の瞬間にはもう、二人の姿はどこにもなかった。
 
 空を飛び、足が速いというヘルメスがもしいたら、こんな感じなのかな。なんて呆けながら、どこまでも青く広がる空を眺める。
 てかさ、あの二人、あっさり去って行ったけども。
 この弓と矢は、一体何なのさ?

 ♢♢♢
 
 それは、矢尻の色の違う、二本の矢だった。
 輝く黄金の矢と、鈍く光る鉄、いや、おそらく鉛の矢。黄金の矢と鉛の矢って……かなり見覚えのある設定に、心の中で新たな波が起きるのを感じる。
 
 ……俺、天使なんだよね?
 
 このベイビーフォルムに背中の羽、そしてエグい天パ。目の前にやってきた天使たちに、てっきりそうなのかと思っていたけど、ここに黄金と鉛の矢が加わると、話が変わる可能性が出てくるんですが。まさか、俺……
 と、心の中で核心に触れようとしていた時、また横から急に声がした。
 
「あの天使どもは、もう行ったかニャ?」
 
 ……ニャ? ニャァァアアアア!?
 猫!? いつの間に!? てか、この美人猫、あの時の猫じゃない!?
 唐突に現れた猫に驚くと共に、その猫がまた、あの事故で助けようとして逆に助けてくれたという、長毛の優美な猫でさらに驚く。
 
 な、何でここに!? 死んだはずじゃ……え? 猫の幽霊なの? てか、喋った!? ヒィッ、化け猫だったの!?
 ただでさえ、天使だなんてありえないと思っていた存在と邂逅してギリギリだった俺のキャパシティが、死んだはずのしゃべる猫という、これまたあり得ない存在を目の当たりにして遂にパンクした。「あばばばば」と、言葉にならない声を発しながら歯をガチガチと言わせ、小刻みに震える。
 
「こら、落ち着かんか。あの天使どもがいなくなって、ようやく話せるようになったというに」
 
 なだめようとするも、俺は視点の合わない瞳で明後日の方向を見続けている。
 その全く聞き分けない様子を見て、猫は「やれやれ」とため息をつきこちらに近寄ってきた。モフモフの尻尾をファサッと顔に当てられ、一瞬、視界が暗くなる。
 そして、次の瞬間に目の前に現れたのは、腰まであるような長い金髪をたなびかせ、艶めかしい肢体を薄衣で包んだ、神々しい女神だった。思わずその美しさに息を止め、目を見張る。
 
「あ、あなたは……まさか……」
「うむ。我が名はアフロディーテ。かのオリンポス十二神の一柱にして、愛と美の女神である」
 
 存じております! ああああ、尊いとはまさにこのこと! あの! 夢にまで見た、ギリシャ神話の神が! いま、俺の、目の前に……!
 あまりの感激に、顔の前で両手を組み、思わず体がフワフワと宙に浮きだす。その俺の足を、おもむろにアフロディーテが掴み……そのまま、勢いよく地面に叩きつけた。
 
「グヘッ!」
 
 それは、見事な投擲とうてきだった。
 突然の行動への驚きと、急に切り替わった視界に、俺の理性がようやく戻る。
 
「ふぅ……落ち着いたか?」
「……お手数おかけしました……」
 
 アフロディーテの荒業で、俺はやっと正常な思考を取り戻した。地面に埋まった顔を持ち上げてお礼を言い、顔を整えながら改めてアフロディーテの姿を見る。
 アフロディーテは愛と美の女神の名に恥じぬ神々しさと、思わず体が動いてしまいそうなほどの、圧倒的な女性としての魅力と色気を放っていた。
 
「よしよし。さて……おぬしの前に天使どもが現れたということは、首尾よく天使としてそちらの世界に組み込まれたようだな」
 
 首尾よく組み込まれる? はて?
 
「私は、天使なのでは……?」
「いや、違う。お前はキューピッドだ」
 
 ええええ!? キューピッド!
 キューピッドってあの、原初の神とも、アフロディーテの息子とも言われる、恋の神クピドの別名の! そして、黄金の矢と鉛の矢で心を操るという!
 チラッと手元の弓と矢を見る。ああああ……もう、そうにしか見えない。
 
 なに俺、天使かと思ったら、実はキューピッドだったの!? ギリシャ神話好きとしては、まさか目の前にオリンポス十二神の一柱が現れて、自分自身もその世界に加わることができただなんて、涙が出るほどにうれしいのだけれど……
 
「あの、俺、何でキューピッドになったんですか? ってか、天使と違ってキューピッドは一体だけのはずで……本体? の方はどうしたんですか?」
「……きっかけは、我が日本を観光しようと思ったことだ」
 
 はい? なんかもう、スタートがすでにアレなんですが。
 日本を観光? 何故? 神にも観光なんて概念あんの? そして、それがなぜ、俺がキューピッドになるきっかけに?
 と、頭の中に次々と疑問が浮かぶ。そんな俺の様子を眺めていたかと思えば、アフロディーテは美しく輝く金髪をいじりながら、少し照れたような顔をして言葉を紡いだ。
 
「絵画のモチーフになることも減った現代で、新たな形として頭角を現してきたというマンガやアニメ……我もよく登場するという、それらを生む日本に観光がてら遊びに来たところ、あの事故に遭遇したのだ」
 
 ああ、お前のせいか。クールジャパン。海外の方のみならず、異教の神すらも惑わすとは。
 いや、そのおかげで俺は事故から助かった。というか、ギリシャ神話を目の当たりにできたと言えるのか。ありがとう、マンガ! 俺のバイブルも、はじめはマンガだった!
 
「その節は、助けていただき、本当にありがとうございます!」
「……助けたのはただの気まぐれだ。ただ、確かに助けたはずだったのに、魂が体から抜け出すとは思わなかった」
 
 俺の感謝の言葉にそっけなく答えるも、何かに逡巡するかのように、じっと俺の方を見つめてくる。
 ゴクリ……本当に、破壊力がエゲツない。ああ、胸がどんどん高まってくる。
 熱い視線に耐え切れずに、俺はアフロディーテから視線を外して、顔を手で扇いだ。それと同時に、小さなため息が聞こえる。
 
「助けてやったつもりなのに、死んでしまったら神の名折れではないか。だから、冥界に向かおうとするお前の魂を捕まえて、エロスがプシュケに夢中で脱ぎ捨てていたキューピッドの体に入れてやった」
 
 ん? んんんん? それって、つまり……この体は、本物のキューピッドの体ってことでは!? てことは、俺、本当にアフロディーテの息子!? ヤバい……鼻血出そう。
 
「ただ、お前の世話を焼いてやるつもりはない。たまたま見つけた天使どもの産屋うぶやに放り込んだら奴らがやってきたから、今のお前は天使なのだろう。元の体に戻るなり、天界を荒らすなり好きにすればいいさ。どれも面白そうだ」
 そう言って、アフロディーテは俺の方を見ながらニヤリと笑った。

#創作大賞2024 #漫画原作部門

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