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小説VS漫画 リレー作品:第16話 癌口(小説)

 
 殺した人間が再び目の前に立つ。ありえない話だった。この世界に来るまでは。あいつは俺を見た時、「コワイ」と言った。突き刺さる、言葉が、心臓を抉る。
 俺に抱くのは憎しみではなく、恐怖だとでもいうのか。俺を殺そうとした人間が俺に恐怖するというのか。
 言いようのない不安を孕んだ怒りが湧いてくる。だからといって動けもしない。何もできない。目の前にある現実を受け入れるには、あまりに混乱していた。
 その現実をタイヘイが殺す。正直、ありがたかった。
 受け入れられない事をタイヘイが片づけてくれた。そう思ってしまった。
「ソーイチは人殺ししてないことになったんだよ」
 この言葉も、ありがたかった。何も考えたくなかったから。
 それからクサリが来て、知らない間に眠ってしまった。恐怖がなかった訳ではない。タイヘイに心を許した訳でもない。クサリが隣にいる。友達が。
 それだけで閉じる瞼に抗えなかった。
 
 目が覚めてからしばらく、クサリが作った地図を見ながら移動していた。
「こっちであってるのか?」
「ボクを信じなよ。それより今度は落ちないでね」
「ねえ、何処に向かってるのか僕にも教えてよ!」
 クサリの話によるとペンギンの巣を爆破したせいで、化け物がそこらに散らばっている可能性があるらしい。で大体は生まれたばかりらしく、そいつらは弱いから問題ない。だが一匹だけ長く生きた化け物がいるから気を付けて出会わないようにしたいと言っていた。最後に「いい化け物だったけどね」とも。
 その化け物は俺達よりも先に進んでいるらしく、追いつかないようにゆったりと歩を進めていた。
 俺としては会った事もない化け物より、横を歩くタイヘイの方が怖い。最初に襲い掛かってきてから妙におとなしい。何を考えているのかは分からないが、またいつ襲い掛かってくるか分からないのだ。クサリはタイヘイが俺を助けたと聞いて、一応は警戒をするにとどめている。
 俺とタイヘイが落ちた場所が近づくと、また思い出してしまう。タイヘイに変化はないが、それもまた逆に恐ろしい。
「あれ? 僕が殺した人が消えてる?」
 タイヘイの言葉に地図から目を離すと、確かに沢山あった死体が全て消えていた。死体はなく、血だまりだけが残っていて、その周りに水を飲むように血をすする毛玉がいた。
「これは……まずいかもしれないね」
 クサリが地図に目を落としながら深刻な声で言う。
「何がまずいんだ?」
「いや、ほらこの毛玉って科学者のペットだっていうのは言ったよね。それで死体も消えてるとなったら、近くにまた研究所があるかもしれない」
 クサリの言葉に眉を顰めるが、タイヘイは理解していないようで首をかしげる。
「研究所ってなぁに?」
「お前、ペンギンみたいな化け物には会ってないのか?」
「うーん、殺してきた中にはいなかったかな」
「お前が殺した化け物をつくった科学者がいて、その研究所が近くにあるかもしれないんだ」
「何それおもしろそう!」
 軽く説明したが、タイヘイにはあの科学者の恐ろしさが分からないようだった。
「ソウイチ、どうする?」
「ソーイチ、どうする? おもいきっていっちゃう?」
 クサリとタイヘイが俺に判断を委ねてきた。目的地がこの先である事に変わりはないが、研究所があるならば引き返すのも手ではある。だがタイヘイはそう思っていないようだ。
「ソーイチ! 行ってみようよ! 何が出てきてもクサリと僕で守るからさ! それに研究所って他にもあるんでしょ? だったらここを諦めてもまた何処かで遭遇するんだし今か後かの違いしかないって!」
「ソウイチが行きたいならボクも頑張るよ。それにムカつくけどタイヘイの言ってることも分かる。でも何処にあるか分からない研究所をわざわざ探して乗り込む必要もないから、出来るだけ慎重に先に進んだ方がいいね」
「……じゃあ出来るだけ慎重に科学者に会わないようにしながら先へ進もう。今引き返してもまた来ることになるかもしれないし」
 俺の言葉にクサリが頷くが、タイヘイは分かっているのか分からないふりをしているのかチェーンソーをさすっている。
「まずはここを渡りきろうか」
 クサリの合図でまた薄暗い骨の道を歩き始める。タイヘイはニコニコといつもの笑みを浮かべていた。

 ――――――

 初めて会った時、僕は失敗してしまった。というのもソーイチの隣にいたクサリがまさか化け物だなんて思ってもいなかった。これまで会った化け物は、僕を見るなりすぐに襲いかかってきたからね。そのせいで気付けなかった。挙句、ソーイチと一緒に落ちてチェーンソーの調子も悪くなってしまった。最悪と言ってもいい展開ではあるけども、これも全て準備期間と思えばそう悪くない。ソーイチとクサリ、彼らを守らなければ。最後の最後、僕が殺す最高の瞬間まで。

 ――――――

 急に身体が動くようになった。よく分からないが、こんな事は一度もなかった。逃げ出すなら今しかない。そう思ったオレは出来るだけペンギン共の巣から離れた。その時新入りが付いてきたが途中ではぐれてしまった。その後、珍しい恰好をしたハットを被った化け物に会った。名前はクサリ。面白い奴で「友達」がいるらしい。この世界にきてから友達なんて言葉は聞かない。クサリは会いたくないと言っていたが、オレはもう一度会えたらと少し期待している。
 そんな事を考えて歩いていると、遠くに山が見えた。薄暗くて見にくいが、オレはそれを知っている。
「ここにもあいつらの巣が……」
 ポツリと言葉が漏れる。動悸が激しくなるのを感じる。逃げようと思った時にはもう遅かった。近くから耳障りな甲高い鳴き声が聞こえた。

 ――――――

 そうだ。どうして忘れていたのだろう? 俺の名前は「ソウイチ」だ。俺が何故この世界にいるのかも思い出した。改めて世界を見ると、初めてこの世界に来た時の感情が蘇ってくる。
 気持ち悪いのに違和感が少ない。この世界に俺は順応していると感じる。
「俺はソウイチ……だよな」
 目の前のペンギンに問いかける。返事が返ってくるとは思っていない。だが予想に反してペンギンは俺に答えを出した。
「ソウイチ? それがお前の元の名前か」
「もと?」
「あぁ、お前はそのあたりの記憶が埋めつけられていないのか。お前は恐らく元の人間の時の記憶しか持っていないのだろう? 普通は兵士として基本的な知識は持たされるのだが、やはり中途半端に生まれてしまったのだろう」
「……どういうことだ?」
「お前は人間じゃない。兵士なのだ。我々を守るために元の人間の脳を使って造られたのだ。その服もお前の記憶にある物と違うだろう。他の人間に警戒されず近づくために我々が用意していたものだ。全て我々によって造られた生物だ」
 なるほど。と、すぐに納得してしまった。何処か他人事のような気持ちでもある。これを現実逃避と言うのかもしれない。そんな俺の様子を見て苛立ったのかペンギンが声をあげる。
「どうした! 取り乱したり泣いたっていいんだぞ! お前は人間じゃない! 我々の兵士だ!」
 確かにこいつらに造られたのかもしれないが、兵士というのは納得できない。実際、こいつの話によると俺は中途半端だから命令を受け付けないようだし、従う義理もないだろう。
「俺はソウイチだ。兵士じゃない」
「な、なんでそうなる! 理解できない!」
 正確に言うと俺はソウイチの偽物だ。だからこそ俺は冷静でいられる。偽物の俺は俺じゃない。他人どころか化け物だ。そんな奴のことなど知った事じゃない。つまり俺は俺を俺としてみていない。ソウイチだったら取り乱していただろう。でも化け物の身体になったからというのもあるかもしれないが、俺は俺を遠くから冷静に見ることができる。
 だからといってこの現状を受け入れたのではない。俺が俺でないなら、俺になればいい。ソウイチになればいい。もう一人のソウイチを殺して元の世界に戻る。そうすれば俺は俺に……ソウイチに戻れる。
 俺の記憶にあるソウイチなら、今頃元の世界に戻るために動いているだろう。それかもう死んでいるか。もし生きていたならソウイチが元の世界に戻る前に殺さなければならない。元の世界に戻るヒントであろうメールの内容も覚えている。
「おいペンギン、人間の……なんていえばいいか、元の世界に戻る方法はないのか?」
「なぜ断りもなく私に質問している!」
「なぜ断りが必要なんだ? 俺はお前らの命令はきかない。そしてお前は俺でも殺せそうなほどに弱い。今この場においてお前の命を握っているのは俺だ。分かったら俺の質問に答えろ」
 
 ――――――

 我々を守るはずの兵士が私の命を握っている。絶対にあってはいけないことだ。しかし、その絶対が覆された。目の前のソウイチと名乗る兵士を怒鳴ろうが睨み付けようが怯みすらしない。それどころか私に対して上から「命令」してきた。
 憎しみと怒り、それと同時に沸いたのは「興味」だった。これまで一向に進まない研究という暇つぶしを延々と繰り返し、もう分かっている結果を上に何度も報告するだけの日々。そんな私に偶然訪れた「奇跡」とも呼ぶべき出来事。科学者などと言っておきながら停滞した現状を許容していた私が抱いた革命的興味。
 かといって憎しみも怒りも消える訳ではない。ではどちらを優先するか。私が選んだのは怒りだ。ソウイチという兵士に対する怒り。停滞したまま前に進もうとしない同士に対する怒り。この二つを同時に解消し、どちらに転んでも悪くないと思える選択肢を選ぶ。
 ソウイチの言う「元の世界に戻る方法」など知らないが、私はソウイチを案内する事にした。我々の「第四研究所」へ。
 ソウイチが殺されるのならばそれまで、ソウイチがより私の興味をひいたのならばそれでよし。

 ――――――

 ペンギンに案内されるまま、地下の通路を通って元の世界に戻る道に向かって歩く。後ろには何故かボール達が付いてきていて、整っていない長い列が出来ている。通路は不純物の混じったコンクリートのような壁で出来ていて、頭上には小さな電球のようなものがぶら下がり、薄ぼんやりと通路を照らしている。
 本物のソウイチよりも先に元の世界へ戻る方法を確保しておいて損はないだろう。下手に動いてソウイチを探して見つからなかった時、そこにいればソウイチの方から現れてくれるはずだ。
 ペンギンの後ろについてしばらく歩くと、ゴチャゴチャとした機械的な扉が見えてきた。ペンギンがその扉をいじったかと思うと、上にスライドして開いた。
 薄暗い廊下に目が痛くなるような光が流れ込む。腕で視界を遮りながらゆっくりと前に進み、薄目を徐々に開いていくと、数えるのも嫌になる程のペンギンがこちらを見ていた。その脇には人間が数十人かたまっていて、一番手前にはブロンドの短髪でガタイの良い男が立っている。
 人間達は誰もが怯えるような表情で俺を見つめていた。

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