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ボクにとって12月8日はやっぱり「ジョンの命日」

「もうすぐジョン・レノンの命日だなぁ」

毎年数日前からそう思いながら、特別な日として迎えるのが12月8日です。

もちろん日本人としてはこの日を、1941年に日本海軍がハワイの真珠湾を奇襲したため太平洋戦争が始まった日として重く受け止めなければなりません。

しかし、誰がなんと言おうと私にとって12月8日はやっぱり「ジョンの命日」として強く心に刻まれているのです。

1980年12月8日

「元ビートルズ レノン射殺さる」

大学生だった私は、翌日か翌々日ぐらいに新聞で報じられたその記事を目にして呆然としました。

学校の階段でしばし座り込んでいたと記憶します。

同じくビートルズが大好きでジョン・レノンを敬愛している先輩に事件を知らせたところ

「ははは、そんなはずがあるか!」

すぐには信じてくれませんでした。事実と分ってからの落ち込みようは私の方が心配したほどです。

私は「この日を絶対に忘れまい」と考えて、自分で買った本の中でもっとも高価で分厚い『現代用語の基礎知識』の側面(小口)に太い黒マジックで「1980年12月8日」と記しました。

感情の風化

当時はジョンを追悼しようと、行きつけの音楽を聴かせてくれる居酒屋にビートルズファンが集まったものです。

私は社会人になってからも、ジョンの命日には彼の歌を聴きながらグラスを傾けて追悼することを忘れませんでした。

しかし時が経つと感情は風化するものです。まずは12月8日にラジオでジョンの曲を流す頻度が減り始めたことを感じました。

「それでも俺は追悼を忘れない」とレコードやCDを聴きながらジョンへの思いを馳せていましたが、ここ数年は忙しさにかまけて忘れることが増えていたのです。

よみがえったジョンの歌声

今年は1970年代のデモテープから最新技術によってジョンの歌声を抽出した“ビートルズ最後の新曲”こと『ナウ・アンド・ゼン』が発表され注目を集めています。

ラジオからも毎日のように『ナウ・アンド・ゼン』が流れ、12月8日が近づくと「ジョン・レノンの命日」ということからジョンの楽曲がよくかかるようになりました。

そこまで再注目されるようになったのは『ナウ・アンド・ゼン』がきっかけの一つでしょう。

ただ、私は、ロシアのウクライナ侵攻やイスラエルとガザ地区・ハマスの軍事衝突など争いが続く世界情勢にあって、ジョン・レノンが歌った平和な世の中を願う気持ちが理由の一つではないかと思います。


思いが先走ってしまい、まとまりのない文章になりましたが、最後までお読みいただきありがとうございました。

#ジョン・レノン #ジョンの命日 #ビートルズ #真珠湾 #太平洋戦争開戦日

※画像は『photoAC「写真素材:眼鏡と古い本 作者: kuinan」』

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