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バレンタインと心理戦

その日はガチガチに緊張していた。いや、仕事はしている。ほんとマジで仕事はしていた。

私達の話す時間は、1時間弱、短ければ30分もない。1日、記録を打つそんだけの時間しかない。

そして、悩みに悩んだ結果、

渡したいが直接渡す勇気がなくて、でも渡したい私が選んだ方法とは

「作ってみたんですけど、あげる予定の子が今日休みで。味見してみてくれませんか?」だった。


ああ、いいよと新郎は穏やかに言うとひょいぱくと私の作ったチョコを食べる。内心バクバクだ。バクバクすぎてバクになってしまったわ。バックバク。

ikkoさんが脳内にいるとすれば全力で「どんだけ~~~~~~~!!」とか言っていただろうが表面の私はふざけてなんかいられないのである。


うん、美味しいと答えるこの人も今や気軽に話しかけてくれる様になっている。緊張はするが、これが乙女心のなのだろうかと私は楽しむ余裕もなく、ただ自分の作ったものを食べてくれた真実だけを喜んだ。充分だった。


後から新郎に聞いた話だが、自分に気があるのかと勘ぐっていたらしい。意識させられていたのであれば、DEATH NOTEの八神月ばりの顔で「予定通り」と言わざるを得ないだろう。相手に自分の感情を探られてたまるか。と、ここで変な負けず嫌いが出現するのであった。心理戦第2ラウンドである。


八神月の表情はさておき、バレンタインの甘い時間はあっという間に過ぎ、今度は逆に体感時間1時間がたったの5分に感じられた。

その日は、ずっと部署内のみ緊張したが、楽しく話せる回数が増えた。




それから、時々二人の時間がある事に気づいた私は、毎月出る出勤日をやや気にするのであったが、そうそう上手くはいかないものの、何となくだが新郎の方からも話しかけてくれようとする回数が増えた気がした。勤務は相変わらず急な変更もあって忙しかった。


さて、と癖の様にグーグルを開き今日も教えを乞うと言うよりかは参考程度に見る様になった心理的行動や対応の検索欄が増えてきた時点で、



私は大きな決断に出る。



そう、きっかけ作りである。




「今、着付け教室に通ってて」



話題提供と見せかけた、これは駆け引き。



心理戦ラウンド3のゴングが鳴る。


「こないだお出かけに教室のグループで出かけたんですけど、京都辺りに一度自分で着物着て行ってみたくて」



そうなんだ、とさりげなく返事を返された新婦ではあったが、別にこのきっかけが流れたとしてもそれで良い。またカラオケに行っても何だって、別に良いのかもしれない。が、グーグル先生曰くここらが勝負時であるらしい。話題をすぐに変える。

ドンジャラで行くならリーチをかけた状態だろうか。相手の出方を見ていた辺り、後の新郎新婦の心理戦は続いていたのであった。いや、今この文章を見返すだけでもめちゃくちゃ必死な様子が見て取れてしまって恥ずかしい。


言い訳にはなるが、こんな心理状態であっても、表情や行動は何一つ違和感なく通常通りなのである。そう!表には一切出さないのである!!!


という訳で友人の「落ち着け」をモットーに新郎と話していた私であったが、駆け引きと現状の把握に気をやりながら、これでも真面目に仕事していた。寧ろ現場に入って仕事する間はそっちに意識がやれて助かった。

と、現場から戻り偶然にも新郎が現場から帰ってくると、再び緊張タイムに入るが、指定席が背中あわせの為、これほど助かった事はない。しかし、次の作業は新郎の隣のパソコンで打たなければならない。そうしなければ給料の出ない残業をするハメになる。何だよ給料の出ない残業って。ブラックじゃん。

仕方ない、と何事もない様に新郎の横に座ってカタカタ文字を打っていると、何やら新郎がそわそわしている。いや、気が散るな!!!!


とりあえず集中すべくパソコンを打っていると、なあ、と声をかけられ口から心臓が出るかとおもったほどびっくりして少し飛び上がってしまう。いや、出た・・・かも?


「一緒に行く?京都?」


「え」




なんと、駆け引きに乗ってきた。


唐突の事になんともまぬけな声が出た新婦であったが、ここは怖気づく訳にはいかない。

話を聞く限り、新郎はよく家族で毎年京都に行っていたらしい。京都に行くと決まれば、話題の延長戦で京都のどこに行くかを各自悩む事にした。ついでに以前カラオケだけじゃなく普通にご飯行こうと誘われていた新婦だったので、作戦会議と称して京都のどの辺りが良いかを食事しながら決める事にしたのだった。

声をかけるまでは緊張するが、話すだけならもう緊張しなかった。それは向こうも同じ気がしたが、まさかの、まさかではあった。


その日の日記を「ヤバイ」と何度も書き殴り、落ち着ける様に深呼吸した自室は、学生時の様にもう暗くはなかった。

身体は限界だったものの、心の病む暇がなく、毎日生かされていた感じだった。多分前職にいて良かった事言えば、入居者に会えたこと、良い同僚や先輩に出会えたこと、良い部署にいれた事、そして何より、新郎と会えたことだっただろう。

その他に想い浮かぶ事がない。自分は自分の思う社会人像にはなれなかったと思うし、理想の社会人像に当てはまる社会人もいなかった。大人は大人になればなる程、子どもになる人だっていたのだし、私もそうだったのかもしれない。



2月後半。新郎に連れられて行ったご飯家は、昔の住居をレストランにした古民家カフェだった。

どこからリサーチしたのかはしらないが、多分色々見てくれたんだろう。普通にめっちゃ好きな雰囲気で大層気にいったし、のんびり出来た。ありがたい事に新郎は昔した話でも割と覚えていてくれたりするので、入籍後再び食事をしにきた時には、当時と全く同じ席で予約を取っていたのだった。

こういう所は体格に似合わずキザである。


誰の入れ知恵だ。と後から聞くと、同じ職場の先輩にどうやら相談していたらしい。マジか・・・マジなのか・・・同職・・


さて、京都の話を進める内に美味しいご飯が運ばれてきて、舌鼓を打ちながら頂いていると『嵐山』のワードが出現した。昔、私が祖母とトロッコ列車に乗ったのを思い出して、もう一度行きたくなったのだ。

朧げな記憶をたどり、「ここに行ってあそこに行って」と話が進んでいくと、すっかり気を許してしまったのか、仕事の話までにどの経路か辿ってしまった。


人間には、「聞き上手」たる人が存在する。私の友人もそうであるが、この新郎もその一人である。彼はふんふん、とくまのプーさんの様にのんびり話を聞くものだから、思わず隠していた「いらない」発言と、相談に乗って貰って助かった話をしてしまった自分がいた。

気付いた頃には遅くて思わず血の気が冷めたが、それよりも話の途中に注いだ瓶のエビアンの持ち方が完全に一升瓶のそれで「しまった」と思った時には互いに爆笑していた。今でもそのネタを引きずられる。ふざけんな。


さて、爆笑した時間も過ぎると、時間は最早22時だった。送って貰い、慌てて家に帰ると3月に向けて今度は生きてみたいと思う価値が出来たのだった。



3月。徐々に近づいてくるアラサーに怯えながらまずは誕生日を迎えた日。



「お誕生日おめでとう」


なんと、かわいいマカロンの箱を貰ったのである。




京都まで、あと5日。







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