コロナ報道が逆効果になりうる理由

まとめ 
・千葉市はHP上で日本のコロナ報道を痛烈に批判しました
・その中に、「自粛を守ってない人を報道するのでなく自粛を守っている人を報道するべき」という趣旨の批判がありましたが、これは社会心理学の知見と照らし合わせてもまっとうな指摘だと言えます
 ・なぜなら、人間は他の人の行動を見て規範(空気)を読み取り、自分の行動を決める性質があり、望ましくない行動をしている人を知ってしまうと、それを規範だと感じ、その行動を取りやすくなってしまうからです。実際にこれは実験で効果が確認されています
 ・なるべく多くの人に外出自粛に協力してほしいなら、マスコミもSNSユーザーも少数の非協力者を「さらす」のではなく、大多数の協力者にスポットライトを当てるべきです


千葉市のマスコミ批判

 Twitterという空間はよくも悪くも「マスコミたたき」が起こりやすい環境なので、マスコミたたきのツイートが何度バズっても全く驚かないんですが(実際自分も一度バズったことがありますし)、ここ数週間で最も秀逸なメディア批判がまさか自治体のホームページから出てくるとは思っていませんでした笑



その中で僕がひときわ秀逸に感じたのがこの部分です。

心理学からも、自粛を守っていない人をいくら報じても自粛を守らない人は行動を止めません。むしろ「守っているのはバカらしい」「守っていない人がいるなら私も」という心理を誘発しますし、それよりも自粛を守っている人達を報道し、データとともに「みんな守っているよ」と報道することの方が結果が出ます。

 ここで心理学の知見を参考にしようと思った時点で「千葉市、ただ者ではないな」という感じですが、検証も兼ねて、

なぜ自粛していない人を報道することに逆効果のリスクがあるのか

果たしてそれは自粛している人を報道することで解決するのか

について社会心理学の視点から解説していきたいと思います。

(備考:このNoteでは「自粛する」を便宜上、「感染拡大防止のため、市民が不要不急の外出を控える」という意味で使っています。本来自粛とはそういうものではないはずなのですが……)

社会心理学者VS迷惑行動

どうしたら迷惑行動をなくせるか、なくせはしなくても減らせるか。誰しも一度は考えたことがある問いだと思いますが、世の中にはそれを実際に研究している科学者たちがいます。

ベストセラー「影響力の武器」で有名な大御所社会心理学者、ロバート・チャルディーニもその一人です。

2006年チャルディーニらの研究チームは「化石の森国立公園」と呼ばれる、化石化した木と、独特な地形で有名なアリゾナ州の国立公園と協力して、どのようなメッセージなら迷惑行動を減らせるのか検証しました。

画像1

(写真)化石の森国立公園の化石化した木 by  everbruin 

というのは、化石の森国立公園では勝手に公園の化石化したの破片を持って帰ってしまう(=盗む)人が多いそうで、それにはだいぶ頭を抱えていたらしいです。そこで研究チームは異なるメッセージの標識を変えて、どれだけ木の破片を盗まれた量が変わるかを調べました。

実験に使われたのはメッセージは

1.多くの人が木を持って帰り、公園の景観を変えてしまっている

2.大多数の人が木をそのままにして、公園の景観を守っている

3.公園の木をそのままにして

4.公園の木を持って帰らないで

の4つ。

この4種類の似てるようで微妙に違うメッセージの内どれが最も抑止効果があるのか、どれが最も抑止効果がないのかを実験で検証したのです

その結果、「多くの人が木を持って帰り、公園の景観を変えてしまっている」で最も多くの木の破片が盗まれていたことがわかったのです。(ちなみに一番効果的だったのは「公園の木を持って帰らないで」でした)

このことは多くの人が望ましくない行動をしてることを示すことは、規範順守を促すメッセージとして最弱、もしくは逆効果である可能性すらあることを示しています。

実際に、電気使用量が近隣の人との中央値より少ない人にそのことを知らせ、かつそのことをほめなかった場合、電気使用量が上がってしまうという研究もあり、望ましくない他人の行動を示すことは逆効果になるリスクもあります。

なぜ逆効果になるのか?規範を読む人間という存在

規範と言ったら、やらなければならないこと(orやってはならないこと)を示すものを思いがちですが、集団の中で他の人がやっていること(orやっていないこと)を示すこともまた規範の一つです。前者を命令的規範(injunctive norm)、後者を記述的規範(descriptive norm)と言います。たとえるなら、命令的規範は「法律」、記述的規範は「空気」という感じでしょうか?上の実験では12が記述的規範、34が命令的規範になっています。

人間は規範を読み、その行動は規範に大きく影響されます。一言でいえば空気を読んでいるということです。もちろん、中には空気なんて読まない人も一定数いるでしょうが、全体の傾向としては全体の「規範」に合わせて人は行動しがちです。

だからこそ、望ましくない行動を多くの人がしているということを提示してしまった場合、提示された側は、望ましくないはずの行動をすることを規範として感じ、(少しは望ましくない行動をしてもいいと考えも働き)、結果として逆効果になってしまうのです。

社会心理学者の反撃(?)

こうやって見ると実に厄介な記述的規範ですが、使い方によっては有効です。実際、「望ましい行動を大多数の人が取っている」ことを強調すれば人々に望ましい行動を取ってもらえること、逆効果も工夫次第では防げる可能性があることがわかっています。

電気使用量の実験では、電気使用量が多い家庭は逆にちゃんと節電すること、電気使用量の少ない家庭でもちゃんとそのことをほめれば逆効果は起きないことが知られています。この知見はさらにOpowerというスタートアップ企業によって大規模に展開され、10年間で110億kWh(アメリカで100万世帯が一年に使う電力量)の節電に貢献しました。

また投票率向上を図った実験ではあまり選挙に行かない層には特に「多くの人が選挙に行っている」というメッセージが選挙へ行く意欲を挙げるのに有効だと分かりました。

他にも様々な分野において記述的規範を使って人の行動を社会にとって望ましい方向に誘導する試みは成功しています。

このような知見に基づいて考えれば自粛していない人を晒すのではなく、大多数は自粛をしていることを示すことが自粛の徹底には有効であることが考えられるのです。

感染症に立ち向かうために報道・発信者にできること

このように「自粛してない人よりも自粛している人を報道すべき」という指摘は他の人の行動から規範(空気)を読み、自分の行動を変える人間の傾向を踏まえたまっとうな指摘であると言えます。

これは報道機関に「嘘でも社会にとって良い情報を流せ」と言ってるのではありません。日本が民主主義国である以上、「自粛」が100%は徹底されていない現状を市民に伝えることは重要です。ただ、それが逆に問題を悪化させかねないことを自覚して、責任を持った報道を心がけることもまた重要です。

またSNSアカウントを持つ私たち一人一人も情報発信の主体なので自粛してない人の様子を拡散するのではなく、大多数の人は自粛していることを拡散してもいいかもしれません。

少なくとも、自粛してない人を晒して叩いて従わせようとするよりは100倍マシなやり方だとは思いませんか?

参考文献

https://www.nps.gov/pefo/index.htm 2020/5/11 閲覧

Gerber, A. S., & Rogers, T. (2009). Descriptive social norms and motivation to vote: Everybody's voting and so should you. The Journal of Politics, 71(1), 178-191.

Schultz, P. W., Nolan, J. M., Cialdini, R. B., Goldstein, N. J., & Griskevicius, V. (2007). The constructive, destructive, and reconstructive power of social norms. Psychological science, 18(5), 429-434.

Schultz, P. W., Nolan, J. M., Cialdini, R. B., Goldstein, N. J., & Griskevicius, V. (2018). The constructive, destructive, and reconstructive power of social norms: Reprise. Perspectives on psychological science, 13(2), 249-254.

Robert B. Cialdini , Linda J. Demaine , Brad J. Sagarin , Daniel W. Barrett , Kelton Rhoads & Patricia L. Winter (2006) Managing social norms for persuasive impact , Social Influence, 1:1, 3-15, DOI: 10.1080/15534510500181459



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