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高2女子がゴイサギとリンクしたら世の中が1ミリ動いた【第26話】誹謗中傷

君枝さんがあんなに落ち込むとは。ああ、また大きなため息をついてるよ。

僕は学食で昼食を終えてから中庭を歩いていたところ偶然その姿を見かけた。

彼女がベンチに一人座っていたので、話しかけようと近づいたもののためらった。

いつもは読書をしているときでさえ凜とした雰囲気を醸し出すのに、今はうなだれてオーラがない。

しばし観察していると、どうやらスマホを見ながら何かを悩んでいるらしい。やはりこのままでは心配だ。

「立花寺先輩、ここ座っていいですか」

「オダブンか、いいわよ」

彼女はそう答えてくれたのだが、相変わらず元気はない。僕の相手をする気力もないのだろう。ため息ばかりついている。

僕は羅門洲高校1年A組の小田文吾おだぶんご。立花寺先輩からは「オダブン」と呼ばれている。

立花寺先輩のクラスメイト・朱雀坂先輩がこの中庭の池に飛び込んで鯉を食べようとしたところに遭遇。僕が朱雀坂先輩を止めたことが縁で覚えてもらえた。

そうでもなければ才色兼備で知られる“立花寺君枝”と話すきっかけなど一度もないままだっただろう。

先日は朱雀坂先輩とその父親と4人で高良山に野鳥観察にも行った。僕は立花寺先輩から言われるままに餌付け用の魚や虫を準備して着いていった感じだが、それでも思い出に残る一日だった。その朱雀坂先輩が悩んでいるのだからなんとか力になりたい。

「朱雀坂先輩、何かあったんですか」

「ああ、オダブンか、久しぶり」

思い切って話しかけてもそんな調子だ。

「あの、何かお困りならば、僕でよければ聞かせてもらえませんか」

めげずに話しかけてみた。

「オンライン署名の件は知ってるわよね」

ようやくまともに話してくれた。

「はい。もちろん僕も署名しました。もしかして、ゴイサギ大明神を守る会の“夏と君”が朱雀坂七津姫先輩と立花寺君枝先輩だと皆にバレちゃったから…」

「バカねっ、違うわよ。オダブンはさ、SNSとかよく使う?」

「そうですね、XはTwitterの青い鳥時代から使ってますし、インスタグラムはあまり使わないけどアカウントを開設してますよ」

「私ってさあ、SNSをほとんど使わないのよね。それがゴイサギ大明神の件で必要に迫られて毎日のように見ているんだけど、酷いこという人がいるのよ」

「誹謗中傷ってやつですね」

僕は彼女の悩みの種がなんとなくわかってそう答えた。

「応援してくれる声には元気づけられるし嬉しいわ。だけど事情も知らずに批判や反論する人がいて頭にきちゃう。ちょっと見てよ、これ」

君枝さんが僕の方に向けたスマホにはさまざまなつぶやきが並んでいた。

「高校生が自主的に署名活動をやるなんてすごい。同じ女子高生として応援します!」
「私も高良山の自然を守ることに賛成。動物の気持ちを思うと森林伐採なんて侵略よね」
「オンライン署名しましたよー!私も拡散して協力者を増やしまーす」

ざっと目を通すと8割方はこのような好意的なつぶやきだった。しかし…。

「ゴイサギ大明神って一夜にして建っていたとかいうやつよね。なんか怪しい」
「署名発信者のゴイサギ大明神を守る会(高2女子・夏と君)って実在するの?」
「ゴイサギ大明神がある山の地主のじいさんが首謀者とみた」

というような批判的な声がちらほら見受けられた。

君枝さんはSNSで誹謗中傷を送りつけられた経験がないだけに、よほどショックだったのだろう。

再び自分でスマホを見ながらぼやいた。

「私だって世間の人がゴイサギ大明神を怪しむ気持ちを否定はしないわ。でも署名の主旨は山を荒らさないでほしいということでしょ。論点がずれてるのよ」

「お気持ちはわかります。でも大部分はゴイサギ大明神も込みで応援してくれてるようだし、それほど気にされずとも」

僕は彼女をなんとか元気づけようとしたが、不満は収まらなかった。

「一番頭にきたのが、識者ぶって意見してくる手合いよ。論理的なようでまったく見当外れなんだから」

君枝さんによると、次のような趣旨で署名に反論してくるケースがいくつかあったという。

「森林伐採により山を荒らすなということですが、日本における現状をご存じないのでは。国土の約3分の2は森林で、世界的にも有数の森林大国ですよ。逆に森林を伐採して森を手入れしないと環境破壊や災害につながるといわれてます。なのに森林伐採に反対するとは納得できません」

僕はSNSの誹謗中傷が問題視されるなか、そうした批判に対して返信するほどヒートアップして大炎上するため、相手にせずスルーした方がよいと聞いたことがある。

「そうした手合いはいちいち相手にしない方がいいみたいですよ」

「わかってる!私だってそれぐらいわかってるわよ!でも悔しいじゃん!どうしたらいいのこのモヤモヤを!」

僕は心が乱れる君枝さんを目の前にして為す術がなかった。そういう意味で自分の非力さを悔やんだ。

「君枝とオダブンじゃない。どうしたの」

2人で落ち込んでいたところ、聞き覚えのある声がして救われた気持ちになった。

声の主は朱雀坂七津姫先輩である。

「え、君枝もしかして泣いてるの? ちょっとオダブン。何をしたのよ!」

「ち、違いますよ。誤解しないでください、僕は立花寺先輩を元気づけようと思っただけなんです」

なつき先輩に言われて慌てて言い訳した。

「冗談よ。君枝のことだからSNSの誹謗中傷を見つけて怒ってるんでしょ」

さすがは“高2女子・夏と君”をはるだけはある、以心伝心というのはこのことか。

「なつき。無駄口はもういいから、何とかしてよ。私は誹謗中傷をこのままにしたくないの」

「うん。もしかしたらいいタイミングかもしれない。さっきアマゾネスに呼ばれたんだ」

僕としては君枝さんのお役に立てなかったが、なつき先輩のおかげで状況は好転しそうだ。

市会議員と会う

私は中庭で君枝とオダブンに遭遇するほんの10分前にアマゾネスから呼ばれた。

「朱雀坂さん、オンライン署名はどんな感じなの。私が呼びかけた医療関係の仲間はけっこう協力してくれてるみたいよ」

「ありがとうございます。南条先生にはいろいろ助けていただいて心強いです。ただ…」

「何か気がかりがあるの?」

アマゾネスは私の顔色を読んで聞いてきた。

「オンライン署名だからネット上での話題性が高くて。SNSでは応援してくれる一方で批判する声が少なくないんです」

「だろうね。SNSでの誹謗中傷は深刻な社会問題だと思うわ。政府は法律化で対策を打ったつもりでしょうけど、これはいじめ問題と同じで根っこが深いのよ」

もしかしてアマゾネスはオンライン署名の取り組みを知ったときから懸念していたのかもしれない。

「誹謗中傷はスルーした方が得策だというけれど、私はできるだけ真意を説明したいんです。そうしないと、反論の余地もないのかと誤解されてしまいそうで」

私の訴えを聞いて、アマゾネスは本題を切り出した。

「実は市議会から高校生と意見交換会を行ないたいと打診があったの。2週間後の開催予定で急だけど、あなた参加してみない」

「それって、市議会の議員さんたちと話をするっていうことですよね。私なんか市政について考えたこともないし」

さすがにハードルが高いと感じていたら、アマゾネスはお見通しのようだ。

「だったら立花寺君枝も一緒に参加すればいいじゃない。あなたたちは2人揃うと実力以上のパフォーマンスをを発揮するようだから」

「そうですね。君枝に相談してみます」

「いい。これはオンライン署名についてアピールすることと、誹謗中傷に対する率直な意見を伝えることが目的よ」

「そっか!わかりました」

「じゃあ、校長に推薦しとくから」

「よろしくお願いします」

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そういうことで保健室を後にした私は、タイミングよく君枝に会ったというわけだ。

私がアマゾネスと話したことを伝えたところ、君枝は我が意を得たりという顔でうなずいた。

「まずは市議会との意見交換会について、どのような内容になるか調べておく必要があるわね」

君枝が俄然やる気になってきた。うなだれているよりも、何かを発見したときの学者みたいに目を輝かせている方が彼女らしい。

「市議会と高校生の意見交換会」のような取り組みは自治体によって内容が違う。主にはエリアの高校から20名~40名ほどを募集して10名~20名ほどの市議と交流する。

参加者の自己紹介からはじまり、市議会を知ってもらうためにクイズ形式で学ぶこともある。施設内を見学してから、いよいよ数グループに分かれて交流会となる。意見交換についてはフリーディスカッション型式が多い。

「このときね。これまでの記録によると交通安全の啓蒙活動や学校給食費の無償化、SDGsの取り組みなどについて発言があるなか、タヌキが公道でよく轢かれているという声も出ているわ」

君枝の言葉を聞いてオダブンが作戦を理解したようだ。

「そっか、市民のためになることならばだいだいのことは発言できる。だから自然環境の保護に絡めてオンエア署名のことに触れるという寸法ですね」

「飲み込みが早いじゃない。まあそんなところね。そこまでわかっていながら意見交換会に行けないのは残念だけど…」

君枝に言われて肩を落とすオダブンを見ているとなんだか可哀想になった。

「オダブンも参加できないか、南条先生に頼んでみようか」

「本当ですか!お願いします、お願いします、お願いします」

私は気遣っただけのつもりが、本人はすっかり乗り気になっていた。

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『市議会議員と高校生の意見交換会』は平日に市役所で行なわれた。

羅門洲高校からは私と君枝、オダブンを含む6人が参加。他には進学校として知られる備長館高校をはじめ、ライバル校の聖竹原高校など全5校から総勢30人が集まった。

まずはだだっ広い議場で市議会の概要について説明を受けた。その後、議長室など議会関連の施設を見学すると、大きな会議室で三つの島に別れたテーブルに着席した。我々3人はバラバラになった。それぞれの島に市会議員が5名ずつ入って意見交換会のはじまりだ。

高校生から進行役が選ばれたが、自然と順番に発言する流れになる。やがて私の番になった。

「羅門洲高2年、朱雀坂七津姫です。署名ご協力のお願い『動物たちの山を荒らさないで。ゴイサギ大明神は怒っています』の発信者・ゴイサギ大明神を守る会(高2女子・夏と君)でもあります」

自己紹介したところ周りが少しざわついた。

「率直に言わせていだたくと、高良山の一角を開発を理由に森林伐採することができないように条例を作って守ってほしいんです」

すると議員の一人が回答した。

「高良山は『優れた生態系を有する地域』の一つに位置づけてます。鳥獣保護区にも指定されているから心配いりませんよ」

出ました当たり障りのない大人の回答。しかしそれで引き下がってはここに来た意味がない。

「私はゴイサギ大明神の祠が建つ山の地主さんを知っているのですが、土地を買収しようと嫌がらせを受けて困っていました。そうした事実をご存じですか」

周囲はかなりざわつき、議員の顔色が変わった。

「その件については情報がないので、調査して後日お答えします」

「よろしくお願いします。また、オンライン署名の趣旨はそのように裏で手を回して山を開発することが出来ないように条例の制定を望むものです」

私が主張したところ、それまで淡々と進んでいた意見交換会が熱を帯びだした。

聖竹原高の男子が挙手して反論してきたのだ。

「ゴイサギ大明神に関しては、地主さんが神様のお告げがあり一夜にして建ったと話されてましたよね。地主さんこそ裏で何かを企んでるんじゃないですか」

来た来た。SNSでよく見かける批判と同じだ。

「私は地主の草野さんに何度もお会いしましたが、信頼できる人柄だと感じました。あなたは草野さんに会いましたか。会ったこともないのに何かを企んでいると疑う理由を示してください」

「だって、神様のお告げとか一夜で建ったとか明らかに疑わしいじゃないか」

まあ一般的には当然の言い分だろう。私はここで長引かせるのはやめて論点を変えた。

「ぜひ地主の草野さんに会ってみてください。今日は時間も限られているので、その件はこれで止めておきます。それより、高良山を荒らさないように明言した条例の必要性についてはどう思いますか」

そこで進行役が口を挟んだ。

「この意見交換会は討論して結論を出すことが目的ではないので、一つのご意見として記録いたします。次に進んでよろしいですか」

「わかりました。進めてください」

私もそれ以上議論してはイメージダウンにつながるおそれがあるので矛を収めた。さて、君枝やオダブンはどんな感じなのだろう。

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「立花寺さん、あなたは森林の伐採によって山が荒れると言うけど、森林はある程度成長したら伐採して手入れする必要があるのよ」

私の意見に真っ向から反論してきたのは備長館の秀才と噂される3年生の女子だった。思う壺である。私はSNSの誹謗中傷と似たような意見を待っていたのだ。

「ちょっと勘違いされているようですね。日本では林業による杉やヒノキなどの植林によって森林全体の面積はほとんど変化していませんが、天然の雑木林が生い茂る面積は減っているんです。あなたがおっしゃる伐採して手入れするのは植林した森林のことではないでしょうか。今回、オンエア署名で求めているのは高良山の雑木林を守るための条例なのです」

「そういうことだったら異論はありません。私も署名に協力させていただきます」

秀才だけに理解すれば納得してくれるじゃん。思ったほど紛糾しないで済んだわ。

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やっぱりゴイサギ大明神に一度ぐらい行っとくべきだったなぁ。何か僕がオンライン署名を訴えても説得力がないような気がする。

「初対面なので覚えられなくてごめんなさい、小田文吾くんでしたよね」

僕を名指ししてきたのは、進行役の男子だ。もちろん僕も初対面なので名前を覚えきれなかった。

「オンライン署名で見たんだけど、ゴイサギ大明神の由緒書に『何者もこの地を荒らすことがないよう…』とあるんでしょ。最近は動物が町に出没して畑を荒らして人間に危害を加えているのだから矛盾してるんじゃない」

全くこういう連中がいるから君枝さんが頭を抱えなけりゃならないんだよ。僕はついカッとなってしまった。

「署名ご協力のお願いをよく読んだらわかると思うけど、昔から高良山で暮らしているのは動物たちなんだよ。人間が勝手に開発とか理由をつけて森林伐採するから、エサが少なくなって町に下りてきてるんじゃないか。どこが矛盾だって言うの」

「そうなんだ。まあそんなに熱くならないで。僕ももう一度よく読んでみるよ。じゃあ次の方は…」

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こうやって意見交換会は終わった。オンライン署名について参加者にアピールしただけでなく、発言記録として紹介されるので注目を集める効果は十分期待できる。なによりの成果は君枝がSNSの誹謗中傷でたまったうっぷんをここで晴らせたことだろう。

協力者を増やせたことでオンライン署名の手応えは上々だった。

ところが、肝心のゴイサギ大明神にまたしても異変が起きる。

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#ゴイサギ #ゴイっち #小説 #市議会議員と高校生の意見交換会 #オンライン署名

画像は『クリエイター 藤沢奈緒 タイトル「みんなのフォトギャラリー用 爆発」」

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