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テキトーでいいの。生きてりゃいいのよ。

めっちゃ雨です。
今朝5時、土砂降り。
わんこ、後から行くわーと躊躇したまま朝ごはんを食べ、夫が出勤。

カッパを着てフル装備で2階から降りてきた。

カッパ着たし、僕行くわ。


いつも、外でカッパ着用なのに、宅内で装備。。。。

も、もしかして私が躊躇した瞬間に彼の中では「僕が行く」に決まっていたのかも。


すごいよね。
妻のためにとかと言うよりも、今自分がどうすればいいかってことを考える人なんだ。

妻のためにって言うのは一つの要素であって、目的ではない。
妻に喜んでもらおうと言うことが目的であれば、もしかしたらそれは達成されない場合もある。

でも、彼にとってそんなことは目的ではない。

じゃあ、何が目的か?

多分思うに、、、
自分を活用すれば、ことが治る。

つまり、わんこの排泄が促されて、今日を進めることができる。
そして、その結果、'妻が雨に濡れなくて済む。

僕を活用することで、ことがスムーズになる。


こんな感じかな。
過去、、、、
もしかしなくても、彼はこれを念頭に置いて生きて来たかもしれないなー。


しかし、随分と落ち着いた気がするよ。
もれが、早回しの時は、あまりの急ぎ感?「前へ前へ、早く早く」があり過ぎてしんどかったもん。

それも、これも、わたし自身なんだよねー。。。。


御見送りのタイミングで彼はこう言った。

お姫様やから、雨の中外に出されへん


と。
冗談なんか?
いや、彼はね結婚当初こんなこと言ったんです。


床の間に飾っとく


と。
それ聞いて、閉じ込められるなんか嫌や!
と、反発して生きてきた。
いろんなことやらかすのも、相談せずに決めてしまうのも、止められるのが嫌なのもあるが、どこか「見返してやる!」って気持ちがあったんだろうなーって思ったね。

一体、誰に向かって「今に見てろ!」ってやってるんだよ、おいわたし!

ってね(笑)


朝から、聞いてた「岡田斗司夫氏」。岡田氏の話す内容、切り口や見方が面白いなーって。でね、


ホリエモンの説明?の放送の中で「人生に意味がないことを恐れる」って箇所があったのね。
ホリエモンが怖いのは「死ぬこと」なんだって。それから逃れるために、忙しくしていて、目の前のことを一生懸命やってりゃ怖いことを考えてる暇はなくなるんだって言う話。

なるほどー。
確かに、そもそもぐだぐだと悩んだり、しょうもないこt考えてる時点で「暇」なのは自覚してる(笑)

生きてないといけないからその間の暇つぶしが人生なんだよねーってほんとに思うもん(笑)


いっぱい自分のこと、掘り返してみて自覚して「修正なんて必要ない」と突き当たり。
じゃなに?ってんで「ただ認識するだけ」と突き当たり、やっぱり「あーそうだね」と突き当たった。

自分のこといつまでも「期待」して「妄想」してる笑

ダメでもよくもなくて、あーそーだね。。。


夫がね、お湯をポットに入れるのね。
で、入れ過ぎたり、熱湯だったりしたら、ポットの口からポタポタ落ちて来るのね、雫が。

で、自分の湯呑みを下に置いて、その雫を受けてる。


今朝はお湯が多く入ったのか、ぽたんぽたんしてるわけ。

水の動きって、飽きないでしょう?
ずっと、落ちる様を見ていてたら、とうとう雫の跳ね返りが、湯呑みの外に飛び跳ね出したの。

すると、テーブルにお湯が飛んで来るようになってきた。

わたしの頭の中では
・飛んだ雫を拭くこと
・ポットのお湯を蓋を空けて少なくすること

こんな風なことだけが浮かんだのね。


でも、彼は次の瞬間わたしの想定から大きく外れた動きをしたのだ。


それは、、、
湯呑みのお湯を少し飲んで、ポットの上部を押してお湯を湯呑みに入れたのだ。


え?
何したの?
問題の解決に遠くない?
え?


読んで入方はお分かりでしょうが、わたしには夫の行動が「それが解決に見えなかった」のだ。
いや、じぶんが理解できなかっただけで、実はその対策が一番近道で、一番簡単で、一番操作的にぴったりなことだったのだ。

「上から押して、お湯をコップに注ぐこと」が、ポットが求められてる「出来ること」だもんね。

自分がこの動作を考えなかったことに正直、愕然とした。


夫氏は、もしかして、ずっと「最短」をやってきたのかも知れない。

何手先まで考えているのだろうか?
いつも、ロジックがあるのだ。

お皿にどれくらいの残りを置いておけば、わたしが食べ切れるかまで計算して、残しておくのだ。

食べるのが遅い妻への配慮といえばそうかも知れないが、、、

いつも、計算されているわたし。


きっと、行動や思考が単純なんだろうな。



複雑で、繊細で、脆くて、壊れやすいんだと思っているのは「自分だけ」なのだろうな😆


彼の手のひらで転がされていると思えば、何にも怖がる必要もないな。うん。

そうそう。
人生に意味がないことを証明されることを恐れるなんてさ、いったい誰にしょうめいするのさ?
そして、意味がなくてもあっても、事実「今生きてる」ってことだけだもんね。

で、、何言ってても結局「生きてるじゃん」って話。


好きでいることを選択しなくても
そうやって調和の世界に住んでるわけで、
わざわざやることなんて何にもないのさ。

太る努力
嫌われる努力

辞めりゃいいのさって(笑)

なんかウケた。
自分の中で「改善したい」と思ってることって、わざわざやってる努力をやめよう。
反省を止めると一緒やね。

改善しないと、反省しないとって思ってることって、誰かが作った基準であって自分にとっては違うもんだしね。


そんなもん基準として採用しなくてよろし。


テキトーでいいのよ。
わざわざ「自分の親切」押し付けて嫌われたり、いい人になろうとして踏ん張ったり、しなくていい。
テキトーでいいのよ。

自分にもね。
生きてりゃいいの。



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