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神輿のように去っていく。【東京のりもの散歩~いちょうマークの車窓から32】

深夜に陸送される都営三田線6304編成

 「闇夜に繰り広げられる圧倒的に非日常な光景」……『鉄道車両陸送』(イカロス出版)という本の表紙に記されている言葉である。著者の菅野照晃氏は、都営三田線の先代6000形がインドネシアへ譲渡された際、友人と一緒に志村検車場(現在の志村車両検修場)まで撮影に行ったのがきっかけで鉄道車両陸送(陸送)の魅力に取りつかれたという。陸送とは、鉄道車両を(鉄路での輸送が困難な事情がある場合に)特別な通行許可を得て陸路で輸送することである。巨大なトレーラーで鉄道車両を安全に正確に運ぶのだから、その光景は非日常。趣味のジャンルとして写真撮影のバイブル的な本があるのも不思議ではない。
 この本の著者とは別の方だが、先日陸送の現場に居合わせた知人から貴重な話を聞くことができた。交通局では、三田線で22年ぶりの新車となる8両編成の6500形を2022年度から営業投入し、6両編成の6300形車両を順次置き換える予定となっている。その第一弾として、6月某日の深夜に6300形車両の陸送が行われたとのことである。くしくも、『鉄道車両陸送』で見た志村車両検修場からの搬出であった。
 彼は子どもの頃、志村検車場の上に建つ団地に住み、6000形から6300形に置き換わる時期を身近に体験したという。「キラリと光る新型車」がホームに滑り込んできた時には、形容し難いほど感動したとのこと。その他、着座した時に足元に空間があり思わずのぞき込んだり、ドア横の手すりがカバーで覆われていることに感激するなど、6300形の登場は彼にとって「何度となくクレヨンで絵を描いた」ほど、子ども心にインパクトの強い出来事だったようである。
 デビューからよく知る鉄道車両を見送る気持ちはどのようなものだろう。最後の編成ではないとはいえ、思い出深い車両を陸送する話を偶然耳にしたなら、私も現場に足を運ぶと思う。日常の一部だった車両が、緑のランプをつけた前後の自動車に誘導され、深夜の道路を悠然と走る非日常。トレーラーに付属する多くのランプが地面を照らし、神輿(みこし)のような派手さもある。そんな神輿に、彼は小声で感謝の言葉をかけたという。
※陸送予定を問い合わせるのは業務の妨げになるので、お控えください。

都政新報 2022年8月5日付 都政新報社の許可を得て掲載
【参考資料】
・鉄道車両陸送 菅野照晃 イカロス出版(2019)