パイレックスとは
パイレックス(Pyrex)といえば、化学実験のビーカーや台所のグラタン皿を思いだすかもしれません。パイレックスは米国コーニング社が開発したガラスのブランド名です。一般名は硼珪酸ガラスです。英語でborosilicate、ガラス作家の間では簡単にボロとも呼ばれます。よく「耐熱ガラス」と言われるように、急熱急冷に強いのが特徴です。パイレックスという名はこの種のガラスの代名詞になっていますが、硼珪酸ガラスのブランドは実は他にも色々あります。
もとはといえば、19世紀末のドイツで、精密レンズ用のガラスを開発する過程で発明されたものだそうです。(Otto Schottによる。Schott社も硼珪酸ガラスで有名。)ヨーロッパでは寒暖差で割れにくい街灯を作るのに使われました。
この硼珪酸ガラスの可能性に目を付けたコーニング社も続いて研究を重ね、街灯のアーク電球、そして特に厳しい気象条件に耐えられる鉄道の信号などが生産されました。1910年代になると主力だった鉄道信号の売り上げは失速しましたが、耐熱性・耐薬品性に優れた容器としての利用開発が進みました。最初に調理器具として使うことを進言したのは研究チームの教授の妻で、彼女は夫に頼んでバッテリー瓶(四角い形をしている)を持ち帰ってもらい、それを使って見事なケーキを焼いてチームを唸らせたとか。この時の製品には鉛が含まれていたため、調理用・食器用に成分を変更して改良をかさね、1915年にいよいよ「パイレックス」のブランド名とともに製品化されました。
前の記事で述べたように、サンダーランドのJames A. Jobling社がイギリス連邦でのライセンスを取ったのが1921年。そのほか、現在までに世界中でいろいろなパイレックス製品が作られています。鍋、皿、ティーカップ、フラスコ、温度計、パイプ、置物・・・などなど、用途も大きさも様々です。半製品つまりガラス管やガラス棒も各種あります。
ここでよく説明しておきたいのは、古くても新しくてもどこでつくられたどんな形の製品でも、パイレックス同士なら(硼珪酸ガラス同士なら)、融かして形を変えたり接いだりすることができるということです。
例えば、古道具屋で買ってきた古いフラスコを丸底から平底に変えるとか、取手をつけて急須にするとか、何でもあべこべにつないでオブジェにするとか、そういう芸当が可能です。一旦作ったものを何日も置いておいて、やっぱり違う取手にしようとか丸底に戻そうということもできます。
一般に、ガラス工作において温度管理というのは非常に重要で、急熱急冷がすぎたり不均一であったりすると簡単に割れてしまいます。硼珪酸ガラスでもそういうことはありますが、他のガラスに比べて割れずに耐えられる許容範囲が広いと言えましょう。
さて、丁寧に硼珪酸ガラスの説明をした理由は、ボトルシップの材料がこの種類のガラスだからです。例外はほとんど見たことがありません。部分的な追加工作ができるからこそ、繊細な船をボトルに封じるという曲芸が可能なのだと思います。
そういう技術的な面はさておき、古いパーツを新しい作品にいかせたり、昔の人の作りかけを引き継いで完成させたりできる点にも魅力を感じます。倉庫に20年も置き去りにされた部品を譲り受けてボトルシップを作ったことがありますが、昔の職人さんに見られているような、あるいは見守られているような、なんとも不思議な緊張と感動でいっぱいになりました。
(注意)現在、「パイレックス」ブランドのキッチン用品(グラタン皿など)には、強化処理されたソーダガラスでできたものがあります。自分でガラス工作してみようという場合、ボロだと思い込んで扱うと思わぬ目に遭いますからよく確認してください。もちろん、本来の用途で使用する場合は問題ありません。
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