現役AV監督が考える AV監督と言語表現

 以前とあるロケの中の「スケッチブックに書いたHな言葉を女の子に見せてそれを言ってもらう」というコーナーの台本を書いていた時に、手伝ってもらっていたADと私とできっぱりと意見が分かれたのが「女性器の名称」と「男性器の名称」どちらを言わせるのがエロいのか、という話題でした。私は断然男性器派だったので男性器の名称を数十回ひたすら連呼するような台本を書いていたのですが、彼の「女性器の名称の方がより『言ってはいけない』という社会的規範が存在する」という旨の意見を聞いて納得し、最終的には女性器の名称も適度に織り交ぜる形に落ち着きました。

 これはAV監督の職業病だと思うのですが、卑猥な言葉に対する私の心理的ハードルは今の仕事を始める前とは比べ物にならないほど下がってしまいました。例えば友人との飲みの席などで酔っ払った時つい職場にいる時の気分で卑猥な言葉を口にして周囲をぎょっとさせてしまったり、自宅で料理をしている時無意識に鼻歌を歌うような調子で男性器の名称をリズミカルに発しているのにふと気付いて一人赤面したりといったことが多々あるのです。自分で言うのは少しはばかられますが、私は私生活の面では今までずっと真面目に生きてきたという自負があり、両親からもなるべく品のない行為は避けるようにという教育を受けて育ってきたので自分自身のそういった行為には相当の恥ずかしさを覚えます。
 しかしAV監督とはまさにその卑猥な言葉を用いて行う仕事です。弊社の場合毎月リリースされる作品のタイトルは月に1度行われる会議で決めることになっていて、そこでは男性器が膨張していることの表現として「ギンギン」と「バッキバキ」のどちらが良いのかとか、「ねじ込む」と「ぶち込む」のどちらがよりエロいのかとかいったことについて真剣な話し合いを行っています。そのように自分の仕事に対して真撃に向き合った結果として前述のような症状が出てしまうのであれば、それは好ましいことではないかとも思います。

 私生活に影響を及ぼしながらもそうやって真面目に取り組んでいれば、時として非常に好きな表現に出会うこともできます。私が今までで最も感動を覚えたのは、私の上司にあたるプロデューサーが「愛液」の言い換えとして用いた「欲しがり汁」という言葉です。ただの体液だったものに人の感情を想像させる余地をもたらし、なんだかくすぐったいような、その先が見たくなるような、非常に巧い表現だと思うのですがいかがでしょうか。

文=ヴァーグマン

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