見出し画像

たまむすびが終わる頃

ローティーンの頃に夢中で聴いていたのが深夜ラジオ。
当時は無二の親友のような存在だったけれど、高校に入って以降は家を留守にする時間が増え、ラジオとはずっと疎遠な関係が続いていた。
が、コロナ禍でリモートワークを余儀なくされると、作業中にながら聴き・・・・・できるメリットにあらためて気づき、数十年ぶりでアクセスするように。ありきたりな例えかもしれないが、今は、しばらくぶりの友人と旧交をあたためているかのような感慨をおぼえている。

若い頃に聴いていたのは主に深夜帯の番組だったけれど、50代の今は専ら昼の番組を。
コロナ禍初期は某おしゃれFM局に周波数を合わせたりしたものだが、やがて、ひいきのコラムニスト・小田嶋隆さんが週一でコーナー出演していたTBSラジオ「たまむすび」にたどりつき、この2年強、時間があるときはリアルタイムで、ないときはスマホアプリradikoのタイムフリー機能で番組を聴いていた。
昨年10周年を迎えた「たまむすび」は、フリーアナウンサーの赤江珠緒さんが月曜から木曜のメインパーソナリティーを勤め、各曜日を担当するパートナーとともに、(いい意味で・・・・・)役に立たないよもやま話に花を咲かせる。平日のランチタイムが終わった頃合いに、(しつこいようだがいい意味で・・・・・)馬鹿馬鹿しいトークを届けてくれる番組だ。
他者との距離を物理的に縮めることができないコロナ禍にあって、ラジオ番組ならではの語り手と聴き手との距離の近さは、私の心の凝りをほぐす役割を果たしてくれたように思う。
いい大人が繰り広げる(何度も言うがいい意味で・・・・・)不要不急のしょうもない話が、私には何よりうれしかった。

思えば、始終モヤモヤしていた10代前半の私が深夜ラジオの世界にはまったのも、こういったラジオ特有の絶妙な距離感と空気感があったから。
思春期だった30年前も、コロナ禍にある現在も、聴いている時間帯は違っても、同じようにラジオから流れてくる声に救われていることになる。

昨年9月には、たまむすび10周年を記念して武道館で行われたファンイベントに参加。
巨大なラジオブースの中に同席させてもらったかのような感覚で、演者と観客が一体化した不思議な没入感の中で腹がよじれるほど笑わせてもらった。
見終わった後は「あと10年聴いて20周年イベントにも参加しなければ」と心に決めていたのだが……、今年1月末の放送で、3月いっぱいでの番組終了が発表された。
聞いたときには心底驚いたし、本当に残念だと思ったけれど、赤江さん本人がお子さんとの時間を持つために降板を申し出たというから、いちリスナーとしてはその判断を尊重するしかない。
これまで仕事を優先してわれわれを楽しませてくれたのだから、これからしばらくは自分と家族の幸福を優先して日々健康に過ごしてほしいと思う。

武道館をいっぱいにするくらいたくさんの人に愛されつつ、余力を残した状態での終了——。
4月からこの番組を聴けなくなることはとても寂しいが、おいしい料理を胃がもたれるほど大量に食べるのではなく、腹八分目の状態で切り上げるような心地よい充足感をおぼえる。

これほどツボにはまる番組に出会うことはもうないかもしれないが、ラジオはこれからも聴いていくつもりだ。
社会にとっても私個人にとっても最悪の災厄であったコロナ禍は、思いがけずラジオという旧友を再び引き寄せ、断絶していたローティーンの頃の自分と今の自分をつないでくれることになった。
30年以上経ってもさほど成長していない自分の内面には愕然としてしまうけれど、人間なんて所詮そんなものかもしれない。「五十而知天命ごじゅうにしててんめいをしる」などという古人の言葉はどこぞの理想郷の話に思えてしまう。

ちょっとの悩みとそれを癒してくれる存在と——。
私は、そんな俗世界のバランスの中でささやかな幸福を抱えて生きられるならそれで満足だ。
にわかリスナーではあったけれど、「世の中をパーッと明るく!」という番組コンセプト通り、コロナ禍で芽生えかけた負の感情をパーッと霧散させてくれた「たまむすび」には感謝の気持ちしかない。
ありがとう。そして、またいつか。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?