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『Serial Experiments Lain』 アニメ版感想

 本投稿では、『Serial Experiments Lain』のアニメ版をみて感じたことを書き散らしていこうと思う。最初に感じたことを書くだけなので、今後もっと裏を取って検証した記事を投稿するかもしれないし、しないかもしれない。ここに書くのはすべて私の勝手な解釈である。
 本投稿は視聴前提なので、気にする方は先に視聴することをおすすめする。Amazonではカルトホラーと銘打ってあるが、そんなことはないように思える。むしろ普遍的な実存の苦悩を描いていると感じる。個人的には終わり方が結構お気に入りである。

https://www.amazon.co.jp/gp/video/detail/B076QX3NC8



1.プレ現代という時代性

 時代を先取りした作品とよく聞くが、私にとっては第一に2020年現在と1998年当時の違い、過ぎたであろう時間を強く感じさせるものであった。確かにある一面ー例えば技術ーで時代を先取りしているのはわかるが、精神性という点ではプレ現代という感じを受けた。私にとってはむしろそちらのほうが印象に残った。私の感じたプレ現代の感性とは何か、ここでは、視線の観点からそれを説明しようと思う。
 ここでポスト現代とは2010年ごろから2020年、プレ現代とは私の知らない、ポスト現代的ではない1998年ごろの時代という程度のふわっとした意味である。

 私が視聴していて最初に気になったのは玲音や他の登場人物が他者の視線にさらされるという描写が繰り返されるという点であった。例えば、序盤では学校への登下校の際、黒服の男が電柱に隠れて玲音の様子をうかがっているシーン。玲音と黒服の男の間に剣呑な空気が漂っていた。また、黒い車に乗った誰かが夜外出する玲音を車の中から見ているシーンや家でワイヤードに接続しようとする玲音を監視しているシーンもあった。玲音以外の登場人物では、二話でスマートドラッグ、アクセラを摂取した人や第四話でワイヤード上でファントマというゲームをやっていた子供などが得体の知れない他者への恐れを訴えていたと思う。

 このような自分の知らない誰かが自分を見ている、のぞき込んでくる、追いかけてくるという感性、これはポスト現代においてなくなったとまでは言わないにせよほぼ消失した、プレ現代に特有の感性ではなかろうか。少なくとも私にはその感覚はあまりなじみがなかった。どういうことか説明するために少し唐突に思えるかもしれないが、モダンの自己の成立に付随する自己の危機について軽く説明しておこうと思う。

 モダンの自己は自立せよという命令を結果的に自ら選択したものとして受け入れることで最終的に成立する。この命令は青年期にやってくる。多くの場合、この命令はそれとは気づかれないままやってきて、消えていく。事後的にあれが自立せよという命令だったのだとわかるだけだ。だが、時折この命令自体に触れてしまうものがいる。触れる、とは自立せよという命令に抗う、つまり自立しないという選択をする、という意味ではない。抗っている時点ですでに命令自体は受け入れているからである。そうではなく、触れるとは、この命令自体に根拠がないことを暴くことである。ここにモダンの自己が成立するまでに自己が直面する危機がある。
 その命令に根拠がないことを暴くとき、未完成な自己は命令の圧倒的なリアルさに触れてしまう。その生々しさに語るべき言葉が見つからず、自分のもとにだけ来たかのような予言を前にして孤高の高みに上らざるを得ない。自分だけがその秘密を知ってしまったが、具体的に何であるかはわからない。命令は自分の知らない他者の姿を借りて、自分の起源(他者の痕跡※1)を抉り出してくる。かつて自己を呼び起こした他者のまなざしとは異なって、その命令はいつまでたっても自分のもとから去らず、どこかから自分を見ている。自分の知らない誰かが自分を見ていて、自己をのぞき込んでくる……。これが青年期の自己の危機である。

 一方でポスト現代では超越的な審級(’歴史’とか’宗教’、’自由という理念’、'神'など)が地に落ち、論理的飛躍(決断という契機といってもいいかもしれない)という切れ目が存在しなくなったために、自己を形成するための強制された選択をもたらす命令が消滅し、自己が立ち上がらなくなってしまった。もはや自己が他者に呼びかけられることはないのだ。では自己は消えるのか?少なくとも、すぐには消えない。社会が責任を取る自己の存在を前提に構築されているからである。つまり、自己は先験的に与えられるようになる。
 閑話休題、それは本当か?と思うかもしれないが、先験的に与えられた自己の兆候は現代でよく目にすることができる。あるものごとに対して誰も責任を取らない総無責任社会である。先験的に与えられた自己がなし得ることはなにか?与えられたデータからアルゴリズムに従い、選択肢を形成し、どれが良さそうという結論を導くことである。選択肢のうちからどれかひとつを選び取ることはできないし、責任を取ることはなく、そもそも責任を取れない。現実的なものと言葉を介してつながろうとしない自己にできることなど、口先だけで聞こえの良いことを言うことだけだからだ。
 本題に戻ろう。自己がアプリオリ化してしまえば、自己を確立するために様々な過程を経る必要がない。危機を伴う過程を経る必要がなければ、自己の成立に付随する危機もなくなり、私の知らない私の秘密を私の知らない人が知っているという感覚を抱く可能性も消える。つまり、他者のまなざしにおびえる必要はなくなる。
 要するにポスト現代においては、自己を立ち上げる命令に権威を与える超越的なものが完全に消滅したためにこの命令自体に圧倒的な力はなく、したがって自己は危機に陥ることがなく(必要もない)、知らない誰かに起源を見られてしまうという感覚はあまり共有されないのである(むしろ誰かに見てほしいという感性のほうが一般的ではないだろうか?)。

 『Serial Experiments Lain』では、自分の知らない誰かが自分を見ている、のぞき込んでくるというイメージを繰り返していた。そのイメージを繰り返すからにはそれを産み出す時代性を反映しているわけで、私はここにプレ現代を感じたのである。当然私が勝手に想像する”当時”であり、私には当時を知る由もないのだが、いまだったらこういう想像力は働かない気がする。


 今思ったことだが、モダンの自己の成立史として『Serial Experiments Lain』を捉えてみるのも面白いかもしれない。


※1 自己は他者からまなざされることで立ち上がる。そのまなざしはいくら優しさに満ちたものであっても強烈なものであり、それは立ち上がったあとの自己に隠蔽された傷を残す。この隠蔽された他者の痕跡がここでいう自己の起源である。


2.少女の孤独な闘い

 視聴するなかで『Serial Experiments Lain』に私が惹かれたのは時代性とか時代の先取りという観点というよりも、数奇な運命によってこの世に生を受けてしまった少女玲音という視点であった。

 最終話EGOでは、玲音は親友のありすのために玲音という存在を現実を世界からデリートし、すべてをリセットする。そしてれいんとの対話の中で最終的には見るという特権的な地位すらも捨てる。世界に遍在していたものを汲みだして生まれた玲音とはいえ、実体をもって現実世界を生きるうちに人とのリアルなつながりの中で、その起源とは異なる性質をもつひとつの生になっていたのである。玲音は玲音であって玲音ではない。


 どこでもない暗い世界に取り残された玲音。玲音以前の玲音であるならば次のセリフは出てこなかっただろう。

「私はどこにいるの?」

 そうつぶやくシーンの直後に玲音の父親が玲音を暗い空の裂け目から見下ろしたのちに空で父親と会話するシーンが挿入される。
 思うにこの父親は父親の姿を借りた真の神なんじゃないだろうか。ある目的のために作られ虚構の家族の元で育った幼気なリアルの少女の身を憐れんで真の神が降りてきたのである。真の神がいるかもしれないという可能性は12話LANDSCAPEラストでの英利との会話で示唆されているように思える。

玲音「それ(プロトコル7にあるコードを埋め込むことで集合的無意識を意識へと転移させるプログラム)本当にあなたが考え出したことなの?」
(中略)
英利「まさか本当に神がいるなどと」

 父の姿を借りた神の前でみんなのことを好きだと泣きながら示唆する玲音。最後は誰でもない遍在する存在に戻り、リセットした世界で自分のことを知らないかつての親友ありすと挨拶を交わす。そのあと玲音は、いつだって会えるよと、つぶやく。

 玲音のささやかなる願いは自身を消し去ることでしか成就せず、その思いは決して届かない。


3.玲音は自己の起源かもしれない

 この投稿を書いている中で思ったのだが、もしかすると、玲音は人の自己の起源と捉えることできるのではないだろうか。だから作中の人々は玲音(あるいはLainやレイン)を見て、恐れおののいていたのである。そこで彼らは自己の起源をのぞき込んでしまったのだ。ネットを通じたコミュニケーションをとるうちに、本来剥き出しになってはならない自己の起源が”私”を離れ、ネットワーク上を回遊し、”私”と交流を持とうとしてしまった。これが『Serial Experiments Lain』で起きた悲劇なのかもしれない。
 一人ひとりの自己の起源たる玲音が”私”の幸せのためにできることは私から隠れ、いつまでも決して触れられない起源であり続けること。だから玲音は遍在している。ラストはそれを示唆しているのだ。

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