見出し画像

■【より道-2】序章

「自分は何故存在してるのだろう。自分は何者で、いったい何のために生きてるのだろう。」

こんな答えのでないことを考えるのは、自分だけではないと思う。むしろ、誰もが一度は考える儚い疑問。何か目の前のことに熱狂したり、熱中することがあれば、こんなセンチメンタルになる暇などないのだろうけど、いまの自分は、ふと我にかえり感傷的に呟いてしまう。

だいたい、いままでの人生でもそうだったんだ。幼い頃から繰り返し考えては答えのでない不安を抱えながら、暇をつぶしてきたように思える。本気になって足掻けるものを自分でみいだせないから、言い訳を探して、諦め、こんな人生でいいのかと葛藤する毎日だ。

ただ、いたずらに過ぎていく時間と、ただ、漠然に広がる将来の不安。そして、あたり前のように過ごしている幸せな日々に、

いまにも溺れてしまいそうだ。

LINE:「突然ごめん。相談があるんだけど。さっき、実家から連絡があって、父さんの従兄弟が変死体で見つかって孤独死したみたい。近所の人が通報して警察がマンションに入って判明したらしいんだ」

LINE:「独身で身寄りもないみたいだから、うちで身元を引き受けて葬儀や片付け、資産整理などしないといけないみたい。明日、父さんと一緒に警察に行くから、色々と相談にのってほしいんだ」

LINE:「葬式をしても誰も来ない人みたい。火葬だけして、慎ましく対応したいんだけど、相場もしりたいんだー。父さんは20万くらいで抑えたいと言ってるよ。父は82歳でおじいちゃんだから、自分が対応しなくてはいけないくて。。」

LINE:「いま、電車だから30分後に電話しても良い?」

LINE:「いいよ。あとで電話して」

その日は、いつものように煩雑な業務に追われていた。周りの声が聞こえなくなるほど集中してパソコンを見つめながら仕事をしていると、突然、背後から声をかけられる。

「ハッ」とわれにかえった瞬間、遮断されていた空気が一気に流れ込んできた。せっかく集中して仕事をしていたのに、、、怪訝な顔をして振り返ると、以前同じ部署で働いていた先輩がにやけた顔して立っていた。

あぁ、北田先輩だ…

北田先輩は、3歳年上のイケメンで、以前、同じ部署だったときに大変可愛がってもらっていた。同じ部署の頃は、よく一緒に飲みに連れていってもらっていたけど、お互い部署異動してからは、めっきりご無沙汰していた。

「どうされましたか?お久しぶりですね。」一旦きりかえて、いつものように軽快に回答すると「べーちゃん、今日ヒマ?お風呂一緒に行こうよ」と、唐突に屈託のない笑顔で誘ってきた。「別に構わないですけど、急にどうしました?」「最近、疲れが溜まってるんだよ。あと、勉強のためサウナに入りたいんだよね。」

イケメンの北田先輩は、全国にブティックホテルを展開する開発部門に所属しており、今後OPENするホテルにサウナの設備を導入する予定らしい。「今日は、特に予定もないですし、ご一緒させてください!19時ピタでいいですか?」「えっ、いまから行こうよ!」

また、無茶なことを言ってきた。いまから外出するのは、さすがに難しい。「定時の19時に会社をでますから、先に行ってください」と伝えると、すんなり「了解、会社でるとき連絡して」と北田先輩は足早に去っていった。

久しぶりのお誘いだった。妻に夕飯を食べて帰るとLINEで告げて家庭内の段取りをつけた。18時30分を過ぎたころ北田先輩からメッセージが届いた。呼び出され向かったのは、東京大井町にある「牛タン屋」だ。

大井町は東京の品川区にあり、JR京浜東北線と東急大井町線が停まる駅前には商業施設や大型スーパーが立ち並ぶ。しかも、駅のすぐ横には昭和の匂いが漂う横丁商店街があってサラリーマンの憩いの場所となっていた。ただ、本来なら、多くのサラリーマンたちが集まり、もっと賑わっているはずの横丁も、いまではそれほど多くの人々がいるわけではない。

2020年初頭から流行しだしたコロナウィルス感染の第2波が東京を襲ったからだ。未知なるウィルスとのたたかいは、国民の我慢と努力で、一旦おちつきを取り戻したが、マスクが欠かせない生活と外出を控えながら生活する、ニューノーマル時代が到来していた。

大井町の「牛タン屋」に入ると北田先輩と先輩の上司である役員の山崎さんが、カウンターに座って話をしていた。「お待たせしました。お二人で珍しいですね。今日はどうしたのですか。」「いやー、契約がひと段落ついて、ささやかなお疲れ様会をしようと思ってね。本当に大変だったよ。とりあえず、好きなの頼みなよ。」小一時間くらい仕事と趣味のゴルフ話しをツマミにお酒を楽しんだあと、お風呂に向かった。

大井町の駅の近くに「おふろの王様」という大衆浴場がある。コロナ禍というのにすごい人数のサラリーマンが「癒し」に群がっていた。自分も風呂好き、サウナ好きだが、今日の「お風呂の王様」は、異常に混雑していた。

どれだけ混雑していたかというと、サウナの部屋に入るのまでに5人くらいが、スッポンポンで列をつくり並んでいるのだ。ようやく順番がくると、なかには20人程が等間隔をあけて、蒸し暑いサウナに堪え忍んでいる。

サウナについているTVをみながら、周りをみてると、口元をタオルでかくしている人がいる。ウィルスに感染するリスクがあろうとも、普段のストレスを洗い流すために、必死になっている姿をみて、滑稽に思えた。

52インチくらいの大きなテレビに気をまぎらわせながら、12分間、汗を流す。サウナの入り方は昔、同僚だった山根さんに教えてもらった。12分、10分、8分とサウナに入り、合間に水風呂に入る。体のなかにたまったデトックスがでていく感覚を実感した。

癒しの時間が終わり、ロッカーに預けていた、衣服に着替え、ふと携帯をみると、実家の母親から複数回着信がきていた。これは、ただごとではないと感じ、留守電を聴くと「今すぐ連絡がほしい」とメッセージが入っている。

LINEにもメッセージがきていた。妻からは、「お母さんから連絡とりたいとメッセージきてるよ」

姉からは「お父さんの従兄弟が、孤独死して変死体で見つかり、さっき実家に警察がきた!身寄りがないから、葬儀代とか諸々の片付けとか、うちがやらなきゃいけないみたい。詳しくはわからないから、今日無理だったら明日の朝、実家に電話してあげて!明日、お父さんが大井町警察にいく予定なの」

なんだか、実家があわただしい。


<<<次回のメール【7日目】ことわざ

前回のメール【6日目】大河小説>>>

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?