短編「テーマ:祭」

 お盆の慰霊祭と言えば地元の一大イベントの一つで、中学生の頃は夏になると「誰が誰を誘うらしい」とか「誰が誰と付き合ってる」なんて話題で周りが少し騒がしくなるものだった。ただ高校生にもなると行動範囲は広がるし、部活も受験も忙しいから、だんだんと慰霊祭の話題は同級生の間に広まらなくなっていった。ましてや大学生にもなると地元を離れる人間も多く、慰霊祭の事を皆、忘れているようだった。

 自分もそんな道を辿った人間の一人だった。

 久々に慰霊祭のことを思い出したのは社会人になってから初めての夏休み、お盆の真ん中に実家に帰省した時のことだった。
 社会人になってからの帰省というのは往々にしてやることのないもので、同じタイミングで帰省していた友人と一通り遊んだ後、ともなると帰りの新幹線を待つまでは本格的に暇になる。
 そんな中、近所から聞こえる盆踊りの鼓笛の音で、数年ぶりに慰霊祭のことを思い出すことになった。
 自分は暇つぶしにそこへと行ってみることにしたのだ。

 慰霊祭の会場である広場に着くと、そこには昔と何も変わらない風景が広がっていた。そんな風景を見ている中で、自分はとあることに気付いた。
そういえば自分はこの祭りが随分苦手だった。

 話は中学生の頃に遡る。かつては自分も慰霊祭で騒ぐような学生の一人であった。しかし自分たちの代にはいわゆる不良が多かったのだ。その中でも自分は不良グループの中のナオキという男に目をつけられていて、いつ奴に出会いやしないかといつもビクビクしていた。そして慰霊祭でもそれは変わらなかったのだ。結局のところ、慰霊祭の会場でナオキと出くわしたことはなかったのだが、彼に出くわすまいかとビクビクしていた自分にとって、純粋に慰霊祭を楽しむことは不可能に近かったのだ。

 嫌な記憶というのは一度起こってしまうと、むくむくと心の中を占拠する。その圧迫感から逃げるように、自分は広場の端に植えられた柳の下に座り込んだ。しばらく遠い目で人々の動きを眺めていれば少しは気分も落ち着くだろう。そう考えたのだ。

 浴衣を着た中学生のカップル、袖なしを着て群れる小学生、家族連れ、ちょっとガラの悪いおっさん…そんな人混みを見ていると突然、後ろから声がした。

「兄ちゃん、あんた一人かい?」

振り向くと甚平を着た初老の男性が立っていた。

「え? ええ。」

「そうか。賑やかなんは苦手かい?」

「まぁ、そんな感じです。」

「はは、そうか。俺もそうよ。昔は俺みたいな奴らにも優しい祭だったんだがな。近頃はめっきりやかましくなっちまった。地元に活気があるってのは悪いことじゃねえんだが、どうも俺には合わねえぜ。」

「そーすか…。お兄さんもここら辺の人なんですか?」

「そうよ。この時期に毎年帰ってくるのが楽しみでね。あそこの兄ちゃんなんかも同じなんだ。」

 そういって男性は向こうの柳の陰を指さした。彼が指をさした先を見て、驚いた。そこにナオキが居たのだ。髪を金に染めて、日サロで焼いたような肌をしていても、嫌いな奴というのは目つきで分かるものだ、と思った。
 自分は途端に気まずくなった。

「僕、そろそろ帰ります。明日家に戻らなきゃいけないんで」

 男性にそう言うと自分は立ち上がって、広場を出ようとした。
その時だ。背後から先ほどまでの男性の声で

「なんだ、兄ちゃん。そっちの人だったのか。」

という声が聞こえた。
びっくりして振り返ると、そこには誰もいなかった。
さっきまで向こうの柳の陰に居たナオキも、いつの間にかいなくなっていた。

 広場から出て実家に帰るまでのことはあまりよく覚えていないが、やけに涼しかったことと、月がきれいだったことは覚えている。それと、どこか家の戸口に、しなしなになった精霊馬が飾ってあったこともなぜか印象に残っていた。

 お盆は明日で最終日だ。家々で作った精霊馬も、明日を過ぎれば片づけられる。言い伝えによるとお盆にこの世に来た魂は明日、再びあの世に帰るのだという。

 人々が家の戸口で送り火を燃やす頃には俺も東京に帰るのだろう、と思って歩く路地はやけに暗かった。

 

収蔵です。 人間は所詮、外見と中身だと思っています。