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初日の最初のバスに乗る【東京のりもの散歩~いちょうマークの車窓から10】

<豊洲市場待機所に待機する都バスと、停留所に向かって動き出すA-S692号車> 
 都バス市01系統については、築地市場に乗り入れていた当時にもエッセイを書きました。『市場のバスはゆっくりと。【ゆっくり動く乗り物で~都バスの走る風景3】』もあわせてお読みいただければ幸いです。 

 10月11日の午前4時40分、私はJR新橋駅銀座口付近にいた。都バス市01系統、豊洲市場行きの始発に乗車するためである。日の出前の停留所には15人ほどのお客様が並んでいた。竹かごや発泡スチロールを抱える人が大半で、長靴を履いていないのは、私を含めて数人しかいなかった。市場へ向かうバスなのだから、当然といえば当然である。
 市01系統は、以前は新橋駅と築地市場とを結んでいた。ターレットトラック(市場内運搬車)が行き交う築地市場の構内に乗り入れる光景はなかなか壮観だった。10月11日に豊洲市場が開場し、系統名は継承したまま、この日から行き先が豊洲市場に変更となったわけである。
 バスを待つ間、私は停留所から少し離れた場所にいた。すると、私と同じく少し離れて立っていた高齢の女性に声をかけられた。人生の先輩に対する言葉ではないかもしれないが、人懐っこい笑顔が素敵な方で、自分は80歳であること、市場には用事はないが、好奇心が抑えられずに初日のバスに乗りに来たということなどを話してくださった。市場関係者ではない雰囲気の私に共通項を覚え、話しかけてくださったのかもしれない。<br /> 豊洲市場から新橋駅に戻るバスの時刻の話題となり、「反対方面の始発は6時20分と遅いですよ」と答えた。「あら、それなら市場前駅前でバスを降りて、地下鉄の月島駅まで歩くわ」彼女ははつらつとした口調で話す。「月島駅までは遠いですよ。ゆりかもめから乗り継いだ方が便利ですよ」。おせっかいと思いつつ、私も一言。すると彼女は、「健康のために歩きたいのよ。あの辺は、潮風を感じながら気持ちよく歩けそうね」と答えた。そうこうするうちに、5時2分発の始発バスは停留所に到着し、我々もバスに乗り込んだ。発車までの数分で列が伸び、発車時にはほぼ満員になっていた。「日本の台所の縮図」といった活気のある会話を乗せて、初日の最初のバスは発車した。
 混雑していたこともあり、人懐っこい笑顔の女性と車内で会話することはなかった。しかし、市01系統の歴史的な路線変更の初日に乗車した際の出来事として、何度も思い出すことだろう。豊洲市場の一般客向けの見学コースが開放された折には、ぜひとも市01系統で訪れたい。帰りは、彼女の言っていたように、潮風を感じながら歩いてみたい。

都政新報(2018年11月2日号) 都政新報社の許可を得て転載