【336日目】:強制収容所体験記
ご隠居からのメール:【強制収容所体験記】
V.E.フランクル『夜と霧』の原題は、一心理学者による『強制収容所体験記』というほどの意味らしい。私が書いた『パンデミック入院体験記』と似たようなものだ。
しかし、似たような体験記でも、収容所の体験と病院の体験とではまったく違うようだ。入院すると、トイレへ通うたびに看護師がついてくるし、オムツを替えるときなどはまったく情けない姿勢を強いられる。そんなときは、人間の尊厳がそこなわれるような気もするが、強制収容所の体験に比べると、何ほどのこともない。
アウシュビッツ強制収容所が地獄だとすれば、順天堂大学付属浦安病院は天国だったが、もう二度と入院したいとは思わない。
返信:【Re_強制収容所体験記】
じぶんは、入院したことも、強制収容所に入れられたこともない。人生で一度もない。入院は、ケガや病の苦しみを乗り越える場所だし、強制収容所は戦争の産物だ。とてもじゃないけど、両方とも経験したくないものだ。だって、そこに、自由はないだろう。
これは、「足るを知る」ということや、「死生観」と似たような意味合いかもしれないけど、やはり、日々の「くらし」は、「当たり前」ではないということなんじゃないかな。
ご先祖様を含む世の中の先人たちがつくりあげてきた世界のうえで、当たり前の「くらし」の礎があるのであれば、それは、感謝でしかない。
南北朝時代を学ぶことは、大東亜戦争で関東軍の思想を知ることにつながる。「建武の新政」で、後醍醐天皇が成し遂げたかった王の道は、人の心の移り変わりによって、夢潰えることになった。これは、1300年頃の話しだ。
しかし、後醍醐天皇の不屈の精神は、時代を超えて、江戸幕末に復活することになった。それこそ、昭和初期の軍人たちには、後醍醐天皇の怨霊がのりうつったようにもみえる。いったい、後醍醐天皇はなぜそこまで「王道」にこだわったのだろう。
足利尊氏は『人の心が移り変わってしまったので、後醍醐天皇が目指す「公家一統」の世はつくれない。なので、決して、北条氏の二の舞にならないので、「公武一体」の体制をつくりたい』と語っていた。
足利尊氏が語った「人の心は変化するもの」という、視点で時代の移り変わりをみてみると、妙に納得するものがある。では、どのように変化してきたのか、今後どのように変化するのか。そのようなことを考えることは、現代人にとっても大切なことだろうね。
その答えは、きっと「バカの壁」を越えたところにある、じぶんの常識をとりはらった思想になるわけだから、それこそ、生きる意味を追求する人類にとっての大いなる課題となるね。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?