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映画「あの夏、いちばん静かな海。」潮騒のように漂う、一夏の愛の物語。

北野武監督作品「あの夏、いちばん静かな海。」を見た。

メインテーマの「Silent Love」(作曲:久石譲)がたまらなく好きで、ずっと見てみたいと思っていた作品だった。


ゴミ回収の仕事をしている聾唖(耳が聞こえず話すことのできない聴覚障碍者)の主人公・茂は、ある日ゴミ捨て場で壊れたサーフボードを拾う。茂には同じく聾唖の恋人・貴子がいて、貴子と共に海へ出かけサーフィンへ没頭するようになる。最初は下手くそで、周りの人たちからもバカにされていた茂だが、徐々に腕前を上げていき周りも彼を認めていく。

最初に出た大会では呼び出し音が聞こえず、失格。しかし仲間を得、実力もつけた茂は、二度目の大会で入賞を果たす。

その後、一人で海へ向かった茂。あとで貴子が駆けつけた時、浜辺には茂のサーフボードだけが残されていた。

貴子は茂のサーフボードを持って、かつて大会が行われた浜辺へもう一度向かう。大会の時に撮ってもらった二人の写真をボードに貼り付け、それを海へと流し、物語は幕を閉じる。



主人公とヒロインは一度も声を発さない。喋るのは周りの人間だけだ。

二人のシーンは非常に静かで、言葉なくとも伝わる愛を感じた。



ヒロインの貴子がとてつもなく可愛い。

ちょっと唇を尖らせて茂を見つめる姿も、歯を見せて笑う姿も、寂しさに泣いちゃう姿も、全部が可愛い。

これは余談だが、貴子のシースルーの前髪を見て「ファッションって本当に周期的にやって来るのだな」と思うなどした。似合ってる。かわいい。


他の人のレビューを見ていたら「貴子こそが主人公」という意見があって、その視点があったかと大変驚いた。あのラストは、確かに貴子こそが主人公であった。


貴子は献身的な性格で、茂がサーフィンしているところにやって来ると、茂が砂浜に脱ぎ散らかしたお洋服を丁寧に畳む。一緒に海へ向かう時はサーフボードの尻を持ってやる。新しいサーフボードを買う時も、大会へ行く時も、彼女が周りの人間とコミュニケーションをとって事を進める。手話で語るシーンがあるのも彼女だけだ。


茂は徹底的にコミュニケーションがとれない。サーフィンに没頭しすぎて仕事を疎かにし、仕事仲間にもキツく叱られる。

だけど、とても優しい性格だ。それは画面や他の登場人物との関わり合いを通して深く伝わってくる。


茂と貴子の静かな愛には、常に優しさがある。言葉でない優しさが。

その温かさが映画全体に漂っている。それをとても心地よく感じた。


コミカルなシーンやキャラクターも挟まれるが、それすらなんとも言えず愛おしい。笑いながら、胸が温かくなった。



作品のラスト、「Silent Love」が流れる中。
茂と貴子のなんてことない日常。仕事に来なかったことはキツく叱ったものの、茂の成果を認めて喜んでくれた仕事仲間の姿。他のサーファー仲間たちの姿が順々に映されていくのを見て、なぜか涙が止まらなくなってしまった。

それは間違いなく、サーフィンに愛を注いだ茂のひたむきな姿が引き寄せた未来だった。茂は大好きなサーフィンを決して諦めなかった。そうして徐々に人望を集め、縁を紡いだ。

その全てが結実するのがあのエンディングだ。

茂と貴子の一夏の愛。その優しい余韻に包まれたラストだった。



やはり音楽が良い。メインテーマの「Silent Love」が徹底的に作品世界に合っている。

音楽の力で大きく感動させられた、というのは否定しきれない。あのエンディングにこの曲はぴたりと合い過ぎていた。

しかしそれも映画そのものの力のうちの一つだろう。



とにかく雰囲気の良い作品で、最後は切なさと優しさに泣いてしまったけれども、その風味を何度も味わいたいと思う穏やかな映画だった。

この作品に関しては、実際に見て頂くのが一番だろう。

人によっては間の取り方が肌に合わないという方もいるかもしれない。まるで「ぼうっと海を眺めているだけ」のようなテンポ感の映画だから。

けれど、一秒一秒に内包されている優しさの波、潮騒の音を感じることができたなら、きっと心を動かされるはずだ。


穏やかな気持ちになりたい時、また見よう。

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