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台湾で出版された本のこと

翔泳社から「暮らしの図鑑」というシリーズ書籍が順次発売されているのをご存知の方はいるだろうか?
私がこのシリーズのなかの2冊——「うつわ」と「民藝と手仕事」に監修者の一人として参加したのは、2019年と20年のこと。どちらも編集の自由度が高く、楽しく仕事させてもらった記憶がある。
かなり日が経つため、自分の中では既にアーカイブ的な存在になっていたけれど、今年になって、これらの翻訳版が台湾で発売されるという知らせが届いた。

自分が携わった本が台湾で翻訳されるなんて思いもよらなかったことだから、とてもうれしかったのは事実。と同時に、この半世紀で東アジアの景色はだいぶ変わったのだなあ、と別の感慨を覚えたのもまた事実だ。

思えば、私の幼少期の日本(70年代前半)は「昭和元禄」と呼ばれ、享楽的な文化が花開いた時代だった。
だが、世界は冷戦の真っ只中。
海の向こうに目をやれば、共産党独裁(毛沢東の中国・金日成の北朝鮮・ブレジネフのソ連)や反共の軍政(朴正煕の韓国)——今で言うところの権威主義の国々が妙な均衡を保ちつつひしめき合っていた。それなりの緊張感を孕みながら。
また、蒋介石の台湾は西側陣営に属してはいたものの、国民党が戒厳令を布く統制社会だったから、日本列島の周囲には民主国家が皆無だったことになる。
勿論、幼い私がそういった国際情勢をきちんと理解していたはずもないけれど、大人たちから漏れ聞く床屋政談の断片(『モータクトーがどうした』とか『ショーカイセキがどうこう』とか)が耳に残り、アジアの国々に対しては少々怖い印象を持っていたような記憶がある。

結局台湾は80年代終盤に民主化を果たし、以来、われわれは同じルールを共有する隣人として共生。この30年余で徐々に醸成されてきた親近感は現在、日本社会において「台湾ブーム」という形で結実している。
子供時代とは隔世の感で、私個人にとっても台湾はいつか行ってみたい魅力的な観光地のひとつになっているし、かつてうっすら抱いていた怖い印象もとうに失せている。
さらに台湾通のライターによれば、あちらでは現在、合わせ鏡のように「日本ブーム」が起きているそうだから、私が関わった書籍たちも、そういうニーズを汲み取る形で翻訳される運びになったのだろう。
ありがたいことだ。

政治的な価値観を共有するだけではなく、経済的なレベルも近づき、かつ文化的にも敬愛し合う——こういう重層的かつ対等な友好関係は、東アジア世界ではかなり稀なことではないだろうか。
この友情は大事にしなければいけないと思っているが、現在、台湾を巡る情勢が一気にきな臭くなってきて、ニュースを見るたびに心がざわめく。

私は生まれてからこのかた、(戦後日本における当然の権利として)法の下で心身の自由を保証されて生きてきた。このことが日常をどれほど色鮮やかなものにしてくれているかは言葉に尽くし難い。
それは、民主化以降の台湾に生きてきた人びとも同じだろう。
今はただ、自由な台湾社会に平和が続くよう願うばかりだ。
私のような非力な人間にできることは何もないかもしれないけれど、もし、2冊の翻訳書に託した知識なり美意識なりが、読む人にとってほんの少しでも気休めになってくれるとしたら、こんなにうれしいことはない。

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