エレシュキガルの名前

そういえば前に調べてたことだいぶ整理がつきました。𒎏の字の読み方問題。

※ちなみにこのときは気づいてなかったんだけど、NINの字(𒎏)はユニコードに追加収録されて入ってましたね。

英語版wikipediaではエレシュはアッカド読みとしてるけど、どうもそうじゃないようです。
https://en.m.wikipedia.org/wiki/NIN_(cuneiform)

古くはイギリスの聖書学者チャールズ・フォックス・バーニィが1909年にエレシュをセム語由来の読みとして、エレシュキガルはセム語とシュメール語を組み合わせた名前の実例だとしてます。
C. F. BURNEY, OLD TESTAMENT NOTES. I. THE ‘SIGN’ OF IMMANUEL., The Journal of Theological Studies, Volume os-X, Issue 40, July 1909, Pages 580–589,

おそらくこの時代にはエレシュキガルの名前の証拠がテル・アマルナ版「ネルガルとエレシュキガル」(エレシュキガルの名をe-re-eš-ki-i-ga-a-alと音訳表記していた)しかなかったので、NIN.KI.GALのシュメール語読みはニンキガルで、エレシュキガルと読むのはアッカド語ないしセム語由来と考えていたんだろうと思うわけです。たぶん。

ただしその後発見された古バビロニア時代の語彙表Proto-Eaにはこの字𒎏にni-inとe-re-ešの二つの読みが当てられてます。同様にEmarの語彙表でもe-re-ešと読まれ、さらにアッカド語beltu(貴婦人)との訳も付されています。さらにはエブラの語彙リストにもú-ru₁₂-šúmという読みが見つかってる。

これらの例からジャンニ・マルケージ(2004)はメソポタミア全時代を通じてエレシュがこの字の基礎的な読みであったとし、またエレシュと読む場合とニンと読む場合では意味の違いがあったとします。エレシュはアッカド語のベールトゥ(貴婦人)ないしシャルラトゥ(女王)にあたり、一方でニンは「女主人」や「持ち主(の女性)」に使われるとしています。たとえば女神イナンナの美称、ニンメシャルラ(全てのメの持ち主)のように。
Marchesi, Gianni. “Who Was Buried in the Royal Tombs of Ur? The Epigraphic and Textual Data.” Orientalia 73, pp. 153-197 (2004): n. pag. Print.

そうなると他のニン(NIN)の字を持つ女神はどうなんだ、ニンシュブルじゃなくてエレシュシュブルだったりするのか……。となるわけで。たぶんマルケージの主張は実際そうなんだけど、いまのところそこまでのコンセンサスはないようです。


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