中小企業の賃上げを考える
この夏、全国各地をまわって「給料の上がる経済」を訴えている国民民主党 玉木雄一郎代表。
中小企業、非正規の方、介護や看護や保育といった分野などの賃上げの重要性を述べる場面も何度か目にしています。
さまざまな論点がありますが、この記事では、僕の仕事とも関係の強い中小企業に焦点を当てたいと思います。
日本企業の90%以上は中小企業であり、その8割がたは従業員数5人未満の零細企業だと言われています。この中小零細企業で、厳しい状況が続いているとの報に接しています。
東京商工リサーチによる企業倒産データ
2024年1月から7月の倒産件数について、産業別構成比(下図右側の円グラフ)をみると、建設業が19.39%(1141件)と最多、次いで製造業、卸売業、小売業と続きます。
一方、件数前年比では卸売業と農林漁鉱業がとりわけ高く、これらの産業で急速な倒産増が加速している懸念もあります。
また、倒産の要因を見ると、73.28%が「販売不振」を挙げています。件数前年比では「他社倒産の余波」が突出しており、中小企業の連鎖倒産が進んでいる懸念もあります。
倒産企業の従業員数別のデータを見ると、従業者4人未満の企業が74.93%、件数前年比では19人以下の企業が突出しています。
現場の肌感覚:「販売不振」の実感
このデータを見て、全体的な印象としては、「やっぱそうだよなあ…」というのが率直な感想です。
僕は個人事業主ですが、中小企業さんの経営や販売促進、DX、たまにリスキリング等のお手伝いをさせて頂いています。情報を取りまとめたり言語化するのが得意なので、それを活かせる業務なら何でも柔軟にご要望にお応えしているんですよ。
そういった日々の業務の中で、実にさまざまな企業さんとコミュニケーションを取っていますが、いずれの業種でも今、ほとんど共通していると言って良い課題が「販売不振」です。
もちろん輸入物価高騰やエネルギー価格の高騰であったり、人手不足とかも要因に挙げられるのですが、現場の肌感覚として最も明確に感じる「厳しさの理由」は、やはり販売不振です。個人でも企業でも、とにかくお客さんの財布が固い。
前向きな商談と真摯な検討の末、「やっぱり今は先行きに不安があるので、少し見送ろうかと思います」となって失注するケースが、今年に入って特に目立つようになってきた印象です。ほかにも、「今はちょっと見通しが悪いので発注を絞らせて下さい」とかも。
もちろん、「テイよく断るために先行き不安と言ってるだけ」という場合もあるっちゃあるんですが、それにしたってこのパターンは増えましたね。
前述のとおり、僕は個人事業主で、複数の会社さんのお手伝いをしてますから。その『僕が手伝っている会社さん』の取引先も含めると、相当数の多種多様な企業さんと関りがあるんです。その全体を俯瞰しての印象です。
最悪のケースとしては、こんなものもあります。
———去年は引き合いが多かったものの、メーカー側の都合で十分な供給体制が確保できず販売を伸ばせなかった。そこで追加投資を行い、一年がかりで供給体制を整え、今年に入ってさあ売るぞ!となったら、なんかお客さんの財布のヒモが固い。なんか売れない。去年は引き合い多かったのに。なんでやねん。
…これも極端な例ではなくて、リアルに起きてるケースの一つですね。
というわけで、何が言いたいかというと、
・先ほどの東京商工リサーチのデータは、現場の肌感覚とも一致する部分が大きい。
・販売不振の要因として、「先行き不安による投資(投機ではなく)/消費の低下」があるのではないか。
という2点です。
もちろん、その要因の一つには「無い袖は振れない」(そもそも消費者に自由に使えるお金がないから、買いたくても買えない)という問題もあります。
中小企業の賃上げをどう考えるか
さて、これは厳しい状況になりました。
中小企業には、賃上げどころか倒産・廃業の危機が迫っている。
もちろん…残酷な言い方ですが…「賃上げについていけない中小企業はつぶれてしまえ」という考え方もあるっちゃある。けど、連鎖倒産のリスクを考えると、そうもいかないわけです。「賃上げについていけない企業」が倒れた余波で、「それがなければ賃上げについていけたであろう企業」も倒れる、みたいなことが起きてくる。
そもそも今起きている中小企業倒産の主な要因は「販売不振」ですから。
賃上げとか人手不足解消とか以前の問題です。事業の継続に必要な粗利を確保できていない。「消費が弱含んでいる」と一言で済まされる出来事の実体は、これなんです。
短期的には:倒産・廃業のダメージをいかに最小化するか
残念な話ですが、中小企業に関しては、今、賃上げを促すどころか、倒産・廃業のダメージをいかに最小化するかを考えなきゃいけないフェイズに入っていると僕は思います。
会社を潰すことになっても、従業員がスムーズに新しい仕事に就ける。顧客やクライアントは、製品やサービスを提供する代替企業をすぐに見つけられる。債権者もダメージを最小化できる。そして経営者も、すぐにまた新しい挑戦ができる。やり直しができる。
そういう、ある種の「倒産・廃業サポート」みたいなものを整備する必要があるんじゃないかと思っています。「会社がツブれても、誰も人生オシマイにならない社会環境」があったほうが、イノベーションも促せます。
中期的には:旺盛な消費をいかに取り戻すか
そして言うまでもなく、旺盛な消費をいかに取り戻すかが重要な観点になります。企業の販売不振は、言い換えれば消費/投資の不振ですからね。(※ここで言う投資は、金融というより設備やシステム等のほうがウエイトが高いです。)
具体的にやるべきことは…toCで考えれば、家計減税や社会保険料負担の減額などにより、家計の使い道を公的セクターから民間消費に付け替えるとか。toBで考えれば、ハイパー償却減税も有効な手段の一つでしょう。この辺はもう「迷わずやっていい」レベルの話だと思います。
長期的あるいは究極的には:いかにして「不安」を取り除くか
そして長期的、あるいは究極的には、いかにして「不安」を取り除くかが課題になるでしょう。
中小企業を「賃上げどころじゃない苦境」に追い詰めている販売不振の原因には、「先行き不安」による消費や投資の伸び悩みが挙げられます。最終の一般消費者の財布が固くなれば、そのtoC企業と取引しているtoB企業の発注も絞られ、その連鎖で商流全体が苦しくなる。
では、この「先行き不安」の正体は何か?
個人的には、「昭和後期型の人生安心モデルの崩壊」があると思っています。
「人生の経済的安寧」を誰も保証してくれなくなった
年功序列と終身雇用、老後は退職金と年金で悠々自適。学校を出て会社に就職すれば、それでその後40年ぐらいの人生の安寧がだいたい保証される。そういう『昭和後期型の人生安心モデル』みたいなものが、かつては存在したわけですね。
これは言い換えれば、本来は行政が担うべき『国民の最低生活保障』を、民間企業が『年功序列・終身雇用』という仕組みで代行し、行政はその民間企業を支援・救済するシステムだったんじゃないかと僕は思うのです。
だから大半の人間が『年功序列・終身雇用』システムを持つ企業に正社員就職する社会であれば、行政はそこから漏れた人だけを支えれば良かった。
こういった形で、「自分の人生は誰かに/何かに支えられている」という安心感を、たいていの人は持ちながら人生を過ごすことができた時代があったんですね。
だから、『若いころは給料が安くて苦労が多い』のは昔も今も変わらないとしても…玉木さんが言うように、今の若い人たちのほうが持っていかれる税金や社会保険料負担が多いのに加えて…その後の人生の”安心感”がもう、当時と今とではケタ違いに異なるわけです。
年功序列・終身雇用というシステムで、「今は苦しくても将来収入が増えるし、よほどのことが無ければ途切れない」という見通しがあればこそ、20代の若いうちに結婚して住宅ローンを組んで家を建てて、子どもを二人三人ともうけて育てる決断もできたでしょう。もちろん、それでも様々な葛藤や苦労があったと思います。
ですが、「年功序列・終身雇用・老後は退職金と年金で」という安心が無くなった今の若者に、それがあったころの若者と同じ人生の決断をせよと求めるのは、少々残酷というものです。
誰が「人生」を保障するのか:3つの選択肢
さて、そうすると我々の目の前には、今、3つの道があることになります。
一つ。「終身雇用・年功序列」という、昭和型人生安心モデルに回帰する。
たとえば:非正規雇用、フリーランス、ギグワーカー、みんななるべく正社員や公務員になってもらい、終身雇用・年功序列システムに入ってもらう。
一つ。国民の最低生活保障機能を、民間企業の「終身雇用・年功序列」に代行させるのではなく、行政がより直接的に担うようにする。
たとえば:給付付き税額控除とプッシュ型支援の組み合わせで、ほぼセミオートで最低生活ラインを行政がシステム的に保証しつつ、解雇規制を緩和して雇用の流動性を高め、民間消費と労働市場を活性化させる。
一つ。誰も保障しない。自分の人生は自己責任。その代わり、税金や社会保険料の負担を極限まで削ぎ落とす。
たとえば:…どんな風になるんだろう…?
どの道を選ぶかは、最終的には民主主義の選択に委ねられるでしょう。
しかし現状は、『どの道でもない中途半端な状態』になっている。「誰も保障しない」「保障されている実感がない」のに、負担ばかりは大きくなる。
だから先行きの見通しが立たず、みんなが不安になっているのではないかと僕は思うのです。
それが「先行き不安」という形で表出し、消費や投資を弱め、そして体力の乏しい中小企業の経営に打撃を与え、賃上げどころではない騒ぎを引き起こしているのが今ではないかと。
まとめ:
僕が思うに、「給料の上がる経済」とは、中小企業であれ大企業であれ、賃上げの原資となる粗利をしっかりと確保できる、伸ばしていける経営を、多くの企業が実践できる経済環境だと思います。
そのためには旺盛な消費と投資が必要で、それを実現するためには何よりも「安心」が必要になる。
かつては終身雇用・年功序列という形で保障され、老後も退職金と年金で保障されていたからこそ、給料の安い20代の頃からローンを組んで家を建てたり、結婚して子どもを二人三人ともうけたりできた。
これは言い換えれば、国民の最低生活保障という国家の役割の一部を、民間企業の雇用が代行し、そして国家は民間企業を支援・救済することで成り立っていたシステムだと思う。しかし、そのシステムが現実的に崩壊した今、我々はどのような道を選ぶのか。
一つ。「終身雇用・年功序列」という、昭和型人生安心モデルに回帰する。
一つ。国民の最低生活保障機能を、民間企業の「終身雇用・年功序列」に代行させるのではなく、行政がより直接的に担うようにする。
一つ。誰も保障しない。自分の人生は自己責任。その代わり、税金や社会保険料の負担を極限まで削ぎ落とす。
今、『どの道でもない中途半端な状態』だからこそ、「先行き不安」が世にはびこり、消費や投資を弱め、体力の乏しい中小企業に賃上げどころではない危機をもたらしているのではないか。
そんなことを考えています。
以上です。