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元徳と大罪の魔女たち 第2話

「改めて、僕の名前はフィン。当代の強欲の魔女だ。傲慢、君の名前を教えてくれるかい?」
「私の名前はエミルダよ」
「そうか、エミルダ。早速、君のテリトリーに行きたいところではあるんだけど、その前にひとつ僕にはしなければいけないことがあるんだ」

 エミルダの全財産をいただく代わりに、ルシファーを倒す手伝いをする。その交渉は確かに成立したが、僕にはやらなければいけないことがある。
 僕の言葉に小首をかしげる傲慢の魔女ことエミルダに向かって、上方に向かって指をさす。つられるように見上げると、そこには空を臨む穴があった。

「僕はこの納屋の所有者であるマーチおばさんから、水漏れの確認と修理を頼まれているんだ。悪いがエミルダには僕の仕事を手伝ってもらう。なに、君にとって悪い話でもない。修理が終われば、お茶会だ!」

 そう言って、僕はようやく、壁に立てかけられていた梯子を持ち上げた。
 彼女とのこのやり取りで少し時間をロスしてしまったが、あの穴はそれほど大きくない。二人で取り掛かれば、昼過ぎには仕事を終えることができるだろう。マーチおばさんの花屋はだいたい昼頃に店じまいをするから、遅めのお昼を兼ねたお茶会にちょうどいい時間だ。
 
 しかし、僕の発言にキョトンとした様子だったエミルダだったが、一拍置いてようやく僕が話した内容を理解したようだ。初めて会った時のような勢いで、堰を切ったように言葉を発する。

「え? まさか、あの穴の修理を自分でするつもり? しかも、人間からの依頼で!?」
「そうだよ。君はこれまで何もせずとも信者たちから金品を得ていたかもしれないが、お金というものは本来労働によって稼ぐものだ。そしてこの仕事は、僕の三日分の食事代だ」
「はぁ!? いや、私たちは魔女だよ? 魔・女! 人間には到底理解もできない魔術を操る、人間よりもはるか高みにある存在! あんたが自分でしたいというならご勝手にだけれど、なんで私まで手伝わないといけないのよ!?」

 ふう。これだから魔女はいけない。
 僕たち魔女も、元々はただの人間だった。先代に見いだされ、育てられて今がある。
 日々信者どもにかしずかれて勘違いしているのかもしれないが、人間も魔女も、この世界の一員であることに間違いない。ただ、役割が違っているというだけだ。
 
 だから、魔女が人間よりもはるか高みにあるという考えは根本的におかしいし、何かを成したいのならば、魔女であっても何かを差し出さなければいけない。
 食事を得たいならば、労働を行ってお金を得る。僕の協力を得たいなら、お金を差し出す。
 そして、ロスしてしまった時間の埋め合わせに、僕の仕事を手伝う。とかね。

「僕に助けを求めてきたのなら、僕の言うことには従ってもらう。あ、そうそう。その髪は目立つから魔法で変えるよ」

 そう言って指をパチンと鳴らせば、一瞬のうちに僕の髪色は茶色へ、そしてエミルダの髪色は少しくすんだ金髪へと変化した。

「なっ! 私の髪が……!」

 驚きのような、悲鳴のような声が上がった。
 エミルダは自分の髪の毛を抱え上げて、愕然とした表情で金髪に変化した自分の髪の毛を眺める。

「君はその名の通り、少し傲慢だからね。違和感ないように貴族風の金髪にしてみたよ。うん、よく似合ってる」
「あんた……何てことすんのよ! てか、さっきから髪を変化させてるその魔術。私聞いたこともないんだけど!?」
「おや? 人間よりはるか高みにあるという魔女様は、詳しいはずの魔術にも関わらずご存知でない?」
「ぐっ……!」

 僕の言葉に、エミリアが悔しそうに口を噤む。少しイジワルしすぎたようだ。
 まあ、彼女がこの魔術を知らなくても仕方ない。だって、この魔法は僕と師匠が開発したオリジナルの魔術なのだから。

 魔女が人間の社会に入るにあたって、一番の問題はその髪色だ。
 魔力を帯びた輝くような銀髪。金髪だとか何となく近しい髪色はあるものの、内側から光り輝くその銀髪は明らかに異質で魔女しか持ちえない。そして、その髪は魔力を帯びているがために、魔術で変化させることが容易ではなかった。

 一時的ならは色を変えられるけれども、それもほんの数分。しかし、それでは到底人間社会に潜り込むことができない。
 これまで歴代の強欲の魔女たちが、執念で開発してきた魔術。それを、僕と師匠が遂に完成させたのだ。まあ、開発した時には僕はまだ幼く、その理論のほとんどを構築したのは僕の師匠なのだけれども。

「ほら、呆けてないでさっさと仕事をするよ。この仕事が終われば、マーチおばさんのお茶会だ!」
 
 ♢♢♢

「ああ……おいしい……なんて、おいしい……幸せ」
「おや、口に合ったようでよかったよ。たくさんあるから、どんどんお食べ!」
「マーチおばさん、ありがとう。いつも通りとてもおいしいよ」
 
 水漏れの確認と修理という仕事を終えた僕たちは、花屋の仕事を終了したマーチおばさんと落ち合い、そのまま遅めのランチを兼ねておばさんのお茶会に参加していた。差し出されたいつも以上のお菓子と軽食を前に、僕はもとよりエミルダのほおが緩む。
 おいしそうにお菓子をほお張るエミルダの方からは、お菓子の甘い香りと、お風呂上がりの石鹸の香りが漂っていた。

 僕もうっかり忘れていたのだが、よく見ればエミルダは全身泥まみれでかなり薄汚れていた。それで、僕の仕事を手伝ってくれた友達としてエミルダを紹介するや否や、マーチおばさんは小さく悲鳴を上げ、怒涛の勢いでエミルダを家に連れ込ん だのだ。
 
 「女の子なのにこんなに汚れて!」と、エミルダはあっという間に服を脱がされてお風呂に入れられる。こうなったおばさんは手が付けられないので、何やらいろいろな声が上がるお風呂場を僕は遠くから見守った。
 そして半刻も立たずにエミルダは、今の綺麗に整えられた状態で出てきたのだ。服は、おばさんの娘さんが幼いころに着ていた服だという。

 フリルやリボンのついたその可愛らしいその服は、存外エミルダに似合っていた。
 見た目だけで言えば、可愛らしい洋服にサラサラの長い金髪。整った顔立ちも相まって、まさに貴族と言われても過言ではない仕上がりだ。ただ、貴族の子女がこんなところに一人でいるのはおかしいので、裕福な商家の出身ということにしてある。
 
 なお、エミルダ自身もどうやらまんざらではないらしい。
 おばさんの目を盗んでエミルダに色々話を聞いたところによると、どうも彼女はこれまで衣服や食事に無頓着で、信者から差し出されたものを適当に見繕っていたようだ。
 
 また、ルシファーからの呪いのせいで幼女体形になったものの、本人が言うには元の体はボンキュッボンのナイスバディ美女で、だからか、捧げられるものは肉や酒、衣服であれば露出が多い派手な服が多かったという。
 そういえば元々着ていたあの汚れた服も、どちらかと言うと綺麗系の服だったなと思い出す。

 エミルダは今の自分の姿を鏡で確認して「悪くないわね!」としきりに言っていたし、その後出されたお菓子に一瞬で虜となり、マーチおばさんには早々に気を許したように見える。
 あんなに僕の仕事を手伝うのを嫌がっていたくせに、可愛らしい服をまんざらでもない様子で着て、差し出されたお菓子を満足げにほおばるだなんて、実に現金なものだ。
 
「マーチ、本当においしいわ……! どう? こんな村じゃなくて、私の城に来ない?」
「はははは、私はこの村で生まれ育ってるからね。家族もいるし、仕事もあるし、悪いけどこの村を離れるつもりはないねえ」
「そうなの、残念だわ」

 おい、勝手にマーチおばさんをスカウトするんじゃない。と心の中で突っ込むも、和やかな雰囲気は僕にとっても好都合だ。
 僕はこれから向かうことになるエミリアのテリトリー、ハイランド帝国の情報をおばさんから聞けないかと伺っていた。マーチおばさんは井戸端会議の中心的存在で、かなりの情報通なのだ。
 
「今日はこの後、エミルダと一緒にハイランド帝国に向かおうと思っているんだ。長い旅になるかもだから、おばさんとはしばらくお別れかな」
「へぇー、エミルダちゃんは、隣のハイランド帝国から来たのかい。あそこは今、『傲慢の魔女』のせいで国中で争いが起きていると聞くけど、よく一人でここまでこれたねぇ」

 おばさんは心底驚いたという表情を見せるが、一番驚いたのは僕だ。
 おい、そんな話、聞いてないんだけど? 傲慢の魔女のせいでって……君、一体なにしたんだよ!?

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