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和の心コズミックスピリット㊴

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■敷居を踏むことは神さまを踏むに等しい


では本題の日本の伝統民家の内部空間におけるこの角度に視点を向けましょう。私たちの住まいにおける十寸勾配の方向には鴨居の上の空間がありましたが、下方への十寸勾配の方向にもあるものがあります。

それは鴨居と対となる鴨居、あるいは敷居の下の空間です

日本にとって敷居とは何だったのでしょうか。日本では昔から敷居を踏むことは神さまを踏むに等しく、繁栄を阻まれると教えられてきました。

もちろん敷居が大切なのは日本建築にとって敷居は構造上も柱に次ぐ要であり、敷居を踏むことはその要を傷ませることに通ずるからでもあります。

ですが日本建築にとって柱が構造上の中枢であるのと同時に霊的中枢でもあったのと同様、敷居もまた霊的な要でもあったのです。

日本にはその昔、人間は7歳になるまでは神さまのものと考えられ、7歳以下の子供が亡くなった時には、お墓ではなく家の敷居の下に収められる習慣がありました。

敷居を踏んではいけないという発想は敷居の下がこのような年少の魂を象徴するからでもあると言われています。


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■私たちの心の深層は空間的関係性と密接に関連している


縄文時代の人々は、胞衣(えな)を(胎盤など一説では亡くなった赤子も)竪穴式住居の入口に埋められていました。

これは住居の入口が子宮の入口を象徴していたからですが、敷居は部屋への入り口であることを考慮すると、同一の認識が受け継がれていたと考えられるのです。

日本建築の敷居の神聖観にはこのはるかな時代からの子孫を思う心の伝統が引き継がれているのです。

赤ちゃんを常に自分と同じ高さに置いて、同じ目線でしか対応しないようにしたとします。ちょっと想像しただけでも、いとおしさを込めにくくなることがわかると思います。

人間の心情が空間的関係性といかに密接であるかがわかります。上方十寸勾配の方向に意識を向ける時、そこに何もなくても崇高な気持ちになりやすいのと同様に、下方十寸勾配への空間的関係性は、育む側としての慈しみの心を発現させやすい性質があります。

赤ちゃんを抱くお母さんの視線は自然に斜め下にきます。この角度に視線を送る時、自然に伏し目慈眼(やさしいい眼差し)になりますが、心も自ずと自愛の心になりやすいのです。

私たちが想像する以上に、私たちの心の深層は空間的関係性と密接に関連しているのです。


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■住まいというものは利便性のみが大事ではない


日本の伝統建築にはこの心の深層を育む空間的関係性が配慮されていたことに気付かされます。人間が尊い心に育つためには大きな愛に包まれることと、包むことの両方が必要です。

私たちは祖先や自然の力に育まれて成長し、子孫を育むことでまた成長します。この両方向の営みは人間の魂が人間らしく幸せに豊かに育つために欠くことのできない条件と思われます。

鴨居と敷居があることで日本民家の柱はしっかりと揺るぐことなく家を支えますが、この仕組みは私たちの心をも揺るぐことなく育んできたのではないでしょうか。

住まいというものは単に利便性がよければよいのでしょうか。

心にとってどんな住居であるのか、私たちの祖先はそのことを第一に家というものに向かい合ってきたように思わされます。

(続く)



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続きものになっているので、興味がもてた方は最初から読むとより面白いかと思います(^-^)

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