FGOで学ぶ楔形文字 ギルガメッシュ編

こんにちは。ゆーです。
2017年にたまたまメソポタミア文明とFGOに同時に興味を持って、当然の如く第七特異点で完全に撃ち抜かれて以来メソポタクラスタのはじっこでブヒブヒしてたのですが、どうもメソポタミアの神話とか言語とかよりもそこで使われてた楔形文字の方に興味が偏ってるらしいです。
最推しはエレシュキガルで2推しがイシュタルで3推しがスペースイシュタルで4推しが楔形文字で5推しがエリザベート・バートリー的みたいな感じだぞ。
さておき、以前こんな資料をつくったんですね。

メソポタ鯖の名前や宝具名を楔形文字で書いてみたいあわよくば触媒にしたい、っていう、純粋な向学心の結晶でありました。

それから結構経ちまして、楔形文字についてももうちょっと詳しくなったし、もう一度調べ直してみよっかなーっていうのが今回の企画意図です。まずはギルガメッシュから行くぞ。

いうて言語学も歴史学も何らの専門的訓練を受けていない、ど素人のグーグル学問ですので、ゆめ信用はなされますなよ。なるべく情報源は書くようにしますのでなにとぞ。ご指摘はガチ大歓迎でございます。

楔形文字で綴るギルガメッシュ

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楔形文字でのギルガメッシュの綴りはかなりバリエーションがあるのですが、最もスタンダードなのがこの形です。紀元前13世紀ごろに成立した標準バビロニア版ギルガメッシュ叙事詩に見える綴りで、書体は新アッシリア時代(紀元前10世紀~紀元前7世紀ごろ)のものです。この書体は楔形文字の歴史の中ではかなり新しい部類に入りますが、非常に多くの粘土板が残されていて、字形も洗練されていて、漢字でいえば楷書のようなものです。

FGOの英雄王を綴るのに新アッシリア時代の書体は新しすぎるかなーって、以前は思っていたのですが、アニメ「Fate/Grand Order -絶対魔獣戦線バビロニア-」には新アッシリア時代に作られたイシュタル門も出てくるし、2019年の年末に配信された「カルデア放送局 Vol.12」のウルククイズでもこの字体でギルガメッシュの名が綴られてるので、安心して使っていけます。

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(ちなみに①はne-ru-ku-ra-u-de-i-u-su、②はu-zi-ma-an-de-i-a-su、③はa-ru-tu-ri-a-pe-en-du-ra-gu-unと読めます)

なお、ちゃんと確認できていないのですが、バビアニのブルーレイのパッケージ裏?にも少し違ったデザインでギルガメッシュの楔形文字が使われているらしいです。

最初の画像で楔形文字の上にある{d}GIŠ.GIN2.MAŠとあるのは、この綴りをラテン文字で表したものです。楔形文字の4つの文字を表現しているのですね。最初の肩付きのdは、その名前が神に属するものであることを示す神性符号(ディンギル)です。その次の3文字はそれぞれ単体ではギシュ、ギン、マシュと読む文字です(Šはシュと発音します)。ディンギルは発音しないので残りの3つの文字を単純に読むとギシュギンマシュとなるのですが、歴史的経緯により、当時はこの文字の組み合わせでギルガメッシュと読んでいたことがわかっています。

楔形文字で綴るギルガメッシュの宝具

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英雄王ギルガメッシュといえばこれ、乖離剣エアから放たれる最大最強の対界宝具です。エヌマ・エリシュとはバビロニアにおける創世叙事詩を記した神話の名前として知られる言葉です。メソポタミアでは文書の最初の一節をその文書の名前として扱う習慣がありました。清少納言の随筆集といえば「春はあけぼの」、みたいな感じです。エヌマはアッカド語で時、エリシュは上を意味します。この神話の冒頭部分はエヌマ・エリシュ・ラ・ナブー・シャマームと続き、「上にあるもの(天)がまだ名付けられていないとき」という一節から始まります。天と地が分かたれ世界が開闢する物語の名を持つ宝具というわけです。

楔形文字にSumerian、Akkadianとあるのは、同じ文字をウル第三王朝期(紀元前2000年ごろ)の字形と新アッシリア時代(紀元前1000年頃)の字形でそれぞれ表記しているものです。

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続いて第七特異点での活躍が印象的な王の号砲を見ていきましょう。メラム・ディンギルという言葉そのものはメソポタミアの神話には出てきませんが、意味は明白です。どちらもシュメール語に由来する単語で、メラムは光り輝くもの、ディンギルは神を意味します。合わせて、直訳すると神の威光といったところでしょうか。メラムは以前の資料ではme-lam-meとしていましたが、me-lam2のほうが用例が多いので今回はこちらで書いています。

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弓ギル、術ギルときたら次は子ギル君だ! といってもゲートオブバビロンはほとんど英語なのであんまり面白くない……というわけで、ギルガメッシュに千里眼をもたらす常時発動型宝具、全知なるや全能の星をチョイスしました。マテリアルにシャ・ナクパ・イルムと読みが振ってあるのですが、これは明らかにギルガメッシュ叙事詩の冒頭の一節、シャ・ナクバ・イムル(深淵を見たる人)に対応するものでしょう。2語目の発音をナクパとするかナクバとするかは研究者によってわかれるようです。3語目はギルガメッシュ叙事詩的にはイムルで異同ないですが、宝具名はイルムです。上の楔形文字はイムルと書いていますので、気になるかたは楔形文字の最後の2字を入れ替えてください。

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これは新アッシリア帝国のアッシュールバニパルの図書館から出土した標準バビロニア版ギルガメッシュ叙事詩の第10巻の画像です。(写真ではなく、読みやすいように研究者が書き写したものです)各粘土板の末尾には奥付として粘土板のタイトルや書記の名前、次巻の冒頭の言葉などが書いてあるのですが、その部分を拡大したものです。よく見ると、シャ・ナクバ・イムル、そしてギルガメッシュの名が読み取れるはずです。

ギルガメッシュの綴りの変遷

ギルガメッシュにあたる名前で最も古いものは、ファラという遺跡で発掘された紀元前二千数百年ごろ、シュメール初期王朝時代の神名表に登場します。当時のファラはシュルッパクという名前で呼ばれていて、場所はチグリス川とユーフラテス川のちょうど中間、ニップルの南、ウルクの北に位置します。第七特異点でいえば北壁の城塞のあたりなのかな? 山の翁が名乗ったジウスドラはギルガメッシュ叙事詩では大洪水以前、この都市の王だったとされています。

この神名表には{d}.GIŠ:BIL:PAP.ga.mesという名前が記されていました。これがギルガメッシュに繋がる名前の最も古い形とされています。少し説明が要りますね。{d}、GIŠ:BIL:PAP、ga、mesがそれぞれ一区切りの文字を表しています。{d}は神性限定符というもので、神の名前に必ずくっついている文字です。普通は肩つき文字で表現するのですが、noteでは難しいので{}でくくっています。ga、mesのような小文字の記号は、そのように発音する文字が書かれていることを意味しています。一方大文字の記号は、その文字が書かれているけども、発音がその通りとは限らないことを意味します。また:で区切った記号は、それらの文字が組み合わされて一つの文字とみなされていることを示します。ここでは、それぞれ単体ではGIŠ(ギシュ)、BIL(ビル)、PAP(パプまたはパ)と読まれる記号が組み合わさった文字が書かれているけども、読みはわからないということになります。漢字でいえば、認という字を示すのに言と刃と心に分解してゲン:ジン:シンと書き表すような感じです。

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さて、現代の研究ではこのGIŠ:BIL:PAPの部分はpabilga、パピルガと読むとされています。後ろのga.mesとあわせて、この名前は(神)パビルガメスと読むことになります。名前の意味としてはざっくり「祖は英雄」となるのですが、当時信仰されていたパビルサグ神にも由来すると言われています。パビルサグ神は後の時代のバビロニア天文学では星座の名前にもなるのですが、これが黄道十二宮の射手座の原型です。あっそれでアーチャーなのね……完全に理解した。

次に見つかるのはファラの神名表から少し後の時代、紀元前24世紀のペルシャ湾岸にあったラガシュという国の行政文書です。ビルガメス神にまつわる祭祀施設があったようで、地名の一部に{d}.GIŠ.BIL2.gim2.mesという綴りが残されています。

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この時期には綴りからPAPの要素が消えて発音もビルガメスに変化したと考えられています。「ビルガメスとエンキドゥ」「ビルガメスとフワワ」「ビルガメスと天の牡牛」など、後のギルガメッシュ叙事詩に繋がる物語が多く残されているのがこの時代です。見つかっているビルガメスの綴りにはいくつかのバリエーションがありますが、最も多いのは{d}GIŠ.BIL2.ga.mesです。GIŠ.BIL2を一文字としてbil3と名付け、{d}bil3.ga.mesと記載している文献もありますが、楔形文字の綴りは同じです。

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ビルガメスがギルガメッシュに変化したのは、前二千年紀の初め頃、シュメールの人々が衰退し、楔形文字文化の担い手がアッカドの人々に移り変わってからのようです。(あ、前二千年紀っていうのは紀元前2000年から紀元前1001年までの千年間のことですよ。)発音が変わっても綴りに反映されるとは限らないので実際の発音の変化の時期はなかなかわからないのですが、音節表記(ヨロシクを夜露死苦って書くような感じのやつ)で書かれた一部の名前にge-el-ga-mi-išとか{d}gi-il-ga-mi-išと綴られたものがちらほらと見つかるのがこの時期です。

ででで、じゃなんでそれが標準バビロニア版ギルガメッシュ叙事詩では上に書いたようなGIŠ.GIN2.MAŠになってるのか。それは、まあ、なんやかんやあってな……。

いやいやちゃんと経緯はあって、みんな大好きアンドリュー・ジョージ先生の御本(2003)にいろいろ書いてあるんだけど、私が理解できてないのだ……。ここにこうやって書いておけば誰か教えてくれるんじゃないかと期待してる次第です。でも一応説明のわかるところをつまみ食いして書いてみますね。

どうもこの表記は中期バビロニア時代に登場して、その後一般化するような感じです。

GIŠはGIŠ.BIL2のBIL2が省略されたものです。発音の変化に合わせてG音の部位が選好されたのか、単純に字形が簡略化されただけなのか。(これはどちらも私の想像です。)
GIN2は、字形は変化していますが、これはラガシュの行政文書にあったgim2と同じ文字です。ジョージは非常に古い綴りが辺境地域で保存されていたものが蘇ったものかとしています。
MAŠは単純にメスからメシュへの発音の変化が反映された形と思われます。

ざっくりですがたぶんこんな感じ。

先に書いた通り、この綴りが標準バビロニア版のギルガメッシュ叙事詩に採用されて、現代でも標準的な綴りとされています。

本稿に記載したギルガメッシュの名前の綴りの原資料についてはアンドリュー・ジョージ(2003 pdf)を参照してください。

ユニコードでのギルガメッシュ

時間切れにつき、この項は書ききれませんでした……。ギルガメッシュの綴りはPC上では𒀭𒄑𒂅𒈦と𒀭𒄑𒂆𒈦のどちらが適切なのかっていう、個人的にはめちゃめちゃ熱いテーマなんだけど、果たして需要はあるのでしょうか。

楔形文字集

コピペできるように、本稿に出てきた楔形文字を書いておきます。noteだとフォントを指定できないから、お使いの機種やOSによっては表示できなかったり、シュメール風の字形になってると思いますが、使えるようなら使ってくださいませ。

{d}GIŠ.GIN2.MAŠ 𒀭𒄑𒂅𒈦または𒀭𒄑𒂆𒈦
e-nu-ma e-liš 𒂊𒉡𒈠𒂊𒇺
me-lam2 dingir 𒈨𒉈𒀭
šá naq-ba i-mu-ru 𒃻𒅘𒁀𒄿𒈬𒊒
{d}PAP:GIŠ:BIL.GA.MES  𒀭𒉽𒄑𒉈𒂵𒈩
{d}GIŠ.BIL2.gin2.MES  𒀭𒄑𒉋𒂅𒈩
{d}GIŠ.BIL2.GA.MES  𒀭𒄑𒉋𒂵𒈩

参考文献

Andrew R. George, The Babylonian Gilgamesh Epic: Critical Edition and Cuneiform Texts, 996pp, Oxford University Press (England) (2003) ISBN 0-19-814922-0.

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