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市場のバスはゆっくりと。【ゆっくり動く乗り物で~都バスの走る風景3】

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<市01『築地中央市場』停留所付近(2016年)> 
 執筆当時、豊洲市場の移転日は2016年11月7日でしたが、その後延期が決まりました。実際の移転日は2018年10月11日となっております。(築地市場の最終営業日は2018年10月6日)
 本文中、「座席がビニールシート仕様となっている」とありますが、これは執筆当時の状況であり、その後、車両の除籍にともない、すべてビニールシートではない一般車両に置き換えられました。
 都バス 市01系統は2018年10月11日より行き先が築地市場から豊洲市場に変更となりました。経路変更の初日の初便に乗車した体験を書いたエッセイ『初日の最初のバスに乗る【東京のりもの散歩~いちょうマークの車窓から10】』も併せてお読み下さい。

 築地市場は、東京都中央卸売市場のサイトによると、都内に11ある中央卸売市場のうち最も古い歴史を持つ水産物、青果物を取り扱う総合市場である。特に水産物については世界最大級の取扱規模を誇り、国内での価格形成に大きな影響力を及ぼす建値市場としての役割を担っている。老朽化、過密化にともない11月に豊洲に移転する運びとなっているのは周知のとおりであるが、この築地市場と新橋駅を結んでいるのが「市01」系統である。
 市01系統に使われる車両は独特だ。市場関係者が乗車する際、水でぬれてもふき取りやすいよう、座席がビニールシート仕様となっている(一般車が使われることもある)。
 バスはオフィスビルの立ち並ぶ新橋駅北口を出て新大橋通りを右折し、川の流れのような緩やかなカーブをたどり、首都高速の下を右折する。浜離宮の停留所を過ぎて左折すると、ほどなく築地市場が見えてくる。バスは市場の正門から敷地内に入り、トラックやターレットトラック(市場内運搬車)の間を縫うように「築地中央市場」停留所まで慎重に走る。距離が短いため、新橋駅からの所要時間は通常10分もかからない。循環系統なので、このまま新橋駅まで乗り通すこともできる。
 「ターレットの走行を妨げるな」。以前、築地市場の近くで宅配便の運転手として働いていた時に先輩から力説された注意事項である。30年以上前に出版された『都バス・東京旅情』という本には、市01系統に関する記述の中で「おい、どいたどいた、ぼさっと立ってねぇで、あっちに行くなり、どうにかしてくれっ」と、「魚河岸の兄(あに)さん」の威勢の良さについて触れている。早朝の場内がせわしないのは、昔も今も変わらないようだ。新鮮な食料を供給しなければという高いプロ意識が、場の緊張感を形作るのだろう。
 3月15日の都議会経済港湾委員会にて、市01系統は、行き先を豊洲市場に変更して存続させる方向性が示された。江東区からのアクセス向上を図るため、東陽町駅からの新たなバス路線の新設も検討されているようである。移転後の豊洲市場の敷地は約2倍。ターレットトラックをはじめ、行きかう車両の密度が変わり、「今にもぶつかりそうな」雰囲気は一変するかもしれない。とはいえ時間に追われる場内で、市場のバスはゆっく りと確実に魚河岸の人々を運び、これからも多くの家庭の食卓を、未来を守り続けてゆくことだろう。

都政新報(2016年7月12日号) 都政新報社の許可を得て転載