「信藤三雄の福は内展」と、音楽パッケージの未来[2008・4]

4月×日

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原宿のカフェmontoakで開かれる、JUN50周年チャリティーTシャツ企画の『bungalow50』へ。参加クリエイターは、グルーヴィジョンズ、タイクーングラフィックス、浅野忠信、リリー・フランキー、堀北真希など、アーティストから芸能人まで多彩。そして商品の収益金は、ユニセフと国境なき医師団に寄付されるとのこと。特設サイトで先に商品を見ていたので、この日は実物の確認が目的だった。気になったのはマリエのTシャツ。前も後ろも全面写真プリント、おまけに右肩にはスパンコールの文字入り、と、ほかと比べて手間のかけ方が段違い。鏡に向かって当ててみると……全く似合わない……残念。モデルの藤井リナの下着写真TシャツやグルビのミラーボールTシャツなど、惹かれるモノはいくつかあったが結局一着も買わず。一応通販で、往年のJUNロゴ入りチャリティートレーナーだけは購入した(年相応)。

そのまま表参道まで歩いてギャラリー360°へ。過去に展示した作家たちのマルチプル作品を販売する『360° EDITION SINCE 1990』。「アートフェア東京」でのコンテンポラリー・アートの盛況と狂騒っぷりをニュースで知って唖然としたばかりだったので、ここの良心的な値段設定に思わず心が和んだ。田名網敬一やスージー甘金、ほかにも未知の作家の作品を目で堪能した。

すぐ近くのスパイラルでやっている『岡本一宣のピュア・グラフィック』企画展にも立ち寄った。この作品集(1冊8,000円+税。シリーズ2冊がぴったり入る専用のエコバッグも販売)を買う人の姿形がいまひとつ想像できない。グルーヴィジョンズの作品集だったら想像できる、といったら失礼だろうか。

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新宿に用があったついでに、この日が初日の『信藤三雄の福は内展』(新宿高島屋8F TOKYO in PROCESS)へ。アート・ディレクターの信藤さんによる「書」の展示。普段の仕事とは対極の無心で無邪気、な印象。そのまま下に降りて駅に向かう途中で、『ミュージック・ジャケットギャラリー 2008』という催しが開かれているのが目に止まり、立ち寄ってみた。特殊パッケージのレコード/CDの展示と、“未来型ジャケット”や環境にやさしいパッケージの提案、など。信藤さんの展示がこのイベントとのタイアップであることを知る。レコード会社各社と音楽パッケージを主に扱う印刷/デザイン会社による、「リメンバー!CDパッケージ」的な企画らしい。そんな各社の思いとは裏腹に、今後CDパッケージの市場はますます縮小していくに違いない。そのこと(=音楽の、大量生産/マスプロダクションからの解放)は業界にとっても消費者にとっても、われわれデザイナーにとっても、逆に歓迎すべきことだとぼくは思っている。

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原宿から少し表参道沿いに歩いたところに、GYRE(ジャイル)というショッピングビルがある。ブルガリやマルタン・マルジェラが店を構えていて、自分なんかには無縁だとずっと思っていた。しかしある日偶然入る機会があって、ビル内の心地よさに軽いショックを受けてからというもの、頻繁に立ち寄るようになった。MoMAの東京ショップが入っていて、わざわざNYまで行かなくてもNY土産が買える、とか、あまり知られていない、リーズナブルで心地よいオーガニックのカフェが地下にある、とか、外国人の客が多く、旅行気分を味わえる、とか、魅力を挙げればきりがないが、ひとつ、ビル自体が国境なき医師団と提携していて、来店に応じて携帯(要赤外線)で募金ができるようになっていることに好感を持った。ビルのコンセプトは“SHOP&THINK”。

その“SHOP&THINK”にちなんだシリーズ展の第一弾として、『TUMAINI 命をつなぐ─ケニア、エイズ治療の現場から─』(トゥマイニ=hope)という写真展が開かれていたので行ってみた。ケニアでは、母子感染により乳幼児の多くがエイズや免疫不全による結核を併発しているという。写真は、病院など治療の現場に深く立ち入り、患者たちとつかず離れずの距離を取りながら、エイズ治療の現状や国境なき医師団の活動を、誇張するでもなく淡々と伝えていた。写真家自身が、礼節、やさしさ、その場の空気(無)になる、といった「人としての技術」に長けていなければ、ここまで真に迫った写真は撮れないだろう。

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4月下旬から新しい仕事場での勤務が始まった。以前の仕事場とも家での仕事とも異なる、風通しのいい環境と新しい仲間たちのおかげで、気持ちがかなり明るくなっている。定期券を買って通うようにしたので、新宿や渋谷・原宿などへのアクセスも容易になってうれしい。この日は仕事を早めに切り上げて、外苑前・ピガ画廊の『ささめやゆき展』へ。ささめやさんとは、昨年の『中川ひろたかと「ともだち」展』の仕事でご一緒した。そのときのメインビジュアルと同じモチーフ(顔)を使った作品も何点か出ていた。作家在廊。ぼくが春から在籍している野球チームのチームメイトということもあって、閉店までの間少しだけ話した。初めてのギャラリーだったが、あと数日で閉廊してしまうとのこと。

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ピガ画廊を出た頃から雨がしとしと降ってきた。傘も持たず濡れながら、新しい表参道ROCKETの場所を探してさんざん迷う。ようやく見つけた建物は昔、穏田の住宅街にあった頃と少しも変わらぬツンと尖った佇まいだった。せきなつこ『Retro Perspective』。古い雑誌や紙を使ったコラージュということだが、そこに広がっていたのは横尾忠則や伊藤桂司などの先達とはまた違った、一言で言って“引きの美学”ともいうべき全く新しい風景だった。この空間の作品をまるごと盗んで帰りたくなるほどの、今年一番の衝撃。作家のサイトを見るとポスターのほかにパッケージも多数手がけているらしい。しばらく注目していきたい。

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撮影のロケハンの前のわずかな時間の合間を縫って、ギャラリーエフの小沢信一個展『sunbeam, nightglow』へ。作家からブログへのコメントやメールでお誘いがあったため、忙しくても行く気にさせられた。こういうのは意外とうれしいものだ。ギャラリー内にはモノクロで描かれた、昔でいうハイパーリアリズムの作品がずらりと並んでいた。空港の内部を上から俯瞰で見下ろし、群衆ひとりひとりの光と陰を細かく丁寧に描き込んだ作品に、思わず頭がくらくらした。ダリ監修の『HYPERREALISM』という古い画集を大事に持っているくらい、ハイパーリアリズムは特別に好きなジャンルで、自分でもコンピュータ・グラフィックスで何度かトライしていた。本の装幀の仕事など、モノクロの良さがちゃんと生かされていたのが印象に残った。時間がなかったのでポストカードを何枚か買って、次の仕事先に向かった。

夕方、仕事を早めに終えてもう一度原宿へ。ギャラリーエフで拾ったフライヤーを頼りに、thorn tree gallery『西村ケンジの「デザインがしたいです。」』へ。雑巾、抜け毛、おちんちん……という名前を聞いただけで笑える(でもしっかり作られている)タイプフェイスと、自作のオリジナル装幀の展示。ギャラリーに入ると電動工具やテープのかすがあちこちに落ちていて、これらも含めてインスタレーションかと思っていたら、なんと、展示のスタートは明日からで、きょうはまだ準備中とのこと。それでも快く迎え入れてくれた店主に感謝。一緒に仕事をしてみたいという理論社の編集者を招いて、公開売り込みイベントを行うという、グラフィック・デザイナーとしてはありそでなさそな展開の仕方も面白い。

余談だが、thorn tree galleryに向かう途中の道ですれ違った、ひげ面で恰幅のいい背広の男性が、「スタパ斎藤本人」だったのか、それとも「スタパ斎藤にとてもよく似たサラリーマン」だったのか、いまでも気になって仕方がない。
 
――2010秋以降の展覧会ツイートを、こちらのハッシュタグ #gbiyori に残しています。

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