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東京のりもの散歩~いちょうマークの車窓から~31~

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東京の自治体専門紙、都政新報に掲載されたイラストエッセイを再録しております。
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記事一覧

交通機関のハレとケと【東京のりもの散歩~いちょうマークの車窓から39】

 2023年11月18日、志村車両検修場は大勢の来場者でにぎわっていた。イベントの名称は「都営フェスタin三田線」。都営交通のお客様向け感謝祭的なイベントはコロナ禍の影響により20年と21年はオンライン限定、22年はオンラインとリアルの複合イベントとして開催された。入場制限を設けないリアルイベントの実現は、実に4年ぶりとのこと。内容としては、車両撮影会、限定電車カードの配布、事前申し込み抽選制の運転台見学と保守車両試乗体験(小学生以下のお子様と保護者対象)、工場内見学、地元の

カバの下からさようなら【東京のりもの散歩~いちょうマークの車窓から38】

 人生で自慢できるような出来事はそうそう起こらないものだが、ひとつだけ自慢させてほしい。2019年10月31日、私は上野動物園モノレールの上野動物園西園駅付近にいた。この日限りで営業休止が決定したモノレールへの惜別をするためである。  上野動物園モノレール、正式名称は東京都交通局上野懸垂線。動物園の敷地内にあるが遊戯物ではなく、鉄道事業法に基づき1957年に開通したれっきとした鉄道路線である。流線形デザインが特徴の初代H形、車体軽量化と車内高改善が図られたM形、全面ガラス張り

朝から晩までバスに乗る【東京のりもの散歩~いちょうマークの車窓から37】

 9月20日は「バスの日」。1903年に京都市で日本初のバスが運行を開始したことを記念し、1987年に制定された記念日である。バスの日に向けて何かをしようと思い、私は都バスに一日中乗ることにした。運転手としてではなく、乗客としてである。  都バスの運行区域は都区内と多摩地域に分かれている。運賃は乗車する都度支払うのが基本であるが、都区内だけなら500円の「都営バス一日乗車券」を、変動運賃制の多摩地域を含めて乗る場合には「都営まるごときっぷ」を購入すると、一日中乗り放題になるの

「三田レンジ」で新横浜へ【東京のりもの散歩~いちょうマークの車窓から36】

 好奇心に突き動かされ、未知の光景を確認しに行きたくなるようなことはないだろうか。私にはある。「都営三田線の車両が新横浜まで乗り入れる」……この事実を確認したいという願望を叶えるべく(少し大げさだが)、先日ついに決行した。  簡単に説明すると、これまでも三田線は他社線との相互直通運転を行っており、途中止まりの電車を除き、西高島平から神奈川県の日吉までは乗り換えなしで行くことが可能であった。2023年3月の東急・相鉄新横浜線の開通に伴い、三田線も日吉から先、海老名までの直通運転

かつての私と狭隘路線【東京のりもの散歩~いちょうマークの車窓から35】

 「狭隘(きょうあい)」を辞書で調べると、「土地などの小さくせまいこと」とある。狭も隘も「せまい」という意味である。明確な定義はないものの、狭隘な道路を運行する乗合バスを狭隘路線と呼ぶことがある。  20年以上前の話になるが、初めてバス会社に入社した。大型二種免許を取得したばかりでバス業界のことなど右も左も分からない人間が手当たり次第に履歴書を送り、数社の門前払いを経て、実技試験と面接にこぎつけた会社である。「ようやく大型二種免許を活用できる」と喜んだのもつかの間、待っていた

山寺は私の原点だった

 1992年3月、私は東京都港区の日赤会館にいた。教育関連の財団法人が主催する「手づくりの絵はがきコンクール」の表彰式に参加するためである。当時のほとんどの家庭に普及していた簡易印刷機による絵はがきを中心とした7千点以上の応募作品の中から、私の「山寺駅」は郵政大臣賞に選ばれた。郵政大臣賞の受賞者は全体で5名、高校生部門では1名という狭き門だった。郵政大臣という呼称に懐かしさを覚えるほどに時間は流れ、今や過去の栄光と笑われるような色あせた出来事になってしまったが、私にとっては間

非日常の光の下で【東京のりもの散歩~いちょうマークの車窓から33】

 以前、と言っても20年近く前の話になるが、東京と静岡の間をマイクロバスで移動する仕事に就いていた。お乗せするのはスキューバダイビングのお客様。週に3日以上の頻度でさまざまなダイビングスポットを訪れた。とりわけ日本有数のダイビングスポットである沼津の大瀬崎(おせざき)という場所には、日帰り、泊まりの仕事を合わせて年に120日以上は訪れていた。  早朝に都内を出発し、現地に到着するのは午前9時台。ダイビング機材を降ろし、お客様とスタッフをお見送りした後は、待機時間となっていた。

神輿のように去っていく。【東京のりもの散歩~いちょうマークの車窓から32】

 「闇夜に繰り広げられる圧倒的に非日常な光景」……『鉄道車両陸送』(イカロス出版)という本の表紙に記されている言葉である。著者の菅野照晃氏は、都営三田線の先代6000形がインドネシアへ譲渡された際、友人と一緒に志村検車場(現在の志村車両検修場)まで撮影に行ったのがきっかけで鉄道車両陸送(陸送)の魅力に取りつかれたという。陸送とは、鉄道車両を(鉄路での輸送が困難な事情がある場合に)特別な通行許可を得て陸路で輸送することである。巨大なトレーラーで鉄道車両を安全に正確に運ぶのだから

つり橋経由観覧車前行き【東京のりもの散歩~いちょうマークの車窓から31】

 3月21日、春分の日の朝、私は品川駅港南口にいた。7時48分発の都バスに乗るためである。波01出入系統は都バスでは唯一レインボーブリッジを渡る路線で、JRの駅からお台場地区を結ぶ唯一の都バスでもあった。過去形となっているのは、3月31日の運行をもって運行終了となったからである。  波01出入系統は、運行終了直前には平日・土曜・休日にそれぞれ1日2往復のみ設定され、交通局が無料配布している都バスの路線図「みんくるガイド」にも載らない、知る人ぞ知る路線だった。  7時半前に乗り